第17話 二人きり?のお泊まり♡


 俺の家に泊まる……?

 遥は、そう言ったのか?


 いくら宮子に喧嘩売って気まずいとはいえ、俺の家に泊まる意味が分からない。

 確かにこいつは友達がいないから、選択肢的には消去法で俺の家になるのかもしれないが……。


「俺の家に泊まって何をする気だ? まさかお前、寝てる間にうちの金品を泥棒とか」

「しないわよ! もう! アンタってなんですぐあたしをワルモノにすんの!」

「だって……お前ならやりそうだし」

「はあ⁈ ふっざけんじゃないわよ! あたしはそんなことしないし!」


 遥は自転車の上で声を荒げながら暴れる。


「お、おいっ、落ちるぞ」

「え——っ?」


 遥が動くので自転車がバランスを崩して倒れそうになった。

 俺は咄嗟に奥のハンドルを掴んでいた手を離し、暴れる遥を自分の方へと抱き寄せた。

 自転車は車道側にいた俺の方へと少し傾きながら、遥の身体も、自転車を支える俺の胸に寄りかかるような形で傾いた。


 俺と重なった遥の身体から、フレッシュでスッキリとした果実の香りが広がる。

 そして金髪ツインテのその髪も、俺の顔と重なるくらいに近かった。


 こうして遥の体に触れると、やっぱり遥の身体は細い。

 あの姉や妹のワガママムチムチボディに比べるとなおさら。


「ゆ、雄一……?」


 遥は俺の顔を見上げて、目をパチパチさせていた。

 夕日に照らされているからか、やけに遥の顔が赤く見える。


「あ……危ないだろ、遥」

「なんで、あたしのこと助けたのよ。アンタ、あたしのこと嫌いだって」

「……勘違いするな。転んだらお前が大泣きして、周りに迷惑をかけると思っただけだ」

「ふ、ふーん」


 遥はそう言って俺の胸に自分の頭をスリスリと擦りつけてくる。

 甘えたがりの猫みたいで、遥の金髪が俺の制服に擦れると、遥からシャンプーの甘い香りがする。


「や、やめろよそれ、気持ち悪い」

「嫌よ」

「なんでだよ! やめろって……っ?」


 遥は人差し指を立てると、俺の鼻にグリグリ押し当てる。


「な、なんだよ……」

「あ、アンタが」

「ん?」

「今日、あたしを泊めてくれるなら、やめたげる」


 口をつーんと尖らせながら、遥は上目遣いで俺の方を見上げた。

 あんまり褒めたくないけど、やっぱり遥は……顔だけなら、可愛い方だ。

 だからその上目遣いの顔は、あまり見過ぎない方がいい。


「……分かった。俺のせいでお前らが喧嘩したワケだし、一晩だけなら……泊めてやる。だからちゃんと大人しくサドルに座ってろ」

「う……うん」


 遥にしっかり座らせると、俺はまたハンドルを手に取って自転車を押した。

 遥はやけに口をキュッとさせて、表情を無理やり抑えているようにも見えた。


「お前、さっきから何してんだよ」

「べ、別に、嬉しいとかじゃないし!」

「は?」


 遥は相変わらず意味の分からないことをすぐに口にした。


 いつしか海は見えなくなり、夕日も顔を隠し始めた。


 宮子はなぜか追ってこない。

 まだあの砂浜で寝ているのだろうか。


 両手いっぱいの砂を顔にぶっかけられたワケだし、口も目もやられてたっぽいから、近くの自販機で水でも買って洗い流しているのかもしれない。

 いくら宮子とはいえ、あのまま置いていくのは可哀想だったかもしれない。


 ……宮子、か。


『わたしたちが遊んであげてなかったら、雄一くんは万年ぼっちだったよ』


 俺はさっき宮子と交わした会話を思い出した。

 あれを聞いてから、なんとも言えない気持ちになっている。


「な、なぁ、遥。一つだけ聞いていいか?」

「一つだけ? 彼氏ならいないわよ」

「んなこと聞いてねぇよ」


 俺は軽く咳払いして話を戻す。


「お前たち姉妹って……ぼっちだった俺を構ってやるためにイジメてたのか?」

「構う?」

「宮子から言われたんだよ。昔の俺はぼっちだったからお前らがイジメてなくてもぼっちのまま何も変わらなかったって。それを聞いて思ったんだが、小3くらいからお前たちが俺をイジメ始めたのは……もしかしてお前らなりに、俺のことを思って——」

「違うわよ」


 遥はスパッと俺の話を遮ると、きっぱり否定した。


「アンタのためを思ってたとか、まるであたしがアンタのこと好きみたいじゃない!」

「そんなことは言ってないが……」

「アンタは宮子の言葉を信じすぎなの! そ、そもそも最初にアンタを標的に選んだのは宮子だし、それまではあたしや美波もアンタなんか眼中に無かったんだから!」


 宮子が最初に……なるほど、そうだったのか。

 俺たちは隣の家同士だったが、異性ということもあってこいつらが絡んできた小3くらいまでは、そこまで接点が無かったのは事実だ。


「ま、まあ? あたしも男子と遊ぶのは初めてだったから、アンタのことをコキ使ってたら、いつの間にか変な気持ちになってたっていうか」

「もしかして嗜虐心でも芽生えたのか?」

「そんな小学生いないわよ! そうじゃなくて! も、もう……っ!」


 遥はまた俺に頭をスリスリと擦りつけてくる。


「あ、あたしはっ! ……正直に言うの苦手なんだから、察してよ、バカ」

「え、やっぱ嗜虐心あったのか?」

「そこじゃないっての!」


 スリスリから頭突きに変わった。

 ゴンっと肩を頭突きされたことで、俺はバランスを崩し——


「ちょ、おまっ、おわっ!」

「ほへ?」


 俺たちは一緒に転んだのだった。


 ✳︎✳︎


 転んだことで足を軽く負傷しながらも、俺と遥は二人で俺の家まで帰ってきた。


「ただいまー」

「……お、お邪魔します」


 俺たちが玄関に入って来ると、リビングからエプロン姿の母さんが顔を出した。


「あらぁ、遥ちゃんじゃなーい!」

「お久しぶり、です」


 いつもは口が終わってる遥も、母さんの前ではやけに大人しかった。


「昔から変わらず可愛いわねぇ! アイドルグループの子の何倍も美少女さんだわぁ!」


 母さんは馴れ馴れしく遥の肩をバンバン叩いて嬉しそうに褒めちぎる。


 天然な母さんは、俺がこいつらにイジメられていたのを知らないし、むしろ俺がこいつらといつも遊んでいたと勘違いしているので仲良しだと思い込んでいる。

 だからこの距離感で接しているのだ。

 俺にとっては少し嫌な気持ちにすらなるが、今の遥なら……まあ。


「そ、そんなことよりも母さん。俺の隣にある和室を一晩こいつに貸してあげてもいいか? なんか姉妹喧嘩したらしくて」

「えー? 年頃の二人なんだから雄一の部屋で一緒に寝なさいよぉ〜」

「年頃ならなおさらダメだろ」

「そ、そうですよお母さん! あたしと雄一は……ま、まだそんな関係じゃないし!」

「まだってことはこれからなるのかしらぁ?」

「そっ……それはっ!」


 遥はポッと照れ顔になり、俺に目配せしてくる。

 さっきみたいにキッパリ否定しろよバカ。


「母さん、揶揄うのやめてくれ。俺と遥は今もこれからもそんな関係にはならない」

「えぇー? こんなに金髪も似合ってて顔も可愛い女の子なら大歓迎なのにー」


 外見だけで判断するなよ。

 こいつの中身はただのツンツン女だ。


「あ、でもさっきが雄一とほぼ付き合ってるって自慢してたから、雄一は美波ちゃんと付き合ってるのね?」


「「……は?」」


 さっき?

 母さんは一体、なにを言って…………んん⁈


 革靴を脱ごうとした時、玄関に知らないローファーがあるのを見つけた。


「……まさか」


 俺は靴を脱ぎ散らかしながらダッシュでリビングに入る。

 すると——っ。


「……おかえりユウ。お先に晩御飯……いただいてる」


 リビングにある4人がけの食卓では、美波が堂々と晩飯をもぐもぐしてた。


 いやいやなんでだよ!


「このメンチカツ美味しすぎて……ユウの分も食べちゃった」


 しかも俺の分まで食ってた。

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