第10話 シャバに出てきたばかりなんだ
宇宙は広い。
人類は、生まれ育った星から宇宙に飛び立ち、新しい生存権を確立していった。
広大な宇宙には、人類が居住可能な惑星は確かに存在していた。
しかし、そういった星々の存在は本当に天文学的な確率でしかなった。
人類は、そうではない大多数の星々を改造し、居住可能な惑星に作り変えて少しづつ拡大していった。
しかし、ある時気が付いた。
「わざわざ惑星を改造するのは無駄じゃないか?」
こうして、惑星をテラフォーミングするという労力を放り投げて、衛星軌道上に生活可能なステーションを作りそこから惑星の資源回収と管理する事で、急速に宇宙に進出する事になる。
…なんで、オレはそんなステーションの、この無法地帯OSSで一大勢力の、それも本拠地に案内されているのでしょうかねぇ。
「親父から話は聞いている」
目の前に座っているのは、古い馴染みの故買屋ガンツの息子であるオットー・ラバンニエ組合長だ。
組合長?と思ったけど、ようするにこのOSS星系の商業関連(合法非合法問わず)のトップという事らしい。
「昔のあんたの活躍は覚えているよ。ソードマスター」
…うん。その呼び名はやめて。
昔なじみの職人気質の故買屋ガンツのとっつぁんの面影もある強面の男だ。とっつぁんのラフな服装とは対照的に、まっとうな社会人が着ているようなピシッとした服装をしている。とはいえ、鋭いまなざしが印象的で、ただの会社員とは違う事は即座にわかるだろう。
おかしいな、家を飛び出したけど奥さんと子供作って帰ってきて、頑固親父と仲直りした下町工場の庶民的な人物像しか想像していなかったんだけど。
どう見ても現在進行形でカタギの人間ではありません。
無法地帯で組織のトップをやっている人間が、しがないサラリーマンであるわけがないと言われれば分かる。
でもほら、なんというか印象ってあるじゃない。
「あんまり期待はしないでくれ。シャバに出てきたばかりなんだ」
予防線をはっておく。明確にではなく、あくまでも予防線だ。
当然だが、ここは無法地帯である。
同時に、昔の自慢話を真に受けて引っ込みがつかなくなって自滅するのもよくある話だ。
ナメられるわけにはいかないが、過度な期待はしないでほしい。
「その割には、結構な品じゃないか。ド新品の共和国軍のシャトルだ」
「狙ってやったわけじゃない。たまたまさ」
「これが見積もりだ」
そういって差し出された携帯端末機器を差し出される。そこに表示された額は結構な額だ。
「こんなに?」
「欲しい物で、こっちで用意できる物なら聞こう」
法の庇護のない世界で、取引記録が残る金融機関経由の電子マネーでの高額取引は稀だ。
ぶっちゃけると、足が付く現金は、マネーロンダリングの手間から、追加で手間賃がとられる。
そのため、最低限を除いて支払いは物品になる事が多い。
「当座の分の現金。中古でもいい正規のフリゲート船を一隻と、最低限の装備」
「…ほんとうにスカンピンなんだな」
「出所したばかりだと言ったろ」
「そうだったな。だが、この値段で手に入るのはバルク船しかない。まともな奴は無理だ」
バルク船とは、違法製造したり、破損した宇宙船を組み合わせて再生させた非正規製造船だ。安全性と信頼性と補償の全く無い船というやつである。
もちろん、安全基準を満たしていない違法船なので、まともな星系で飛んでいるのを治安維持組織に見つかったら捕まる。OSS以外では、まず見かけることのない船だ。
もっとも、その値段とお手軽さ。改造ポテンシャルの高さからOSSでは一般的な船だ。
「だが、まっとうな船を用意してもいい。あんたの噂が本当ならな」
提示していた端末を手元に戻して、非合法組織の親玉はにやりと笑う。
すまない。正直生まれ変わって初のアウトローとしての取引だったんだ。過去の記憶があってもブランクもあったわけで、この失敗は完全に自己責任というやつだ。
つまり、あえて買取り額に高額をつけることで油断させ、こっちの状況(無一文)をさらけ出した挙句、背後関係も支援者もいない事までバレて、オレの一番欲しいものまで知られてしまっているという事だ。
「その腕を借りたい」
しかも、これはここでの会話でバレたワケではなく、オレがガンツのとっつぁんとやり取りをしたあたりで、古参の故買屋がこうなるように誘導しているんだから、もうどうしようもない。
「…ジーザス」
もう一度だけ言い訳させてくれ。
ブランクがあったんだ。
苦虫をかみつぶしたように唇を曲げる。
「あんまり期待はしないでくれ。シャバに出てきたばかりなんだ」
本当に最後の最後の防衛線だけは張っておく。
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