第9話 困惑の朝
「ハント様!」
アリィはすぐに彼に駆け寄り、そして体に傷が無いかを確かめた。この室内の荒れようでは強盗が押し入った可能性があったからだ。アリィは辺りを警戒しつつハントの状態を調べる。少しして彼女はただ彼は夢に魘されているだけのようだと判断した。
強盗が押し入っていたら窓が割られていたり、室内に何かしらの破損が見えたはず。しかしそれらは見当たらないのでその考えは除外した。
大方、アリィが風呂の時間から部屋へ立ち寄るまでの間にハント自身が室内を荒らしたのだろう。どうしてそんなことをしたのかは分からないが、荒れて散らばったものたちからは悲しみの色が見えた。
「は……うぅ……っ、ぐっ……ん……」
苦しげに唸る声が室内に静かに響く。少しでも彼の痛みが和らげば、と祈りながら、アリィの空いた左手は無意識のうちにハントを撫でていた。
「……大丈夫ですよハント様。大丈夫、大丈夫……」
徐々に落ち着いてきたのか、ハントの荒れていた息は深呼吸へと変わり、次第に深い眠りへと誘われた。
「……ふぅ……落ち着いた」
何がここまで彼を追い詰めているのだろう。きっとその根源には彼の言っていた「目的」が少なからず関与しているのかもしれない。
もし、本当に彼女の左手だけが必要で、彼女自身は必要ないとして。
それでもアリィはやはり彼に着いていくだろうと思った。
なぜならアリィの世界は、ほかでもない、ハントによって切り開かれたのだから。
◆
翌日、ハントは目覚めた瞬間に混乱に陥った。
目覚めた横に、何故か隣の部屋で休んでいるはずのアリィが眠っていたのだ。
(どういうことだ......?)
ハントはざわついた心を落ち着かせるため深呼吸をしつつ、昨夜から現在までの自身の行動について記憶の糸をたどる。
昨夜は、アリィへの忠告を終えてから自身の部屋に戻り、すぐに眠りについたはずだった。眠りは浅く何度か
思えば、今日は目覚めからしておかしいことが多いと、ハントは今更ながら気づく。
いつもであれば《青薔薇の魔女》の夢を見た時、動悸がし、吐き気が込み上げるようにして勢いよく起き上がるのが常だった。しかし今日は驚くほど不思議なくらいに目覚めが快調であった。
(こいつが何かしたのか?)
あの左手で。
そうなら、あの時感じた温かい光にも説明がつくのかもしれない。
ハントは、そんな気がしてならなかった。
兎にも角にも。
窓の外はすでに日が昇っており、そろそろ起きなければならない時刻だ。もうすぐ宿の主人が朝食の案内に部屋を訪れる頃だろう。
アリィの部屋に彼女がいないと、ハントは困るのだ。
なぜなら、この添い寝する二人を見て、主人が卒倒する可能性もなくはないからだ。
「……まったく……」
いくら彼女を買ったとはいえ、恋仲ではない者同士が非合意的に同じ部屋で寝るなど、今までのハントからすれば考えてもみなかった朝だった。
「おい、起きろ。起きろアリィ」
やや乱暴に、横にすよすよと気持ちよさそうに眠るアリィを起こす。二、三回揺するとやっとアリィが目を覚ました。
「……ん……。あ、ハント様? おはようございます……」
「ああ、おはようアリィ。早速で悪いけど
「へ?」
「ん?」
アリィは「どうして?」という純粋な表情をしてハントを見つめた。ハントはその顔が、少し苦手だった。
「退いてくれないか、アリィ」
「? ハント様はわたしをつかうんですよね」
「目的のためには必要と言ったが」
「あなたを慰めるのも、わたしの役目と判断しました」
「添い寝は希望していないが?」
「娼婦として当たり前のことでは?」
「は? 娼婦だって?」
アリィのとんでもない発言に、ハントの表情は引き
「……君、僕が買った理由が娼婦にするためだと思っていたのか?」
「え、違うのですか?」
「……はぁ……」
貧民街に長らくいたせいか、アリィは自分が娼婦として買われたのだと勘違いをしていたようだ。
貧民街では、一日を生きるために女は娼婦として男に買われる。その様子を見てきたのなら、自分もそうなるかもしれないと思うことは自然なのかもしれないとハントは考えを改めた。
といいつつ、ハントは久しぶりの快調な目覚めを手に入れることができた。その件についてはアリィに感謝しようと心の中で独りごちたのであった。
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