第6閑話 宇宙海賊の噂
銀河共和国軍第3艦隊所属巡洋艦「ラドクロワ」のドローン管理オペレーターの軍曹は、管理するドローンから贈られる情報を整理していると、表示された警告メッセージに手を止めた。
艦載機ドックで異常を検知したのである。
戦闘中に船に乗り込こんできた敵海兵隊かと思ったが、ガンシップでの突入報告はないし、本職の海兵隊がきたのなら、突入したばかりの艦載機ドックで検知されるようなまぬけな対応なわけがない。
不心得者の脱走者だろうか。もしくは、帝国側の妨害工作の可能性もある。ただの誤報かもしれない。
交戦中のドローン管理の作業は多岐にわたる。
船体が破損するほどの被害を出しながら、艦長は帝国軍への攻撃をやめることはしていない。好戦的な艦長とか勘弁してほしいが、命令は命令だ。
おかげで、シールド機能は消滅したままだ。出来る限り外装を修理しなければ、次の攻撃で撃破されかねない。乗員の命に係わる話だ。
ドローンのほとんどを修理に、武装へのエネルギー補給。さらに生命維持装置の保全に回している。目が回る忙しさだ。
熟練の経験から、優先順位をつけてドローンを配分し命令していく。
そんな中での警告だ。警報が出た以上、無視できない。上位につけた優先順位に合わせて、現場の艦載機ドックの整備ドローンのモニターに切り替える。
正直、面倒な作業だ。オペレーターである自分は人間だ。モニター画面からの確認している間、他の作業は滞ることになる。
そして、モニターに映し出された光景に目を疑った。
整備ドローンの放つ鎮圧レーザーを一本の棒で弾いている姿が映し出されたのだ。
整備ロボットであっても搭載されている武装は正規品である。それをバトルスーツ搭載のシールドで弾くならともかく、ノーマルスーツを着ただけの人間が細い棒で受けるなど不可能だ。
「… “ソードマスター”!?」
それは十年以上前に共和国軍部で広まった宇宙海賊の噂だ。
ソードと呼ばれる古代武器で、文字通り熱線を切り裂くという海賊。
当初、この与太話を誰もが一笑に付した。熱線銃である。物理的に不可能だ。それゆえに、誰もがまともに対応しようとはしなかった。
そして被害が増えた。不可能であるはずの被害報告が積み重なることになる。
そして、一つの事件が起こった。
バトルスーツ『カグラ』強襲事件
コンペディアに出す予定の次世代バトルスーツ『カグラ』を輸送中に宇宙海賊に襲撃され、新作バトルスーツが破壊されたというのである。
海賊に負けたなどと言えない以上、このスキャンダルは緘口令がしかれ、ひっそりと書類の中に埋もれていくはずだった。
しかし、上層部の思惑とは別に、生存者の話という噂が兵士の間で流れることになる。
すなわち、バトルスーツが生身の海賊一人に倒されたのだという噂だ。
まだ、ライバル企業の妨害工作のほうが真実味のある中で広まった荒唐無稽な噂話は、それ故に、根強く残ったのである。
そして、それを補強するかのように、増えるブラスターを切り裂く海賊の被害。
とはいえ、しょせんは噂話に過ぎない。
軍部から公式見解が出る事はなく、被害の減少とともに、噂話も下火となり、そのまま消えていった。
今では、昔あった噂話程度のネタでしかなかった…はずだった。
「(どうする。どうする)」
防衛ドローンを向かわせるか。
端末を操作して近くのドローン小隊を移動させようとする。
「ハハハハ。勝ったぞ。そら、とどめを刺してやる。撃て!撃て!」
艦長席で嬉しそうに勝鬨を上げるボンクラ艦長。
見れば砲撃用のエネルギー供給に遅れが出ている。小隊分のドローンを配分すれば解決するだろう。
不法侵入者であるソードマスターについて艦長に報告するか?映像は取れている。ビームを切り裂いている情報を提供すれば、あのボンクラ艦長も少しは事態を重く見てくれるか?
そんな、逡巡の間に、ソードマスターは艦載ドックにあるシャトルに乗り込み飛び立ってしまう。
「チッ…」
軽く舌打ちしつつ。ドローン小隊を操作してエネルギー補給に回す。
シャトルで出て言った以上、これ以上被害は増えないだろう。整備ドローンに近辺の危険物の有無がないか確認させる。艦載機の修理が遅れるが、砲撃に夢中な艦長が、いまさら無人機を出撃させることはあるまい。
映像記録は取ってある。現在は交戦中だ。戦闘が終わってから改めて報告すればいい。
ドローン管理オペレーターは、そう判断すると、再びドローンの管理に意識を集中した。
数十分後。
巡洋艦「ラドクロワ」は敵艦艇の砲撃を受けて大破。脱出した数名の生存者は回収され、船は放棄された。
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