第11話 欲しいもの
馬車が通り抜け、ハントから急いで離れる。まだトクトクと心臓の音がうるさいが、先ほどよりはマシだった。
どうしよう、と感情が
「……行ったか。アリィ、怪我は?」
「……あ。大丈夫です。申し訳ありません、以後、気をつけます」
「あ、うん。別にいいんだけど。じゃあ行こうか」
そう言われてアリィはハントに手を引かれながら市街を再び歩き出す。――顔は、見れなかった。
そういえば何を問われていたのだっけ。
徐々に冷静さを取り戻してきたアリィはハントとの会話を思い出す。欲しいもの、と問われてまずアリィの脳裏に思い浮かんだのは手袋だった。
今使っているくたびれてしまったものではない、清潔で美しい、オペラグローブ。
かつて《あの方》がしていた、花柄で淡い碧のレースが映える
今までは気にしてこなかったが、これからはハントと共に行動をする。そのことを思うと、少しでも身なりを綺麗にしなければならないのでは? とアリィは考えた。現に、今から彼女の衣服等を調達しに向かうのだ。ハントと並ぶということは、貴族の使用人を装うくらいの心構えでいなければならない。
しかし、服にしろ手袋にしろ、アリィにとって好みやこだわりは人生の中で持つべき感性でないと、今までの彼女は自分自身の心に言い聞かせてきた。だから、何が好きであるかという思考を彼女は持ち合わせていなかった。
「ハント様」
「ん?」
「あの、欲しいものなのですが……とくには、思いつきませんでした」
それから、彼がいくら富を持っていたとしてもアリィは安いものなら布切れでも何でもよかった。
「それは困ったな。金銭について気にしてるのか?」
ああ、彼を困らせてしまった、とアリィはもう一度欲しいものについて考える。欲しいもの、欲しいもの……。
ふと、辺りを見回した時、あるものが彼女の目に入る。アリィは衝動的にその飾られているもののあるお店へと足を向けた。
(可愛い……)
それは美しい装飾を施された小さな髪飾り。もしもわがままを伝えてもいいのなら、この髪飾りが欲しいと思った。値段も、そこまで高くない。
(ハント様……、あれ?)
彼を呼ぼうと思い振り返った時、そこにハントはいなかった。アリィはすぐに自分からはぐれてしまったのだと気がつき、辺りを見回した。
早く探さなければ、また捨てられる。
アリィは胸の前でぎゅっと手を握りしめて、ハントを探す。
「おい」
不意に背後から男性の声がアリィに届いた。彼女は反射的に勢いよくその場で振り返った。
「ぼふっ!?」
その反動か、何かに顔をぶつけてしまったアリィはそのままその場に転んでしまった。足元に映る革靴は高貴な人間が履くようなストレートチップで、振り返った時に付けてしまったのか小さなキズが酷く目立っていた。
早く謝らなければと頭では理解していたが、あまりにもこの状況にアリィは恐怖心を抱いておりその場から動けずにいた。
「……アリィ」
聞き覚えのある、不器用で優しい声に、アリィはゆっくりと顔を上げる。
「……ハント様……」
「ほら立って。こんな場所に居座っていたら周りの邪魔だよ」
「は、い」
差し伸べられた手を取り、立ち上がるとすぐにその場を移動する。冷静さを取り戻したアリィは、先ほどまでの自分の醜態を思い出し反省した。どうしてこうも上手くいかないのだろうと心は沈むばかりである。
欲しいものがあることを伝えようと思ったけれど、主人であるハントにあれだけの迷惑をかけてしまったので伝えることは控えた。今の自分に、何かをねだる権利は無い。
「アリィ」
ふとアリィはハントに名を呼ばれた。顔を上げる勇気は無かったが、呼ばれたからには答えなければならない。アリィはおずおずと顔を上げて「……はい」と返事をした。
「これを」
「……え?」
ハントから渡されたのは紙の小包み。何が入っているのか皆目見当もつかないが、ハントからの初めての贈り物にアリィは驚いた。
中を見てもいいのだろうか、という表情をしてハントの顔色を窺うと「もうそれは君の物なんだから、君の好きなようにすればいい」と言った。
アリィはその言葉をゆっくりと飲み込むと、ドキドキしながら小包みの中を開けた。
その中身は、アリィが欲しいと思っていたあの髪飾りだった。
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