第6話 簡単な達人技です
敵の艦に一人で乗り込んで大丈夫なのかといわれると、実は結構大丈夫なのである。
それには理由がある。
そもそも宇宙船は自動化が進んでいて、それほど搭乗員を必要としないのだ。戦艦でも百人程度。駆逐艦クラスだと二十人程度という船もざらだ。
さらにいえば、戦時中でも最大数搭乗員をそろえているのは旗艦くらいなもので、可能な部分は極力人員を削減している。
理由としては生産効率が向上し工場で生産できる機械よりも、時間をかけて教育が必要な人間の方が貴重であるという事だ。
自動化が極限まで進んだからこそ、最終的な問題とは替えの効かないマンパワーらしい。
そんなわけで、宇宙船の中は閑散として人影はない。
まあ、被弾した上に現在交戦中だ。こんなところをぶらぶらしている暇な船員などいるはずもない。
そんな無人の通路を、左腕に持った携帯用推進器をつかって移動する。
推進器はトンファーみたいな形状で、前面にワイヤー射出機が付いており、それを飛ばして推進器が巻き取ることで進むこともできるし、後部についた推進器を利用して進むこともできる。
推進機の推進剤は有限だし、最初はバランスをとるのが難しいが、慣れれば自在に動けるようになる。
まあ、自転車みたいなものだ。宇宙遊泳で最初に習う教習だ。
そうやって共和国巡洋艦の船内を進むと、たまに通路を円筒状の物体が通過する。特にこちらに反応もせず、こちらも気にせずそのまますれ違う。
少ない人数で宇宙船の管理するにあたり、足りないマンパワーを補うのがドローンだ。
損傷個所の修理とか、問題個所の確認といった対処に使われる汎用作業機械である。
そして、敵兵が船に乗り込んできた際に防衛部隊として迎撃するのも、基本的に彼らの仕事だ。
とはいえ、それをドローンが勝手に判断して対応するような機能は持っていない。
これらのドローンは艦内のドローン管理オペレーターがコントロールしている。
だが、少数の管理者だけで、数百数千のドローンをモニタリングし完全に管理することなど不可能だ。
哨戒任務中であったり、敵部隊が乗り込んできた緊急事態であれば別だが、戦闘中で被弾するほどの被害を受けた現状では、些細な異常の確認よりも、空気の漏出防止や、被害箇所の修理といった重要度の高い問題への対処にかかりきりになる。
少ない搭乗員では、緊急事態であるほどマンパワーの余裕がなくなるわけである。
そして、ドローンは命令がなければ動かない。所詮は機械だ。
というわけで、オレが目指す先は艦の中枢であるブリッジ…ではない。
そもそも、オレ一人で艦を制圧できるとは思っていない。確かに少人数でも艦は動かせるが、それでも一人は無理だ。
ついでに言えば、軍人は正規の訓練を受けており、装備も正規品で整っている。二十年のブランク付きの元海賊(武器は棒切れ1本)が、勝てる相手ではない。
なので、オレの目指す先は別だ。
海賊が敵戦艦に乗り込んだ場合にやる事はいくつかある。
まず一つは、物資の略奪。
戦闘行動により被弾する戦艦ゆえに、武器弾薬などの物資を一か所に集中保管するような設計はされていない。艦に被害が出ても戦闘が継続できるように分散して物資を保管している。
そうした場所から貴重な物資を強奪するのである。
分散して保管している為に、すべてを守るには多くの戦力を必要とする。手薄なとこが必ず出るので、そこを狙うのだ。
軍事物資は普通の物資よりも価値が高い。特に購入や取り扱いに資格が必要なものなど、裏社会では高値が付くので狙い目だ。
次に、機関室に向かいエンジンを破壊する。
さっきも言ったように、主砲を撃つにもシールド機能の回復にもエネルギーを必要とする。エンジンを破壊すれば、移動することもできなくなり、シールドを回復させたり、攻撃するエネルギーも失うことになり、戦艦は無力化する。
あとは、降伏勧告をすればいい。どれだけ訓練を積み装備を整えようと、個人武器では宇宙船は撃墜できないのだ。
あとはエンジンを修理すれば、強力な軍艦を手に入れる事が出来る。(補給については各自で頑張ってください)
そして、海賊が行う略奪行為の一つが、今からオレがしようとしていることだ。
『艦載機カタパルト』
艦載機格納ドックである。
通路の左右を見るが防衛ドローンの姿はなく、まだオレの存在は発覚していないようだ。
当然だが、ドックに入るためのドアにはロックがかかっている。
背中から剣を抜いて上段に構える。剣を握るだけで、自分の体と思えないほど、スムーズに動く。
「フッ!」
短く息を吐くと同時に剣を振り下ろし、即座に切り返す。剣が望んだ軌道に寸分なくなぞりドアを切り裂く。
艦載機用のドックの格納スペースは半分以上ががらんと開いており、残りのいくつかには被弾した艦載機がおかれている。それらの艦載機には作業用ドローンが張り付いて修理をしている。
残念なことに、それらの艦載機に乗ることはできない。
艦載機にはワープ装置がないので、乗ったとしても問題は解決しない上に、ここにある艦載機のほとんどは無人艦載機だ。人が乗るようにはできていない。
先にも言ったように、軍隊において人材は貴重な資源だ。
そんな資源の浪費を避けるために、そもそも最初から人を乗せなければよいという発想だ。
それゆえに戦闘機によるドックファイトは無人艦載機が主流になっている。
もちろん、人間が乗ることによるメリットもあるが、パイロットを育成する以上に、短期間で量産できる無人機の物量攻撃のほうが合理的なのである。
では、なんでそんな艦載機ドックに来たのか。
それは、格納ドックにあるのが無人艦載機だけではないからだ。
「さすがにガンシップはないよな…でも、あった」
期待はしていなかったが、この巡洋艦に突撃船(ガンシップ)は存在しなかった。
しかし、目的のものは見つかった。
銀河共和国軍フリゲート級シャトル。
軍事行動をとるにあたって、連絡体制は重要だ。艦隊行動を行うのに通信による連携は必要不可欠といってもよい。
しかし、常に通信可能な範囲で集団行動をとるわけではない。作戦によっては、別行動をとることもある。
そんな時の連絡用に、さらには緊急時の脱出用に有人機が用意されている。
そして、その使用目的からこの艦載機にはワープ装置が搭載されている。
つまり、これの強奪がオレの作戦というわけだ。
当たり前だが、軍の製品はすべて一流企業が収める正規品だ。当然、お値段は民間製品とは大きくが違う。
奪う側からすれば、黄金でできた宝箱というわけだ。
とはいえ簡単にはいかない。
見ればドック内を忙しく動き回っていた作業ドローンの一部がこちらに向かってくる。
さすがに艦載機格納ドックの扉が破壊されれば警告出て、管理オペレーターの注意を惹く事になったのだろう。
急いで推進器を使ってシャトルに向かう。
「おう。ジーザス」
そんなオレという不審者に対処するために、数体のドローンが搭載されているブラスターを打ち始めた。
普通なら、ここで派手な銃撃戦が起こるのだが、オレはそもそも銃なんて持っていない。なので、反撃も出来ずに撃たれるだけだ。
だが、オレにはチート能力がある。推進機とは反対の手に持つ一本の剣だ。
まっすぐシャトルへ移動するオレに、ドロ-ンのブラスターから熱線が飛んでくる。その軌道に、くるりと剣が割り込む。
チュイン!
軽い音がする。
もちろん偶然じゃない。
シャトルに移動する間、飛んでくるドローンの攻撃を、オレは剣を振る事で防ぐ。オレのもらったチート能力だからこそできる、剣技「切り払い」だ。
別に超能力とかフォースの力というわけではない。種を明かせば、相手の向ける銃口から弾道を割り出して剣の峰を盾のように置いているだけだ。
そんな、一見「スゲー」と思える神技だが、実はそう万能ではない。
なにせ敵の数が増えると終わる。
剣を正確に振る事が出来ても物理法則は変えられない。複数人から同時に撃たれたら終わるし、連射して弾をばら撒かれ続けたら身体能力の方が追い付かなくなって終わる。さらに、散弾銃や爆弾などの攻撃だとなすすべもなくやられるだろう。
ただ、一方向からの単発攻撃なら、十分切り払うことができる。バッティングセンターでストーレートしか来ないボールをバットに当てるだけだ。
熱量でダメージを与えるブラスターの熱線は、剣で受けたところで衝撃を受けるわけではない。
必要な時に必要な場所に剣を置いておくだけの簡単な達人技です。
ここが艦載機ドックである事も重要だ。
ここにあるのは修理整備用ドローンが主で、純粋な戦闘ドローンではない。
さらに、ドックの中には艦載機補給用の弾薬やら燃料が置かれており、ブラスターを乱射してそれらに命中し大惨事にならないように、ドローン自身に制限がかけられている。
オレの持つ剣の素材は戦艦のスクラップから削り出された品だ。当然だが、戦艦の外壁は対艦用レーザーや砲撃に耐性を持つ素材を利用している。
ドローンの熱線で壊れるような事はない。
つまり、ちゃんと勝算があって単独突入していたのだ。
まあ、受ける事はできても攻撃するわけではないので、撃たれ続けることに変わりはない。
チートもらってこれですからね。泣きたくなるわ。
切り払うビームが3発を超える頃、オレはシャトルへ到着する。
後ろからくる最後の一発を剣で切り払って中に入りハッチを閉める。これでドローンの攻撃を気にする必要はない。個人用武装で艦艇を破壊するのは簡単ではないのだ。
あとは操縦席に座り緊急発進のプロトコルを起動させる。
これは、シャトルを脱出装置の代りとして使用するための緊急発進モードだ。余計なプロセスを省略して動かすことができるし、悠長に出撃承認コードを求められることもない。
まあ、ドックからの出撃や管制コントロールもないので、下手すると他の艦載機にぶつかって爆裂四散するのだが、そんな不運に当たらないことを祈ろう。
「では、逃げ出すとしますか」
操縦桿を握り、必要な操作をするとシャトルが浮き上がった。
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