第34話 城田三姉妹


 遥たちと映画館に行った翌日の日曜日。

 今日は宮子に誘われて城田三姉妹のマンションまで行くことになっている……のだが。

                    

「ない、ない」

                   

 俺は部屋の衣装タンスの中を見ながら違和感を感じていた。

                    

「……お、おかしいな。俺の下着、なんでこんなに少ないんだ?」

                    

 母さんは洗濯後の下着をいつも部屋のタンスに入れておいてくれるのだが、今日はタンスの中に一つも入っておらず、俺は風呂場に持って行くトランクスが一つもないので困っていた。

                    

 いつも脱いだ下着は洗濯に出してるし、風呂場の洗濯籠に入れてるから洗濯されてるはずなんだが……。

 親父のタンスに持って行かれたのかもしれないし、母さんが入れ間違えたのかもしれないな。下の段も見てみる……か?

                    

「ん?」

                    

 いつも洗った下着が入れてある段の下の段に、なぜか新品のトランクスが4枚入っていた。


「これって……母さんが入れてくれたのか? そういえば前のトランクスは少しほつれとかあったかもしれないから、新しくしてくれたのは嬉しいけど……何も言わずに用意するなんてお喋りな母さんにしては珍しい」


 俺は母さんに感謝しながら新しい下着を片手に風呂場へ向かい、朝一番の熱々なシャワーで身体を洗い流す。


 ……そういや、あの三姉妹全員と一緒に遊ぶのって何年ぶりだ?


 確かあいつらが転校する2日前に、あの三姉妹と遊んだと思うけど……。

 あの日はすごろくか何かをやってて、いつも通り俺は負けて、1位の遥が俺に命令を……。


「あれ、あの時の命令って……何だっけ」


 別に大したことじゃ無かったと思う。

 だってあの日は不思議なことに勝負に負けてもイジメられ無かったからだ。


 しかし、その内容がハッキリと思い出せない。

 大したことじゃないから、記憶に残らなかったのかもしれないが……あの時は……。


 俺は脳内でバラバラになっていた記憶の断片を拾い集めて少しづつ思い出す。


 確かあの日は三姉妹の家に呼ばれ、新しく買ったという人生双六を4人でやった。

 そして俺が最下位で遥が1位を獲って……。


『遥が一番だったから、遥が雄一くんに命令できるね!』

『遥姉さん……早く命令』

『そう、ね……ゆ、雄一、耳貸しなさい!』


 そうだ! あの時遥は俺の耳元で命令をしてきたんだ。

 それで内容は……。


『……次、会ったら……絶対、付き合いなさいよ。約束だから』


 ザックリだがこんな命令を耳元で言われたんだっけ?


「でもあの"付き合いなさい"って、どういうことだったんだ?」


 本人も前に言っていたが、あの頃の遥は俺のこと嫌いだったので恋愛的な意味ではない。


 曖昧な記憶だからそもそも遥が言った内容に間違いがあるかもしれないが、付き合いなさいってことは、どこか行きたい場所があったとか?

 そう考えると『付き合いなさいよ』の前に言った『絶対』の部分が目的地だった可能性はあるな。


「『絶対』って名前のラーメン屋とか? それか絶海? いや、意味わからなすぎるだろ」


 遥のやつ、どこに行きたかったんだろうか。

 あと、次会ったらって言い方も……まるで転校するのを俺に……っ。


「そうか、もしかしたら遥は転校のことを俺に伝えようとしていたのかもしれない」


 俺は湯船に浸かりながら湯気をぼんやり見上げる。


「そろそろ……あいつらのマンションに行かないとな」


 身体を拭いて風呂から出ると、俺は着替えをしてから家を出る。

 いくらあの三姉妹のマンションに行くとはいえ、一応遊びに行くわけだし、何か茶菓子の一つでも買って行ってやるか。


 マンションへは自転車で行くため、3姉妹の家の近くにある商店街に寄ることに。

 菓子といってもどれがいいのやら。


 コンビニで適当に買って行ってもいいけど……あいつら宮子のおかげで結構いい暮らししてみたいだし、安いもの買っていって馬鹿にされるのは鼻につくな。


 なら、ちょっと奮発してやるか……。

 俺は商店街の中にあるケーキ屋に寄って、店内の焼き菓子コーナーを眺める。


 普段からあまりこの手の菓子を食べない俺は、横文字を見てもピンとくるものがなく、困ってしまう。

 遥は甘いもの好きみたいだし、欲しいものをlimeで聞いてみるか?

 でもさっさと買って行きたいし、あいつがスマホ見てなかったらこの店で待つのも面倒だ。


「ご注文はお決まりでしょうかー?」


 カウンターにいた女性店員に声をかけられる。

 やばっ……まだ決まってないし、何よりどれがどんな味なのかも分からん。


「あの……友達の家に行くので、菓子折りを持って行こうかと思ったんですけど、おすすめとかって」

「それではこちらのカヌレやフィナンシェはいかがでしょうか?」


 か、カヌレ? フィナンシェ?

 フィナンシェはまだ聞いたことがあるが、この台形のカヌレってなんだよ。

 これってどんな味がするんだ……?

 食感が分からないので、俺はとりあえず聞き覚えのあるフィナンシェの方を選択する。


「じゃあ、このフィナンシェを8個」

「かしこまりました」


 フィナンシェを購入した俺は、謎の緊張感で出た汗を拭いながら店から出る。

 フィナンシェ……なかなかいいお値段したな。

 でもまあ、これで舌が肥えてるあいつらも多少は満足してくれることだろう。


 自己満足しながらリュックにフィナンシェを入れると、また俺は自転車を走らせて3姉妹のマンションへと向かった。

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