第17話 再会

 カルラッタから南へ向かい、たどり着いたのは小さな港町”ユーイ”。アリィの言葉が正しいのなら、この町に《青薔薇の魔女》の三女がいるらしい。

 ふわり、風が彼らの前を吹き抜ける。潮風の香るこの町は、どこかハントの故郷によく似ていた。


「その三女の名前は?」

「確か……ミヤコさんだったかと」

「ミヤコ……。確か、三女は君より歳が上だと言っていたね」

「はい。おしとやかなです」

「おば……」


 ハントは思わず絶句した。


 そもそもあの《青薔薇の魔女》がいくつであるか分からないし、今目の前にいるアリィにしても自己紹介で言っていた年齢が本当の年齢であるかも怪しい。その点から踏まえて、三女が高齢者であってもなんら不思議なことはないのだが……。


「歳上というから、てっきり僕くらいかと思っていたよ」


 その考えは、物の見事に外れた。



 ◆



 まずは情報収集のため、ハントは近くの交番に三女のいるという場所について尋ねることにした。たまたま現時点から見える場所に交番があったため、ハントはアリィにその場にいるよう伝えてから向かって行った。


 特に何をするでもなく、交番に入っていくハントをぼうっと見つめていると、不意に「    」と声をかけられた。


 何を言われたのかまでは聞き取れなかったが、アリィは周りに人がいないことから、自分が呼ばれているのだと思いゆっくりと背後に振り返る。するとそこに一人の青年が立っていた。


「……?」


 どこかで見たことがある顔で、どこで見たのかは憶えていない。そんな曖昧な記憶の片隅にあるような人影にアリィは小首を傾げる。


「あの……わたしに何か……?」

「お探し致しましたよ、様」

「…………!!」


 青年から流れるようにして発された音は、アリィの昔の記憶を呼び起こさせるには十分だった。


「――――……」

「ああ、良かった。憶えていてくださったんですね。我が主人もきっとお悦びになられるでしょう。ずっと、心配をしておられましたから」

「……」


 アリィにブラフと呼ばれた青年は、いかにも建前の笑顔を貼りつけていた。

 汚れひとつない燕尾服は高貴な家柄に仕える従者たる証。彼は《青薔薇の魔女》の次女に仕える執事だった。

 一歩、彼が歩を進める度に、一歩、アリィは後ずさる。ブラフの背後に見えるが、いつか見た日よりも色濃くなっていることが気になったのだ。

 このままブラフといるのは危険だ。そう判断したアリィは適当に理由をつけてハントの許へと向かおうとしたが、それではハントが危険に脅かされてしまうかもしれないという考えがよぎった。

 袋のネズミ、とはよく言ったものだ。

 どうしようと焦っていると「?」と名を呼ばれた。


「どうしたんだ、アリィ。……おや、その御仁は?」


 ああ、どうして。

 今は彼の姿や声を聞くだけで、心が凪いでいくのが分かる。

 アリィはハントに申し訳なく思いつつ彼のそばに走った。ハントはアリィのその行動ひとつから、ブラフが《青薔薇の魔女》に何かしら関与する人物であることをすでに察した。


「申し遅れました。わたくしは《青薔薇の魔女》が次女、エルルーニア様に仕えております、ブラフと申します。この度はそちらにいらっしゃいます様を我が屋敷へとお連れするよう主人から仰せつかっておりまして。こうしてお迎えに上がった次第でございます」

「へえ……」


 ハントの口角が、無意識に上がる。アリィは嫌な予感がした。


「その話、長くなりそうか?」

「はい?」

「……、いい機会じゃないか。せっかくの招待だ。少しだけ話を聞くのも悪くないんじゃないか?」


 分かっていたことだったが、止められるはずもなく。アリィは《青薔薇の魔女》の情報が手に入るならばどんな手段も厭わない、ハントの覚悟について甘く見ていたことを後悔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る