第23話 遥の夢か宮子の意地か
母さんに怒られて閉め出されていた俺は、やっと玄関の前から家の中に戻ると、ちょうど美波と宮子が2階から降りてきた。
こいつら……あたかも当然のように俺の家の中をフラついてるけど、ここは俺の家だし出て行って欲しいんだが……。
「あ、ユウも戻ってきた」
「おかえり雄一くーん」
何がおかえりだ。
さっさと出ていけ厄介姉妹。
「さっきまで遥姉さんと何を話してたの? やけに長話だった」
「なんでもない。お前たちには関係のないことだ」
「……ふーん」
美波は目を細めると、冷たい視線をこちらに向けながらしっとり呟いた。
美波は他の姉妹に比べると地頭が良いので、意外と俺たちの会話を察している可能性がある。
仮にそうだとしても、遥と映画に行くことになったのは元々お前らが遥のことをイジメるから遥に情が湧いたのだから、映画に行けなかったのはお前たちの自業自得だろ。
「そ、それより。お前らは何をしに降りてきたんだ? さっさと寝ろよ」
「さっさと寝ろだなんて雄一くん冷たい〜」
「あんなせまい空き部屋で3人並んで寝るのはキツイ。雄一の部屋行っても良い?」
「あ、それならわたしも行きたーい」
こいつらはもう喧嘩してないならさっさと帰って欲しいんだが。
そもそも今回のお泊まりというのは、砂浜の一件で遥が家で宮子と顔合わせるのが気まずいから泊めて欲しいというものだったのに、いつの間にかこいつら二人も来ていて3姉妹勢揃いのただのお泊まりパーティーみたいになってる。
そこにトドメをさすように、うちの天然母さんのせいでそれが許されちまうし……もうメチャクチャだ。
「私と宮子姉さんは今からお風呂を借りる」
「風呂って……お前ら着替えは?」
「もちろん無いから、は・だ・か♡」
「母さーん! こいつらの着替えを出してやってくれ」
俺はツッコミを放棄して真っ先に母さんに着替えの用意を申請する。
「もうお風呂に置いたわよー」
「だってさ」
母さんナイス。
宮子と美波は怪訝そうにため息をつくと、軽く舌打ちした。
こいつらまさか、本気で裸のまま家をふらつくつもりだったのか?
こんな出来上がった身体の女子高生が裸で家をふらついてたら、間違いなく残業帰りの親父が腰抜かしてしまうんだが。
「着替えかぁ……わたしとしては裸の方が楽なのにぃー」
「楽とかそういう問題じゃないだろ!」
「雄一くんったらおかしいよ。人間はホモサピエンスの頃から裸がスタンダードなのに」
「そうだよユウ。裸の方がスースーして気持ちいい」
「知るかよ!」
どう考えてもおかしいのはお前らなんだが。
裸族の宮子と美波の二人組は肩を落としながら風呂場の方に歩いて行く。
すると、急にリビングのドアが開いた。
「ちょっと宮子! 美波! あたしもお風呂入るから!」
二人が風呂場へ向かうのを追うように、リビングの中から遥が出てきた。
廊下で俺とすれ違う時、遥は足を止める。
「あ、アンタ、明日のことはあの二人に言ってないでしょうね?」
遥は心配そうに眉を顰めて訊ねてきた。
「言うわけねえだろ。もう残りのチケット1枚は盛大に破ってんだし」
「そ、そうよね……」
今さら後戻りはできない。
あのチケットはもったいないが、樋口と西条のキャンセル分は西条が全部俺に払ってくれたから俺にはそんなにダメージがない。
「ゆ、雄一はあたしと二人がいいんだもんね」
「そんなつもりであのチケットを破ったんじゃないんだが?」
「……ふふっ。アンタ、ツンデレなんだから」
遥はクスッと笑いながら二人を追って風呂場へ歩いて行った。
ツンデレとか、それ、お前が言うのかよ……。
それにしても遥はやけに上機嫌だったな。
そんなに明日の映画が楽しみなのだろうか。
「ま、いいか」
俺は2階の部屋に入ると鍵をかけ、ドアの隅から隅までガムテープを貼り付けると、さらにドアの前にはビー玉を何個もばら撒いておいてからベッドに入る。
これで完璧だ。入って来れるわけない。
あいつらが風呂入ってる間に俺は自分の部屋を密室状態にした。
朝まで部屋から出れないが、寝ちまえばトイレは大丈夫そうだし、風呂もあいつらの後風呂に入ったら間違いなく揶揄われるだろうから明日の朝に入ろう。
「にしても明日か」
遥と映画行くことになっちまったな。
ベッドに寝転びながらボーッと天井を見上げる。
遥のことが可哀想だと思ったから、二人で行くことになったけど、よくよく考えたらあの遥とデートって……。
『雄一! アレ買いなさいよ!』
『さっさと歩きなさい! 鈍いわね!』
『クソみたいな映画だったわ!』
文句ばっかり言われるかもな……。
俺は明日のことを考えながら、そのまま目を閉じた。
女子と二人きりで出かけるのは初めてだけど、どうせ遥だし気楽に行こう。
✳︎✳︎
「おはよっ♡ 雄一くんっ」
翌朝。
目が覚めると、隣からやけに甘ったるい香りと、長くてサラサラの髪が首元をくすぐる。
「朝チュン、だね?」
「…………」
ベッドの隣には、いつも母さんが着てる猫のTシャツを着た宮子が添い寝していた。
Tシャツの胸元にプリントされてる猫の身体が、その爆乳によって胴長のダックスフンドみたいになっている。
「雄一くんったら涎垂らして寝てたから、責任を持ってわたしが舐め取……ティッシュで拭いてあげたんだよー?」
「…………」
「あ、そだそだ。雄一くん! 遊んだビー玉は片付けないとダメだよ? 代わりにお姉ちゃんが片付けておいてあげたから、ね♡」
……こいつだけは2度と泊めるのをやめることを心に決めた。
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