第15話 《魔女の四肢・左手》

「村の森の奥に、その《人喰いの魔女》と領主様が住んでるという洋館があることは知っていました。わたしはそこへ一人で向かうように言われて、向かうことにしました……」


 向かった先に待ち受けてたのは、アリィにとって予想だにしていなかったことだった。


「館の前に、三人、いたんです。一人は、男の人で、息をしていなかったと思います。おそらくあれは領主様でした。もう二人のうち一人は口にたくさんの紅を引いたみたいに血を垂らしていました。そして、その前に立っていた人は全身を火傷に覆われたような痣の、女性でした」

「……《青薔薇の魔女》」

「わたしは、運が悪いことに《人喰いの魔女》の食事時に遭遇してしまったんです。……人柱になると知った時、死ぬことに迷いは、ありませんでした。でも、わたしもしまうのだと思った瞬間、恐くなってしまった」


 思い出す度に疼く左手は、震えを止めることができなかった。


「逃げたくても動けなくて、ただ目の前の光景を記憶に焼きつけることしかできなくて……。《人喰いの魔女》が、わたしの前に来たのが分かりました。ああ、食べられる……と思った時に、あの方が……《青薔薇の魔女》がわたしと《人喰いの魔女》の前に入ったのです」


 ハントの碧眼が大きく見開いた。彼にとって家族のかたき以外の何物でもない《青薔薇の魔女》が、をしたという事実は驚愕する他無いと彼女も感じていた。


「あの方は言いました。”この娘を喰らうのは惜しい、喰うのなら私にくれないか”と。《人喰いの魔女》は、あの方の言葉を聞くと”いいわよ”とすぐに承諾しました。わたしは、驚きました。だって、わたしの役目は《人喰いの魔女》への人柱くもつだったのですから……――」



 ◆



『……娘、今からお前は私の”娘”だ』

『え……?』

『ここにいても喰われて死ぬだけ。村に戻っても必要とされない人生。なら、私に使われた方が幾分はマシだと思うけれど?』

『それは……』

『私は、見ての通り呪いに蝕まれた身体を持っている。哀れな私を助けると思って、そのうちの《左手》をお前に譲らせてほしい』

『譲る……?』

『この《左手》は生と死を司る力を持っている。どう利用するもお前の責任次第。生物を描けば世界に生まれ、人に触れればその人はお前の望んだ状態にすることができる。例えば――――』


 あの方は左手にはめていた手袋を外すと、わたしにそっと触れた。瞬間、わたしの左腕がスパッと気持ちのいい音と共に切断された。切れ目が美しいからか、血液はあまり出なかった。


『――このように、想像しながら触ればその想像した通りになる』


 痛みは、遅れてやってきた。


 わたしの叫びは、ちゃんと声になっていただろうか? さっきまで興味なさげにしていた《人喰いの魔女》が目を輝かせてわたしを見ていた。ああ、きっと今から喰べられるんだと思った。

 目の前が霞んでいく。死ぬのならせめて、痛くない死に方が良かったと思った。白む視界にローブの影が写る。あの方が、わたしの前に屈んだ。


『……安心して。死なせはしない。なんのためにお前を譲ってもらったのか。死なせては本末転倒だからね』


 あの方はわたしの左腕を持つと、そのままわたしの左側に触れた。今度は心臓を止められてしまうかもしれないと覚悟した。けれど、そんなことは起こらなかった。あの方はわたしの左腕を


 いや。わたしの、は少し語弊がある。

 その時すでに、左腕はあの方の痣に染まっていたから。


『さあ、どこへなりとお行き、我が娘よ。お前はもう自由の身だ』


 最後の記憶は酷く朧気で、気を失う前、遠くの方で《人喰いの魔女》が一言『あーあ、つまらないの』と残念そうな声を出していたことだけは憶えていた。

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