第16話 本当のあなた
そこまで語ったアリィはワンピースを脱ぎ始めた。こんな公共の場で一体何を始めたのか、と思いつつハントはアリィの行動を静かに窺っている。
彼女の行動の意味はまもなく分かった。
アリィは左肩を露わにする。そこにあったのは左腕全体に塗れた血の痣だ。
残虐な行為が実際にあったのだと、彼女の腕は告げていた。
「……全部夢だと思いました。痛みも、何もかも。……でも、違った」
音も無く彼女の頬に雨が伝う。空は晴れているというのに、彼女の心には雨が降っているようだった。
「夢であってほしいと……何度願ったか分かりません。でも、これは現実で、今で、変えられない未来なのだと悟りました。この痣を見る度にわたしは《青薔薇の魔女》の娘であり《魔女の四肢》が一人なのだと思い知らされ、っ……?」
不意にアリィの目の前が陰った。ハントが彼女を抱き寄せたのだ。その瞬間、アリィの心は大きく揺らいだ。先ほどまでの彼とは違う温かさを含んだ抱擁に、アリィは動揺した。
「は、離してください。わたし、分かりません……。あなたが分からないっ……。優しく、しないで……!」
アリィが拒絶をすると、ハントは素直に彼女から離れた。
「……。やはりあの魔女は殺すべきだね。そうすれば君は――」
離れ際ハントが呟いた言葉は、アリィの心を掻き乱した。
「……本当のハント様は、どこにいるの……?」
◆
とりあえず服を着直してくれとハントが言うので、アリィは静かに露わにしていた身体の左側を再びワンピースで覆う。
「アリィ」
「はい」
「君たちが自らを《魔女の四肢》と言うからには、君たちは四姉妹ということになる。それは間違いないか?」
「はい、合っていると思います」
「ということはあと三人が新大国のどこかにいるのか……」
そもそもアリィを探し当てれたのは奇跡に近い。貧民街に着いてからというもの、僅かな情報のみでハントは彼女に運良くたどり着いたのだ。これから先も同じように見つけ出せるとは限らない。ハントは頭を抱えた。
「……ハント様」
「ん?」
「わたしが《魔女の四肢》として《青薔薇の魔女》の館に招待された時、一度だけ姉妹全員と顔を合わせた記憶があります」
「……なんだって?」
「形式上はわたしが長女にはなるのですが、歳は全員バラバラでした。三女は歳上でしたし、次女と四女は歳下でした」
「姉妹と言っても、年齢順ではないということか」
「はい。おそらくこの呪いを受けた順だと思います。……あと三女に関しては、このカルラッタにほど近い港町に住んでると、その時に話していたと思います」
今もそうかは、分かりませんが……とアリィは俯いてしまった。
これはなんという
「どうして僕に情報を教えてくれる気になったんだい?」
先ほどまで、アリィはハントを拒絶していたはずだった。それなのに、アリィは彼の知り得たい情報を次々に話した。その心境の変化を、ハントは純粋に知りたいと思った。少しだけ考える素振りを見せたアリィが、静かに口を開いた。
「……本当のあなたを、知りたいと思ったから、です」
「――――」
簡単な話だった。
いつだって自分を偽ってきたハントは、もはや本当の自分がどこにいるのか自らも知り得ない。それをアリィは「知りたい」と望むという。
「……奇遇だね。僕も同じ気持ちだよ」
ハントは苦笑するとアリィの頭を軽く撫でた。その時のアリィの瞳は、彼の表情をどう映しただろうか。
きっと、迷子のように映っていたに違いない。
◆
アリィの情報から、彼の尋ね人の一人である《魔女の四肢》の三女はここからそう遠くない港町にいるという。ハントは手始めにアリィを探していた時のように、今いる場所での聞き込みを開始した。アリィの一件もある。聞き込みのために離れようとしていたこのカルラッタに滞在する理由としては十分だろう。
「その三女はどこの部分を受けたんだ?」
「確か……《右手》だったかと」
「君と対なのか。だとすると難しいな……」
「何がですか?」
「何がって君……もし両腕に手袋をはめていたらその印象的な痣が見えないだろう? 特徴を聞くにはまずその腕の痣が一番情報になるんだ。それを隠されていたら追えなくなってしまう」
「多分、大丈夫だと思いますよ」
「は?」
何を根拠に、と言葉を続けようとしたハントの口はすぐに閉ざされた。
「三女は、この呪いの痣を隠さずにいますから」
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