第13話 コツは過去を振り向かない事です

「あああああああ!!」


悲痛な叫びが木魂する。

ここは、無法地帯OSSにあるステーションの宇宙船ドック。


膝が折れて床に手をつく。抜けたのは力なのか生きる希望なのかわからないが、何か大事なものが零れ落ちたのは間違いない。


久々に受け止めきれないのが来ちゃったわ…

無力に膝をついて両手を床にたたきつけながら慟哭した。



無法地帯で暴力的な仕事を命からがら達成させたオレは、念願の宇宙船を手に入れた。

あえて強調するが、オレは危険な仕事を見事に達成して、輝かしい未来を手に入れたのだ。


あとは、ステーションの指定されたドックへ行き、オレの船で出港し、荷物を受け取って法と秩序と安全安心のカタギの世界へ旅立つはずだった。



指定されたドックが吹っ飛ばされて廃墟になっていました。



壊れた瓦礫の向こうには、ドックファイトする艦載機やら宇宙船の攻撃による光が見える。

ステーション外で戦闘が始まり、その攻撃によって宇宙船ドックが中の船ごと吹き飛ばされたのである。


「どうして…どうしてぇ…」


視界が絶望で歪む。


先払いで代金を払っていたからと、チェックアウトギリギリまで宿泊施設で惰眠をむさぼってしまったのが悪かったというのか。

前日に海賊たちと送別会という名の宴会をして、早起きとは無縁のコンディションになってしまったのが悪かったというのか。


なぜオレは船を受け取った後、さっさと危険なOSSから出ていかなかったんだ。

後悔は尽きない。




ズ、ズン


ひとしきり世の不条理を呪っていると、振動を感じて我に帰る。


息を大きく吸って立ち上がる。

とりあえず行動しなければならない。


ここは戦闘宙域のすぐ外だ、不運バッドラックダンスれば流れ弾で死ぬことになる。


大事な未来は失ったが、手持ちの現在はまだ残っている。諦めたら禄でもない過去だけになってしまう。

人類は常に前に向かって歩き続けてきたんだ。


無理やりポジティブシンキングに意識を持っていく。

コツは過去を振り向かない事です。



まだ危険である連絡通路を離れてステーションの中へ。


とりあえずやるべきことは情報収集だ。

ステーションを攻撃されるなんて異常事態だ。一隻や二隻の海賊船による行動ではない。組織的な攻撃とみるべきだろう。


当然その渦中にあるステーションはこの事態を知っているはずだ。

勢力のボスである組合長は当事者だ。この状況で一個人のオレに割く時間はない。当然その部下達もだ。


となれば、個人的なコネを使うしかない。




「とっつぁん。いるか!」


正直テンパっていたのでしょうがないと思ってくれ。


でも、とっつぁんの店は故買屋とは言えスクラップ工場と変わらないような店だ。呼び鈴なんて便利な物はないし、奥の事務所まで防衛装置があるわけじゃない。


そんなわけで、無造作に事務所への扉を開けたのだ。


チャキ!

「!!」


そこには見知らぬ先客がいた。

そいつはオレを見ると、腰のホルスターに手を伸ばす。


条件反射のように、オレの手が剣の柄を握る。


「(早い!)」


抜き打ちで腕を切り落とすのは無理だと瞬時に悟り、そのまま剣を抜くのではなく柄頭で銃を抜いた相手の手にぶつけて銃口をそらす。


とはいえ、向こうもそれで終わらない。後ろに大きく飛んで間合いを取る。こっちは剣で向こうは銃だ。間合いを取ったほうが相手は有利だ。


それを追うにはオレが間合いを詰めなければならない。


「ソードマスター!?よせヘックス!」


突然の事態に、奥から顔をのぞかせたガンツのとっつぁんが、オレ達の状況を見て制止に入る。


「ソードマスターも剣をしまえ。そいつはウチの用心棒だ」


あっちが先に抜いたんだけどね。


まあ、ここでそれを言っても水掛け論だし、そもそも、無造作に入ってきたオレにも非がある。こんな状況でこの辺りを縄張りとする組合長の実の父親だ。身の安全を守る必要があるのを考慮しないで、昔の感覚で入ってきたのはオレのミスだ。


とりあえず剣を腰の鞘にしまう。


用心棒と言われた相手は、全身を覆うバトルスーツ一式を着込んでいる。バトルスーツとは戦闘能力を持たせたノーマルスーツだ。


と言っても、その性能はピンからキリまであり、要所に装甲を付けただけの安物から、各種戦闘サポート機能に、対物理対光学装置を内蔵し、短時間なら飛行して空中戦まで可能といったものまで様々だ。


そんな用心棒は、銃口を上に向けて警戒したまま、横に一本線バイザーの入ったバケツ型のヘルメットで、しばらくこっちを見ていたが、オレが剣をしまうのと、オレとの間にとっつぁんが入って仲裁するのを見て、ようやく銃をホルスターにしまう。


「どうしたんだソードマスター。別れの挨拶でもしに来たか」

「そんなわけねぇだろ。船を受け取ろうとドックにいったら、ドックごと吹っ飛んでたんだよ」

「あ~…」


オレの言葉で察したのだろう。言葉に詰まりつつ、文字通り不運な奴を見る目でオレを見る。


「代わりの船はねぇぞ」

「わかってるよ。話したいのは積み荷の方だ」


無法者の世界では保障といった制度は存在しない。運をつかむのも取りこぼすのも本人の責任だ。船を受け取った以上、一度も乗っていないからキャンセルとはならない。


「買い取りか」

「それしかねぇか?」

「まあな」

「はぁー…しゃあねぇかぁ」


それは、積み荷でも同じだ。船に積んでどこかに売って金に換えようと思っていた積み荷も、運ぶ船がなければ重石でしかない。


保管場所から1mmも動かしていなくても、それを引き取ってもらおうとすれば、手間賃がかかる。それが正しい商取引というやつだ。

そして、当然買取値段は低くなる。


死ぬような思いで共和国軍巡洋艦から強奪してきた軍用シャトルだが、当初の価格から何もしないで50分の1以下に値下がりしたことになった(なお追加仕事の報酬を含む)。


最悪現金化して、どこかの船に雑用として入って別の場所に移動するか…


「…キャンセルってことにしてもいいぜ」

「あん?」


気落ちするオレをみて、そう言うとっつぁん。

もちろん、そこに善意を期待できるほど、オレも馬鹿じゃない。


「ヘックス。こいつの腕ならオレの保証付きだ。これならどうだ」

「…」


ガンツのとっつぁんは、オレに銃を向けた用心棒にそう言う。

視線を向ければ、先客は値踏みするようにこちらを見ている。


「時間もねぇ。悪いが力を貸してくれソードマスター。礼はする」


用心棒に否定の言葉がないのを肯定と受け取ったのか、ガンツのとっつぁんはオレの肩に手を置いて、頼むように拝み手をした。

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