第13話 ハントの「目的」
ハントたちは今いる場所からそう遠くない、街路樹の並ぶ角にあるカフェテリア【
ここの名物品のグレープフルーツケーキは絶品らしく、午前中で売り切れてしまうことが多いらしいのだがその日は運が良くまだ残っているという。
ハントとアリィはその名物のケーキとそれぞれ飲み物を頼み、外に設置してあるテーブル席へと落ち着いた。
「目的も無しに入った店だけど、なかなかいい場所だね」
「はい。どれも美味しそうで目移りしてしまいました」
「気にせず好きなだけ食べるといい。時間はあるのだから」
「……はい。ありがとうございます」
少しして、失礼しますというウエイトレスの声が聞こえた。彼の運んできたものは、温かい紅茶とブラックアイスコーヒーだった。
「おや、噂のケーキがないね」とハントが彼に訊けば、噂のグレープフルーツケーキは注文があってからグレープフルーツジャムを生クリームとともに添えるらしく、その装飾の時間がもうちょっとだけ掛かるそうだ。
ウエイトレスの話に納得すると、ハントは「ありがとう」と言ってアリィに向き直る。
ハントがコーヒーカップとソーサーを手に持ち、カップの端を口につける。アリィもそれにならった。とても、上品な味がした。
「……あの、ハント様」
「ん?」
「これから、わたしたちはどこへ向かうのでしょうか?」
ふとアリィは、気になったことをハントに質問した。
自分が買われたのは彼の目的があったから。そのことについては理解ができた。しかしそれからのことは何も知らされていない。
どこへ行き、何をするのか。先の景色が不明瞭なのだ。
ハントは持っていたカップをソーサーに戻しアリィを見た。片側の碧眼が、鋭く光ったような気がした。
「そうだね。まずは、僕の目的についてちゃんと話すべきかな?」
「え……」
確かに、アリィは目的が何かを知らない。彼女の中に不安が募る。覚悟は決めたはず。けれど、聞いてしまったらどうなる? 聞かなければ、何も始まらない。始まらなければ、何もできない。
アリィは少しの間葛藤し、真っ直ぐにハントを見つめた。ハントは、アリィが訊く姿勢を取ったのを確認すると静かに話し始めた。
◆
「……僕は厳密に言えばリュトの人間じゃない。僕は、三百年前に滅びた【ガスタール】の人間だ」
一瞬にして、他の来店客の賑やかしい声が、彼女の世界から――消えた。
「僕の世界はね、君の母親によって
ハントの笑顔は、張りついたまま。
ハントの目は、凍てついたまま。
アリィの全身は、動けぬまま。
ハントの腕時計の秒針の動く音だけが、二人の世界に鳴り響いている。
「君、知っているんだろう? ガスタールの歴史を。知っているから、そんな顔をするんだろう?」
アリィは目の前の男が急に恐ろしくなった。
この男は全てを知っている。アリィの左手のことも、彼女の正体も、《青薔薇の魔女》との関係性も。全てを知っていて彼は自分に接触してきたのだと、この瞬間にアリィは悟った。
「なら話は早いね。そう。僕は君が何者であるかを知っている。知っていて君を買ったんだよ」
「……わたしを利用して、なにが、したいのですか……?」
喉が酷く渇く。アリィは、感情の読めない主人に恐れを抱く。ハントはにっこりと微笑みながら、言葉を紡いだ。
「まあまあそこまで恐れるなよ。僕の目的はね、ただ一つだよ。それは――――」
「お待たせ致しました!」
ハントの言葉が、元気な女性のウエイトレスによって遮られた。お話の途中すみません、などと簡単に謝る彼女は嫌味が無い。
グレープフルーツケーキを二つ運び終えた彼女は、本当に元気よく笑顔でアリィたちのテーブルを去って行った。
再びの沈黙は、ハントによって破られる。
「――じゃあ、ケーキも来たことだし、頂こうか」
グレープフルーツのタルトケーキにナイフとフォークが刺さる。切れ味よく、切り分けられていくケーキを見て、アリィは先ほどのハントの言葉を脳で反芻させていた。
――僕の目的はただひとつ。それは……《青薔薇の魔女》を殺すこと。
カツン、とナイフが陶器に当たった音が響いた。
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