第21話 エルルーニアとアリィ

「嫌、です……っ」

「”……何を言っているの? もうその男は死ぬ。これからは利用されなくても済むのよ? お姉様は解放されるの”」


 エルルーニアの言葉がアリィの胸に一音ずつ刺さっていく。


 そうだった。

 アリィは思い出した。彼女は、ハントに利用されるためにいるはずだった。

 それは分かっていたつもりだった。


 本当に、「つもり」だったのだ。


 いつしか彼を巻き込んで、そして危険な目にまで遭わせてしまった。

 分かっていたことだった。ほんの少し、考えてみれば簡単に答えの出ることだった。


 この左手は呪いの証。


 使用しようものなら他人が巻き込まれるのは明白。大切な人からは離れることが最善だと、分かっていたはずだった。


 けれどアリィは知ってしまったのだ。彼の心の弱さを。その優しさを。そんな彼を、支えていきたいとさえ思ってしまった。


「……わたし、絶対に行きません。ハント様に買って頂いたあの日から、ハント様はわたしに色んなことを教えてくれた……ハント様のおかげでわたしの世界は変わった! 名前を貰った! 服を貰った! 髪飾りを、与えてくださった! わたしは、変わりたい! ここにいてもいいのだと、ハント様に証明してもらったもの!」


 彼以外から差し伸べられた手は取らないと、決めたアリィの意志は強かった。


 ふと、小さな音がアリィの耳を掠めた。アリィはその音が何か理解すると、エルルーニアたちに悟られないように集中した。一言一句聞き漏らさないように、の言葉に耳を傾ける。



 ————。



 その、たった一言でアリィは全てを理解し、同時にエルルーニアが激昂し始めた。


「”……っお前なんか嫌いだ! お前なんか死んでしまえばいい! どうしてお前ばかりがあの方に気に入られるの! わたくしの方がよっぽど優れているというのに!!”」


 アリィは悟っていた。彼女は母とも言える存在の《青薔薇の魔女》を酷く崇拝している。母が「是」といえば「是」であり、「悪」といえば「悪」となる。それを忠実に守ってきているのは《魔女の四肢》の中でもエルルーニアだけだった。

 確かに《青薔薇の魔女》はその呪いと引き換えに、娘とした者たちにを施した。それがいかに救いだったかは個人の心に委ねられる。分かりやすいのは次女のエルルーニアだろう。彼女の母に対する想いは崇拝に変わり、そしてアリィは……へと変わった。


「”母様はどうしてこんな出来損ないを気に入るの? 分からないわ! どうしてなのよブラフ!”」


 まるで駄々をこねる子供だ。小鳥の姿の側に、エルルーニアの本体が薄く見えたような気がした。

 褒めて欲しい、認めて欲しい。

 見て欲しいと、泣いているのだ。


 アリィは、かわいそうだと思った。

 今まで望んだものは全て苦労もせず手に入ったのだろう。従者ブラフも、地位も名誉も、邸も。

 それでもエルルーニアには足りないのだ。母親からの情が。

 情に飢えたエルルーニアに、ブラフの言葉は届かない。


「”……気に入らない……!”」


 エルルーニアの小鳥が火を放つ。まるで不死鳥のような燃え盛る身体を空に羽ばたかせている。その美しさに見蕩れてしまったのが、仇となった。

 小鳥は一点にアリィを狙った。標的は完全にアリィに向いていたのだが、彼女はハントを狙っていると勘違いをしたために、彼を庇うようにして覆いかぶさった。



「……――なるほど、覗き見とは趣味が悪いなエルルーニア」



「!」


 その声がした瞬間、ギィッ、と小鳥の聞いたこともない鳴き声がアリィの聴覚を刺激した。

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