第20話 宮子と雄一すれ違う想い(後編)


 俺は宮子に向かって睨みを利かせる。


「昔からお前だけは不気味だった! 俺のことをイジメるくせに、俺の忘れ物届けてくれたり、給食の大人気メニューとかも、一口食べて口に合わなかったとか言ってなぜか俺にくれるし!」

「あっ、それは……」

「普段は偉そうに学級委員長とかやって、イジメ反対とか言ってるくせに俺をイジメやがって。遥から聞いたけど、イジメを始めたのはお前の提案だったんだよな? お前の行動も言動も全部矛盾してるし、そもそもどうして俺に執着するんだよ!」

「執着とかじゃなくて、わたしは純粋に雄一くんのこと」

「うるさいっ! お前も分かってるだろ? 妹の遥や美波はあの頃から変わった。もう俺のことイジメて来ないし、少しは性格が丸くなってる。でも……長女のお前だけ同じままだ!」


 全ての不満を吐き出すと、俺たちの間には沈黙が流れた。

 月明かりが宮子の顔をぼんやりと照らす。

 その頬には、涙が伝っていた。


 遥の時に反省したつもりだった。

 でも俺は、やっぱり我慢できなかった。


「酷いよっ……雄一くんっ」

「…………」


 謝るつもりは、ない。

 どうせこいつの涙はニセモノだ。

 遥の時は顔も真っ赤になって、嗚咽を漏らしていたが、宮子は違う。

 まるで女優のように声が篭らないように泣くのは、まさに演技としか言いようがない。


 グラビアアイドルだかなんだが知らないが、周りを手玉に取るような言動や行動。

 それら全て、俺は好きにはなれない。


「雄一くんは……」

「あ?」

「雄一くんはわたしの努力何も知らないじゃん!」


 宮子は制服の胸元に手を当てると、下からそのでかい乳房をゆっさゆっさと持ち上げる。


「このおっぱいだって、わたしがバストアップトレーニングを何年も続けて作り上げたし! 顔だって整形に頼らず、いっぱい頑張って可愛いくなった! 遥や美波は何の努力をしなくても可愛いしおっぱいも大きい。でもわたしにはそれが無かった!」


 宮子は心からの叫びを俺にぶつける。

 その言葉には、嘘偽りがないように思えた。


「わたしは長女としてNo. 1じゃないとだめなの! 大好きな雄一くんの初めても、雄一のしゅきしゅき感情も、全部わたしが一番じゃないとやだ!」


 子供のワガママのように聞こえるが、それが宮子の本音。


 宮子ほどの美少女が俺に執着する理由……やはりそれは好きなんかじゃない。

 大好きとか言ってるけど、結局……あの二人への対抗心が俺への執着になっている。


「お願いだから……お願いだから嫌いにならないでよ雄一くん! これは嘘でも何でもない! わたしは雄一くんに嫌われたくないだけなの! 雄一くんのために生きてきたのにこのまま嫌われたら死ぬしかなくなっちゃうからっ」


 重い。

 重くすぎて地面に食い込みそうな感情。


 そこまでして、こいつは妹たちにマウントを——。


「ちょっと雄一ぃ!!!」


 バタンッと玄関が開け放たれて、お玉を持った母さんが出てきた。


「か、母さん⁈」

「鳴き声がしたから出てきてみれば……あんた、宮子ちゃん泣かせて何してんのぉ!」


 うわ、また厄介なことに……。


「ち、違うんですお母さん! わたしが雄一くんを!」

「違わないわ! 宮子ちゃんさっさと家に入りなさい。雄一、あんたは晩御飯抜きだから! そこで頭冷やしなさい!」


 母さんは宮子を家に入れると、俺を外に置いたまま、玄関を閉めた。


「……ま、こうなっても仕方ない、か」


 そこからしばらく玄関前の小さな階段に座り込んで、俺は月を見上げていた。


 宮子みたいな女子泣かせてたら、そりゃ男が悪いと思われて当然。

 だから母さんに怒りとかは覚えない。

 昔だってそうだ。

 俺がイジメられてても、周りはイチャイチャしてると勘違いしている。

 俺はずっと、嫌だったのに……。


「はぁ……」


 三姉妹に振り回される日常が戻ってきて数日が経つ。

 宮子の本音も聞いていたら、一つ思ったことがあった。

 どうやら宮子は、そこまで俺のことが嫌いではなかったみたいだ。

 それなのになぜ俺へのイジメを始めたのか。


 宮子が俺をイジメた理由が分からない。


「ゆ、雄一……くん」


 ガチャっと玄関が開いて中から目が真っ赤の宮子が出てきた。


「……なんだよ」

「お母さんがね、これ持って仲直りして来いって」


 宮子の手の中には、サランラップに包まれたおにぎりが何個かあった。


 仲直り……か。


 俺は適当に一つ受け取り、口にする。

 俺の隣に宮子がひっそりと座り込み、おにぎりを食べる俺を見ていた。


「さっきはごめん。急に怖かったよね」

「……別に」


 俺はそう答えると、おにぎりを頬張って喋るのを拒否する。


「……わたしね、引っ越してからずっと雄一くんのこと考えてた。雄一くんは今どんな子が好きなんだろうとか、彼女できたのかなぁとか、何回えっちしたのかなぁとか」

「ろくなこと考えてないな。そこまでして妹たちへのマウントに俺を使いたかったのか? 俺の童貞を奪えば姉の威厳が保てるとか思ってたんだろ?」

「そんなんじゃない! わたしはずっと、雄一くんのこと……す」

「す?」


「——好き……だったから」


 宮子は恥ずかしそうにそう言って、顔を背ける。


「……う、嘘つけ。好きならあんな嫌がらせしないだろ!」

「ほ、本当だもん! 雄一くんは覚えているか分からないけど……小1の時にね、わたしが道路の隅に咲いてたお花に夢中になってて、登校班に置いてかれちゃった時、雄一くんだけは、お花を見つめるわたしを隣で待ってくれてたことがあって」

「……そんなこと、あったか?」

「あったよ! 置いてかれちゃって泣きそうになってた時、隣にいた雄一くんが何も言わずに手を引っ張ってくれて……その時から、わたし、雄一くんのこと好きだった」


 宮子の頬は、夜でも分かるくらい赤く染まっていた。


「でも、雄一くんって友達いなくていつもぼっちだったから、人気者のわたしは近づき難くて」


 自分で人気者とか言うのかよ……。

 まあ、事実だったかもしれないが。


「雄一くんに近づくためにはああするしか無かった。美波と遥も巻き込んで、ぼっちの雄一くんにひたすら絡むようになって……雄一くんが嫌がってることを知ってても、雄一くんの負け顔を見てたら興奮するようになっちゃって。やめられなくなっちゃった。雄一くんにスキンシップしたらもっとその顔が見れると思ったら……気持ち良くて。そんな雄一くんが大好きで……だから、本当にごめん」

「おい待て。いい感じの話っぽいトーンで話してるけど、今の後半部分聞いて許すバカはいないだろ!」

「でも今はね? イジメたいというよりも、雄一くんの都合のいい●●ペットにして欲しいし、首輪とリードつけてわたしをお散歩して欲しいの! あと、純粋に雄一くんとS●●したい! 引っ越してから、雄一くんに触れられない放置プレ●されてSからMに目覚めちゃったんだ♡ えへへー」


 宮子は頭をかきながら照れている。

 まるで褒められた時のような表情。

 これはアレだな。変態ってヤツだ。


「だからお願い雄一くん! わたしも、美波や遥みたいに可愛がって欲しいの……!」

「か、可愛いがるって……嫌に決まって」


「はーい終了! アンタら話は終わった?」


 玄関から遥が出てきて、俺と宮子の間を遮った。


「おまっ……助けにこいよ」

「宮子と10分間は邪魔しないって約束してたの。それより雄一、美波から話があるらしいわ」

「美波から話?」


 遥の後に続いて、美波がひょこっと玄関から顔を出す。

 てかこいつ、勝手に俺の部屋着を着てるんだが……。


「ユウ、これは何?」

「これ?」


 美波はパツパツの胸元から、むにゅっと3枚の映画のチケットを出した。

 そ、それは。

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