第22話 眼帯の下

 振り向くと、小鳥は小さな弾丸を受け、その身体から血を流していた。ピィ、ピィと人語を介さなくなった小鳥をブラフが「エルルーニア様……!!」と悲痛な声を上げ、焦ってその身体を掬い上げる。そして、幽霊でも見たかのような蒼白顔をして、倒したはずのを見つめた。


「何故……」

「”確かに心臓を撃ち抜いたはずだ”……って? ははっ、お生憎様」


 ハントは右手に持っていた拳銃をなんの躊躇いもなくブラフに向け撃った。ぅぐ、と小さく呻いたブラフはそのまま地面に倒れる。まるで先ほどまでのハントと同じ状況を繰り返しで見ているような気分だった。


「僕の体は、少しばかりでね。そこにほんの少しだけアリィの力を借りたのさ」

「――貴様……!」

「おおっと。あまり気を荒立てるなよ。傷が広がるぞ」


 ハントが撃った場所は右脚だ。拳銃の弾が小さいとはいえ、掠った場所は悪く出血は酷いようだった。だらだらと流れ続ける血溜まりから、アリィは目が離せなくなっていた。


「ハント様……」

「ああ、アリィ。君のおかげでどうやら僕はちゃんと生き返ったらしい」


 、と彼は笑った。


「実、験?」

「そう。実験。君の能力が人間に対しても適応するのかどうかのね。言っただろう? ”想像しろ、僕が生きる姿を”って」

「あ……」

「まだ生きていたから、こうして救われた。僕の言葉の意図を汲み取ってくれてありがとう。死人になってしまっていたなら、僕は今ここにいなかっただろうね」


 ここでやっとアリィは気づく。この左手は、人を呪うばかりではないことが証明されたのだと。彼女の心が少しだけ報われた瞬間だった。

 アリィは嬉しくなり、無意識のうちにハントに抱きついていた。ハントは避けるでもなく、アリィの抱擁を受け止めたのだった。



 ◆



 ふと、上目に見えたハントの顔にアリィは不穏さを感じた。冷たく重い空気がアリィの前をユラユラと漂っている。それは顔というよりも、目の位置から漂っていた。

 不穏さの正体は、眼帯によって隠された右目だと思った。


「……? アリィ、これがどうかした?」


 まじまじと見ていたのを気づかれた。アリィはその不安げに潤ませた双眸をハントに向けた。ハントはその視線が眼帯に向けられていると悟ると、ああ、と微笑みアリィの頭を優しく触れた。


「…………なあ、。お前もそこから見ているのだろう? いい機会だから、教えておいてやるよ」


 そう言ってハントは右目の眼帯を外した。宿で眠った日も外さなかった眼帯は、彼自らの手によっていとも容易く外れた。大きな傷か、失明か。どんな姿でももう迷いはしないと決めたアリィだったが、その意志は一瞬にして揺らぐことになる。

 名を呼ばれたエルルーニアの気配が再び小鳥から感じられた。彼女もまた小鳥の視界を通し、ハントの眼帯の下を見て、息を呑んだ。


「”なによ……それ……”」


 ハントの眼帯の下にあったもの。それは、彼女たちと同じ《青薔薇の魔女》に呪われた証――血に塗れたような痣だった。

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