第12話 「この感情の名前は?」

「ハ、ハント様っ、これ……! ……どうして……?」


 アリィはこの髪飾りが気に入っているなど、彼には一言も伝えていなかったはずだった。それなのにどうしてハントはアリィの見ていた髪飾りを知っていたのか。アリィは困惑の顔をしてハントを見つめた。


「? だって君、それずっと見ていただろう?」


 アリィは、思わずハッとした。


「でも、見ていた時ハント様、近くにはいなかったですよね……?」

「ん? ……ああ、ね。僕は向かいのブティックの中から様子を見ていたから。ほら」


 そう言うとハントはおもむろに沢山の紙袋をアリィの前に出した。どれもブティックで購入した衣服や靴らしく、シワひとつ無い紙袋がアリィには眩しく思えた。


「君が僕から逃げることは考えていなかったけれど、まさか僕の姿が見えなくてその場から消えるとは思わなかった」

「に、逃げようだなんて、思っては……」

「うん。だから分かってるよ。……さて、本題。これに着替えてもらいたいんだけど、君の好みは分からなかったから僕の趣味になってしまうのは諦めてくれよ?」

「あ、あ、ありがとうございます!!」


 アリィは生まれて初めて主人から物を与えられた。

 その幸福感は感じたことの無いほどに温かいものだった。



 ◆



 近くに人目のつかない路地裏があったので、アリィはその影で着替えることにした。ハントから受け取ったブティック店の紙袋の中には全身のコーディネートが入っていた。

 抑えめの青が淡く染まったワンピースに白く薄いカーディガン。靴は平らな形をしており少しだけサイズは彼女にとっては大きかったけれど、土を踏まない足の感触が新鮮だった。ところどころにハントの優しさが垣間見えてアリィは嬉しくなる。


(ハント様のことを考えると、胸がポカポカする)


 この感情はいったいなんなのだろう。アリィは戸惑いながらも、悪くない感情に翻弄されるのであった。



 着替えが終わりハントにその姿を披露すると、彼はフッと力を抜いた柔らかい表情でアリィを見つめた。ハントの視線が、少しだけ恥ずかしかった。


「……うん。似合ってるよ。僕の目に狂いはなかったようだ」

「こんな高価な物を……ありがとうございます、ハント様」

「高価、なのかな? どれもレディが着るには普通の物ばかりなんだけど……。アリィは気に入ったかい?」

「はい、とても!」

「そう。……ああ、それともうひとつ」


 はい、とハントがアリィに手渡したそれはだった。


「これからは新しい人生を送るんだ。こうして心機一転、見た目を変えたのだし、そのオペラグローブも新しいのにしたらと思ってね。もしそのくたびれたものが大切なものなら無理にとは……」

「あ! ありがとうございます! 嬉しいです!」


 アリィはハントの言葉を食らうかのごとく遮った。ハントは何故だかアリィの喜ぶ顔に少々驚いた様子だったが、すぐに表情を戻して「さあ、行こうか」と歩き始めた。アリィは遅れないように、くたびれたものから新品のオペラグローブをはめ直しながら彼の後ろをしっかりとついて行く。

 行き場を失った、くたびれたオペラグローブはまるで”未練”を表現しているようで、アリィは少しだけその現実から目を逸らしたくなった。

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