第2話 なんだかふわふわですー(ぶらっしんぐ)

「あふー、おふろあがりましたー」


//SE ヒロインがフローリングの上を小走りに近づいてくる


「おふろ、ちゃんときれいきれいに拭いてきましたよ?」


「えらいですかっ? えらいですかっ?」


「えへへ、そうですかっ」


//ヒロインが主人公の前にぺたんと座り、頭を差し出してくる


「んふー」


「なでなで、きもちいーですー」


「ふえ? 濡れてる? ぜんぜん拭けてない?」


「わふっ……それはっ」


「えと、ですね……お願いが……ありまして」//少し恥ずかしがりながら


「髪の毛としっぽ」


「ドライヤーにブラッシング、してほしいです」


「え? いいんですかっ」


(やたっ)//心の声が漏れる


「それじゃあ、……んしょ、しつれいして」


//ヒロインが主人公の膝の間に座る


「えへへ、ご主人さまのおひざのあいだです~」


「それじゃ、ちょっとまってくださいね」


//ヒロインが自身のしっぽにタオルを巻き、横に落ち着かせる


「しっぽにタオル、しっぽにタオル♪」//小声


「おまたせしました。それじゃあ、髪の毛とお耳からお願いできますか?」


//SE ドライヤーON


「あふ~……」


「ふえ? なんですって? ぜんぜん聞こえないです」


//SE ドライヤーOFF


「ん~? 髪の毛、いつもより拭けてないって?」


「そ、そんなことないですっ……ない、ですよね?」


「……」//主人公の言葉を待つ


「…………」//言葉がなくて焦り出す


「そのぉ……じつはちょっと」//観念してためらいがちに


「だ、だって!」//開き直る


「ご主人さまにごわーってやってもらいたくって、待ちきれなくて」


「その、いそいでわしゃわしゃしてきたので……」


「こ、子供っぽい?」


「しつれいですっ。同い年なのに!」


「しかも誕生日わたしの方が早いですしっ」


「わたしが子供だったらご主人さまだって子供ですっ」


「ふけますもん! いっつも自分でやってます!」


「ご主人さまの髪だって、わたしが――」


//SE タオルが巻かれたしっぽが床をぺしぺし叩く音


「ただ、ちょっと急いだだけですっ」


「だいたい、昨日は水曜日だからほんとなら昨日してもらえるはずだったんですよ?」


「なのになのに帰りが遅いから……」


「ごめん?」


「あ、あやまらないでくださいです」


「怒ってるわけじゃ……ないです」


「むしろ、お仕事たいへんで、でもありがとうございますです」


「ただ……」


「……ちょっとさみしかったです!」


「だから今日は」


「ご主人さまにいっぱい拭いて、乾かしてもらうんですっ」


「風邪?」


「わんこは元気なので風邪なんてひかないです」


「いっつもそうじゃないですか。ご主人さまが風邪ひいて、わたしが看病してます」


「二年生のときに川遊びして、川にびしゃーんって転んだときも」


「公園で遊んでて雨がどばばばっって降ってきたときも」


「夏にふたりしてお腹だして寝てたときもありましたねぇ」


「いっつもご主人さまばっかり熱出してましたもん」


「こないだだって……」


「くちゅんっ」//ヒロインのくしゃみ


「……」


「い、いまのは違いますっちがっ」


「へくちんっ」//ヒロインのくしゃみ(さっきより大きめ)


「あわわ……もう、だれですかわたしのうわさしてるのは」


「こうちゃん、しずくちゃん……」


「それとも」


「ご主人さま、だったり?」


「えっ……違う? ……ほんとですか? 心の中で、わたしにめろめろだったり」


「……。顔、そらしました」


「やっぱりそうなんじゃないですか」


「しかたないですねぇ」//とてもうれしい


//SE しっぽが床を叩く


「でもいいですよ?」


「こーしてふたりでまったりしてるときは、わたしのこと考えてくれるとうれしーですから」


「えへへ、なんだかくすぐったいです」


「へぷ」//ヒロインがくしゃみをかろうじて阻止


「えへへ、続き、お願いできますか?」


//SE ドライヤーON


「あふぅ……」


「ゆび、くすぐったいです」


「ん~、もっとしてください」


「~♪ ~~♪ ~~♪ ~♪」//ヒロインが鼻歌を歌う


「乾かすのもいいですけど、ブラシもしてほしいです」


「髪の毛も、お耳も」


「みゃっ」


「もう! お耳、きゅーに触ったらだめですっ」


「びっくりしますっ、めっ、ですよ」


「というかわざとですよね? 毎回この話してる気がします」


「気のせい?」


「……ふにおちないけどいいです」


「いいです、続き……はい、いいですよ」


「ん……わふ、そうそう、そんな感じです」


「んん……えへへ、わかっててもやっぱり変な感じです」


「あふ……」


「ふわ~~、ご主人さまに髪さわられるの、……好きです」


「心がぽかぽかしますから」


//SE ドライヤーOFF


   ◇


「つぎは、しっぽもお願いできますか?」


「あ、つけねのほう、わかってますよね?」


「そうです。ゆっくりですよ? きゅーにしたらだめですからねっ」


「あふ……」


//SE ドライヤーON

//しっぽへのドライヤーなので、先ほどよりも小さめの音


「あ、そうだ、ご主人さま」


「今日、お仕事どうでした?」


「ほら、あれですよあれ」


「……なんでしたっけ。〆切? 近い資料があるって言ってたじゃないですか」


「それで一昨日も昨日も遅かったんですよね?」


「出せたんですか?」


「えらいですっ」


「上司さんにもほめてもらえたんですか?」


「わふっ、すごいですっ」


「ご主人さまがうれしいと、わたしもうれしーです」


//SE ヒロインのしっぽが床を叩く音


「わふっ……ご、ごめんなさいです」


「でもでも、やっぱりうれしいのはうれしいです」


//ヒロインが振り向いて、主人公の耳元に口を近づけてくる

//SE ドライヤーOFF


「いっぱいいーっぱいがんばったんですね」


「えらい、えらいですよ」


//ヒロインが耳元で囁いてくる


「えらい、えらい」


「えらいえらい」


「えらいぞっ」


「えらいですよー」


「とおっても、えらいえらいです」


「ふふ、ご主人さまって昔からこういうのに弱いです」//耳から遠ざけて


「かわいーです」//不意打ちで、再び耳元で囁く


//ヒロインがまた膝の間に戻る


「……どうしたんですか?」


「え……ええっ」


「今度、その資料で発表あるんですかっ」


「きき、聞きたいですっ」


「あ、そうですよね。はい。会社のお仕事ですもんね」


「お家で練習もだめ、ですか?」


「んー、ざんねんです」


「もしできそうだったらいつでも言ってくださいね」


「いっぱいいっぱい、聞きますので」


「ね、寝ないですよ……」


(たぶん)//小さな声で


「とにかく」


「不安かもですけど、今はそういうのなしです」


「わたしでふわふわになって、今日は忘れて、それでぽかぽかして寝ましょうです」


「そしたら明日は元気いっぱい」


「元気な頭で、悩んだらいいんです!」


「ということで、そろそろお願いできますか?」


「はい、ブラッシングですっ」


   ◇


//SE ブラッシングの音(以降、継続的に)


「つけね、気をつけてくださいですよ?」


「びっくりするんですからね……?」


「ん……」//声を我慢


「ん~~」//我慢……!


(や、やっぱりちょっとくすぐったいです)


(自分でもやってもなんともないのに)


(ご主人さまにブラッシングされるといっつもです)


(でもでも、ご主人さまがわるいんですよ?)


(それにわたしはわんこですからね)


(しかたないです)


「にへへ」


「? どうしました?」


「からまってる?」


「そ、それは……っ」


「べ、べつに一昨日も昨日もさぼったわけじゃないですよ?」


「し、しつれいですっ」


「女の子ですっちゃんとお手入れしますっ」


「おんなごころわかってないです」


「そんなんだからご主人さまはわたし以外の女の子にもてなかったんです」


「え? わたしが隣にいたから?」


「そんなこと……うーん」


「でもたしかに」


(……近づこうとしてきた子を無意識に威嚇してたかもしれないです)


「あ、あの頃は若かったんですよ。わんこですから」


「ほらほら、番犬? みたいな感じです」


「がうがう!」


「がおー」


「……え? いまだって」


「そんなこと……あります?」


「だって、だって、わたし奥さんですよ? 結婚してますしっ」


「ご主人さまはそんな浮気なことしないはずですしっ」


「信じてますから……だからそんなこと」


「……」//想像中


「むぅ」


//ヒロインが主人公に抱き着いてくる


「むぅぅ」


「なんだかぎゅってしないといけない気がしました」


「やりにくい?」


「だめです、できます!」


「ギムです!」


//ヒロインに抱き着かれたまま、ブラッシングを再開する

//ヒロインが胸元にいるので、先ほどよりも距離感が近い


「話もどしますけど」


「ちゃんとブラッシングは欠かしてませんよ?」


「うらっかわとか、つけねに近いところとか」


「自分でやるの苦手なところはありますけど」


「それにいいんです」


「からまってるところはこうしてほどいてくれるじゃないですか」


「だからいいんです」


「んっ……ほら、ほぐれてきました」


「ご主人さまだってそうじゃないですか」


「朝起きたら寝ぐせがすっごくて」


「毎朝、だれが直してると思ってるんですか?」


「……」//ヒロインが無言の圧をかける


//ブラッシング一時中断(主人公がありがとう、と言うため)


「っ」


「ありがとうって」


「もう! そういうところです!」


「そんな唐突でいっつもいっつも脈絡なくてっ」


「ちゃんと雰囲気つくってくださいですっ」


「まったく」


「ふふ」


「……」//ブラッシング再開


「あ、おわりですか?」


//ヒロインが主人公から少し体を離す


「んー」


//自身でしっぽを触って確認する


「んー、百点満点ですっ」


//主人公にくっついてくる


「ありがとうございます」


「ありがとう、ございますっ」//耳元囁き


「百点満点、あげちゃいます」//耳元囁き


「ふふー」


「時間は……寝るにはまだちょっと早いですね」


「したいことありますか?」


「ふえっ!?」


「そ、それは……ぁぅ……ご主人さまがどうしてもって言うなら……その」


「わふっ!? 冗談!?」


「今日はわたしが甘える日なので、わたしがしたいことをする?」


「も」


「もう! もう!! もうっ!!」


「いじわるいじわるっ」


「そんないじわるなこと言うご主人さまなんてしらないですっ」


「……」//怒ってる風の吐息


「……」//少し落ち着いてきた吐息


//SE ヒロインのしっぽが床を叩く。ぺち


//SE ヒロインのしっぽが床を叩く。ぺちぺち


「……」//ため息のような吐息


「……もう、ほんとしかたのないご主人さまです」


「ばつとして、わたしとテレビ見ること!」


「わたしは特等席です」


//ヒロインが主人公の膝の間に落ち着く


「お昼にですね、水族館やってたんですよ!」


「土曜日におでかけするって約束したとこです」


「録画したんで、いっしょに見て予習しましょう」


「イルカショーもちょっとだけ映ってたんですよ? かわいかったです」


「ふえ? 見ちゃったら、土曜日の楽しみが減る?」


「もう、そーいうところ、ご主人さまは後ろ向きですよね」


「今日見たら、土曜日がもっと楽しみになります」


「今夜もわくわくで、明日もわくわく」


「土曜日だって、あのテレビの子に遭えたってうれしくなります」


「ね?」


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