第11話 つまり気休めだ
宇宙空間に人類は適応しなかった。
宇宙空間に生身で生存できない人類は、それでも宇宙で活動するための道具を作り出した。
スペーススーツ、あるいはノーマルスーツと呼ばれる宇宙服である。
なお、これにもランクが存在する。最高ランクになれば、小型のシールド機能を保有し、強化筋肉が付き、推進機が取り付けられ立体機動すらできる。
が、下を見れば必要最低限の活動ができる程度の性能しかない。ネジ程度の大きさのデブリが突き刺さったらそのまま死亡できるレベルだ。
そんな最低レベルのノーマルスーツを着て、宇宙空間を漂う。
別に放り出されたわけじゃない。
個人用推進ボードにその身を預けて待機しているだけだ。
推進ボードは、推進機の大型版だ。サーフボードの半分くらいの大きさで、取っ手が付いており、上半身を乗せて使う。ボードの両端に推進機が付いておりそれで移動が可能。さらに、ノーマルスーツの補充空気や作業補助用アームなどが取り付けられ、宇宙空間での作業を補助する事が出来る一般的な多目的宇宙作業用装備だ。
そんな推進ボードに体を預けて見る先には、現れては消える数条の光の筋。
そしてそれは、どんどんとこちらに近づいてきていた。
宇宙海賊とは何か。
まあ、他の船を襲って積み荷を奪う犯罪者だ。
問題は、主義主張などない彼らにとって、狙う獲物の選別方法は単純だ。
金になるかどうかだ。
何が言いたいかと言えば、別に標的が常に誠実な商売人だけというわけではなく、同じOSSを飛び回る無法輸送船である場合もある。
もちろん、無秩序に襲うわけではない。
輸送業者も安全に商売するために、その星域の有力者に庇護を求め、一定の利益を供与することで、商売の安全を図る。
OSSといえども、その辺はまっとうな世界と変わらない。違うのは、違反した場合に裁判が有るか無いかくらいだ。
最大の問題は、そのタガが簡単に外れるという事だ。
OSSで勢力を構えるからこそ、無秩序に暴力と腐敗が広がることは、ステーションの存続にかかわる。静かに自滅して消えてくれるなら好きにすればいいが、そういった問題はたいてい周りを巻き込むことになる。
そういった被害を抑えようと、地元の有力者同士で一定の協定を結ぶわけだ。
そして、そういった協定は簡単に破られる。
だから無法者なのだ。
それ故に、破った際のペナルティーも実に単純だ。
見せしめ?報復?
違う。
奪うのだ。
で、今回の仕事となった。
相手は、協定違反の荷物を運ぶ密輸業者で、その情報を知った組合長のオットーは、それを強奪すべく手下を派遣した。
それも同時多発的にである。
そんなわけで、襲撃の一つに駆り出されたのだ。
こちらに近づいてくる光線は、そんな密輸船を攻撃する組合側の海賊だ。密輸船のワープ航路を予測して待ち伏せ、エネルギー回復中に襲い掛かったのである。
何度目かの海賊側の攻撃ですでに密輸船のシールドははがれている。元々、輸送船という船が、
とはいえ、海賊側も強引に攻撃して荷物に被害が出れば実入りが減る。
上手に輸送船のみを破壊できれば良いのだが、痩せても枯れてもOSSで商売をする密輸業者だ。連結された三台の荷台を盾にして海賊からの攻撃を牽制しつつ、輸送船に取り付けられた実弾機銃で、海賊船を近づけさせないようにしている。
そんなわけで、オレの出番である。
海賊船だって密輸船の行動はお見通しだ。無理に攻撃せず牽制しながらオレが潜む方向に誘導していたのだ。
近づいてきた密輸船に、推進ボードを起動させて一気に近づく。
自重が小さい分、加速力は圧倒的にこっちに分がある。一定距離に近づいたら、推進ボードから電磁アンカーを使って密輸船に接弦し、推進ボードを切り離して、荷台に取りつく。
あとは、輸送船と荷台をつなぐ連結部分に移動するだけだ。
で、通常であればここから工具を使って荷台との連結を解体したり、ハッキングツールを使って電子解除するのだが、オレの場合はもっと原始的物理的な方法がある。
背中から剣を引き抜く。
狙いは連結部分…ではなく輸送船側のアームだ。連結部は大きいからね。
ノーマルスーツの電磁磁石を使って足場を固定すると上段に構えて力を入れる。
「ハッ!」
気合いの声を共に振り下ろした一閃は、そのまま船のアームを切断。
切断されたことで、荷台と輸送船の速度が変わる。輸送船側には加速がかかりそのまま切り離された荷台から離れていく。
「荷台の切り離し完了だ」
【早っ!さっき取りついたばかりじゃないか】
「なら、そっちも見習って早く終わらせてくれ」
【はっ。言ってくれるねおっちゃん】
作業が終わったことをスーツからの通信で知らせる。
後は海賊達の独壇場だ。
盾となる荷台がなくなった以上、文字どおり輸送船は丸裸だ。自衛用の実弾機銃で攻撃しているが、機動力で上回る海賊船からすれば、一門しかない機銃の弾幕など問題にもならない。
容赦ない攻撃に、装甲は破壊され輸送船の本体にもダメージが入っており、まさに風前の灯火だ。
海賊船はいったん旋回し最後の攻撃に移ろうとしていた。
「おう。ジーザス…」
と、そんな状況を傍観していたオレの目にとんでもないものが見えた。
離れていく輸送船に取り付けられた機銃の火線が、こちらに近づいているのだ。
当たり前だが、切り離した荷台にはシールド機能なんて物は存在しない。もちろん、荷台にもある程度の防御力はあるだろうが、それは対艦攻撃に備える物ではない。
そして、危険地帯を飛ぶ輸送船に取り付けられている武装は対艦艇用の実弾武装である。個人用の武器とは比較にならない火力を持つ。
そして、オレの着ているノーマルスーツは、防御力なんて項目は記載されない最低ランクの
そんな状態で荷台と輸送船の間に挟まれています。柔らかいクリームを挟んだビスケットを上から叩いたらどうなるかは自明の理だ。
歌のように二つに増えてくれるようなメルヘンなポケットは宇宙にも存在しない。
「すぅーっ…」
大きく息を吸って、腹に力を入れて止める。
再度電磁磁石を使って足場を固定。体をひねるようにして剣を構えて力をためる。
良いところ探しで見つかる程度の良いところは二つ。
一つは、艦艇の武装コントロールは機械制御なので、その射線は単純で見切るのが容易な点。
もう一つは、輸送船の武装は、軍艦の主力兵装のような、個人ではどうしようもない超火力兵器ではなく、艦載機や障害物向けの自衛用の小型機銃(対艦武装としては)である点だ。
つまり気休めだ(ヤケクソ)。
「がああああ!!」
薙ぎ払うように飛んでくる機銃の弾道に合わせて、雄たけびのような気合の声を上げて、剣を振る。
一発目は力を貯めたので弾き返せた。
二発目は、一発目をはじいた反動を利用して何とか弾く。
最後の一発にはほとんど力を入れられない、壁になるように剣の峰を合わせる。
指から手首、肘、肩。そして背中の広背筋から腰。腿から膝へ。
衝撃を全身で受け流すことで、最後の一発はなんとか直撃軌道をそれ、荷台の端をかすめて飛んで行った。
とはいえ、その反動でオレは激しく荷台にたたきつけられる。
電磁磁石で足場を強制固定していなかったら、そのままバウンドして宇宙空間に吹っ飛ばされていたな。とはいえ、足場を強制固定したせいで膝と腰が痛い。
【えええ!おっちゃん。いま何をやった!?】
【マジかよ。まさか本当に切ったのか?】
「うるせぇ馬鹿!次は無理だからな。さっさと終わらせろ!」
痛みに悶絶しつつ、聞こえてくるアホな通信に悪態を返す。
お前さっき小声で「おっちゃん。バイバイ」って言ったのちゃんと聞こえたからな。
さすがに、それ以上手間取るようなことはなく、次の海賊船の攻撃で輸送船は見事爆裂四散した。
それを横目で見つつ、手に持った剣を見る。
実弾兵器の機銃を受け止めたせいでボッコボコに折れ曲がって歪んでいた。
「こいつも作り直しだな」
そういって使えなくなった剣を放り投げて新しいデブリを作った。
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