第14話 《人食いの魔女》の村

 魅力的に輝いていたグレープフルーツジャムと生クリームのケーキは、悲しいくらいに味がしなかった。



 アリィは自分が利用される理由をやっと理解した。昨日まで彼に感じていたあの胸の高鳴りはどこかへと消え去り、今は身体から温度が急激に下がっていくのを感じていた。


 全て食べ終えた二人はカフェテリアを後にした。先ほどまで心安らぐ場だと思っていた場所は、アリィにとって安寧とは程遠い場所となってしまった。



 ◆



 ハントの半歩後ろをアリィがついて行く。”ザリ、ザリ、”と道の砂利を踏み鳴らす二つの音が妙に大きく聞こえた。

 不意に、ハントが笑った。


「……ははっ。そんなに警戒しなくても、取って食べやしないよ。わかりやすいね、アリィは」

「うっ!?」


 思考を読まれ、グゥの音も出ない様子のアリィを見てまたハントが笑う。アリィは恥ずかしさから少しだけ緊張を解いた。


「……これから、どうするのですか?」

「まずはここ、カルラッタからリュトを目指す。《青薔薇の魔女》はからね」

「《青薔薇の魔女》……」

「そういえば君は、について何か知っていることは無いのかい?」

「はぁ……」


 考えてもみなかった、とアリィは改めて思う。


「……あまり。そもそも、あの方は本当の母ではないので……」

「……どういうことだ?」


 ハントの声に、微量の怒気がこもったのを感じた。アリィは怖気づきながらも言葉を続けていく。


「あの方と出逢ったのはストヴァにある故郷の小さな村でした。あの村には《人喰いの魔女》と呼ばれる村の領主の奥様がいて、彼女が言うことすべてがあのくにではでした」

「……《人喰いの魔女》というのは、《青薔薇》のことか?」

「いいえ」


 その答えにハントは少しだけ落胆したような素振りを見せた。


「……噂だけが空回りして、村の者たちは魔女を怖れました。彼らは一度だってその魔女の姿を見たことはなかったと聞きます。実在しているのかも分からないのに、わたしたちは魔女を怖れていた。信じればいるのと同じ。意識しなければ、いないのと同じ、です」

「なるほど……」

「ある時わたしは、魔女の存在が本当だと知ることになります」

「……」


 ハントは黙って、真剣な面持ちでアリィの話を聞いていた。アリィも彼に答えるように、自身の過去について語っていく。


「村では、飢饉や旱魃かんばつがあるとそれは《人喰いの魔女》が飢えているためだとしてきました。そのため、一年に一度、村の若い娘が供物にされてきました。そうしてある時、次の供物にわたしが選ばれました。供物というのは、村全体で決めていたのことです」

「……人を人とも思わないのか、その村の者たちは」

「貧民街では、割と普通に起きていることなので特別驚きはしなかったですけど……」


 憤った碧眼がアリィを捉えた。カフェテリアの一件から警戒心が戻りつつあったハントへの感情がアリィの中で再び揺れ動く。

 彼はきっと根は優しい青年だったのだと思う。そしてそれを歪ませたのは、紛れもなく《青薔薇の魔女》だ。


(あの方の罪は、わたしの罪……か……)


 アリィは無意識に、震える左手を触れた。

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