第10話 城田遥03
遥を自転車のサドルに乗せながら、俺は自転車のハンドルを押して3姉妹が住むマンションの近くにある商店街までやってきた。
商店街のアーケードはどこか懐かしさを思わせる店構えをしていて、老舗の和菓子屋や生肉生魚の店や八百屋、さらにぼろっちい昔ながらなゲームセンター兼駄菓子屋の店まである。
俺の家はここから近くはないが、電車で出かけた時にはこの商店街に立ち寄ることが多かったので、そこそこ見慣れている。
「ほら。ここがお前らのマンションから一番近い商店街だ」
「……なんかどの店もボロっちいわね。もっとショッピングモールとかないわけ?」
いちいち文句が多いな。
だが遥の言い分も分からないことはない。
蒼海高校の周りに年ごろの高校生が遊べる施設はこの前美波と一緒に行ったバッティングセンターくらいしかない。
蒼海高校の学生が遊びに行く時は、基本的に電車に乗って隣町にあるショッピングモールへ行くのだ。
「ねえ、他の場所にしない?」
「あんまりワガママ言うなら、今度こそ自転車から振り落とすぞ」
「うわぁひっど! このDV男!」
「はあ? DVじゃないだろ。お前は赤の他人だからシンプルにただの暴力だ」
「ちょっ、暴力を正当化すんな!」
遥はガミガミうるさいほどにツッコミながら自分で自転車を揺らしていた。
このままもっと怒らせてツッコませれば、セルフで落っこちるんじゃないか……?
でもこいつを振り落とすのを誰かに見られたら、10対0で間違いなく俺が悪いと思われるだろうから、俺は落ちないように気を遣う。
「っていうかあたしと雄一は赤の他人じゃないでしょ!」
「じゃあ何なんだよ?」
「えっと……そう! あたしたちは幼馴染でしょ!」
「だから?」
「他人じゃないって言ってんの! それに……あたしたちって、しょ、将来を誓い合ったじゃない」
「……は?」
「ちょっと! 覚えてないの?」
覚えてないも何も……こんなツンツン野郎と将来を誓うとか、どんなM男だよ。
間違いなく俺は覚えがないし、そもそも遥と将来を誓うなんてするわけない。
きっと人違いか勘違いしてるよな、こいつ。
「な、ならいいわよ……別に」
遥はため息混じりにそう言った。
どこか切なそうで、その顔に悲哀が現れていたが、本当に覚えのないことなので、俺はその約束を認めることができない。
「ならさ……アンタって、マジで昔から嫌々あたしたちと手とか繋いだりしてたの?」
「当たり前だろ。あんな屈辱……」
「屈辱ってなによ。こんなに可愛いあたしとスキンシップできるとかご褒美なのに」
遥は口先を少し尖らせながら言う。
何がこんなに可愛いだ。自意識過剰女め。
そりゃ、(認めたくないけど)そこそこ可愛いかもしれないが、それだからって嫌なことをしていい理由にはならない。
こいつらのせいで、俺は周りから女ったらしとか女好きとか、あることないこと噂されて、それはあいつからが転校してからも残った。
家の近くの高校にしなかったのも、これが原因だったし。
でもまあ……不幸中の幸いというか、俺には西条や樋口みたいな友達ができたし、レベルの高い環境で勉強もできてるから、今となってはあんまり気にしてないが。
「っと、もう着いたぞ遥」
俺は商店街の真ん中にある行きつけの喫茶店の前に自転車を停めて、遥を自転車から下ろした。
「アンタって、サテンとか行くのね? 少しは大人になったじゃない」
「サテンってお前。今日日聞かない略称だぞ」
喫茶店のドアを開けるとカランコロンと音がして、中からムーディーな音楽が聴こえてくる。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどーぞー」
店員に言われ、店の窓際にある二人掛けのテーブルに座り、すぐに注文を済ませてお冷を口にする。
「あたしはデートしなさいって言ったわよね?」
「なんだよ。喫茶店じゃお気に召さなかったのか?」
「そうじゃないわ」
「じゃあなんだよ」
いちいち文句が多いので、また遥の文句が出たのかと思ったが、そうではないらしい。
「写真、撮ってもいい?」
「写真? そんなの俺に聞かなくても勝手にしろよ」
遥はポケットからスマホを取り出して、内カメラに俺も入れながら自撮りをした。
「自撮り? そんなもん撮って何に使うんだ? あ、ネットで拡散とかしたら肖像権の侵害だぞ」
「悪用はしないっての! べ、別にアンタには関係ないし!」
「はいはい。そうかよ」
今どきの女子はよく分からない。
すぐにスマホで写真を撮りたがるし、無意味な物を撮ったりするし、その写真に何の意味があるのかも分からない。
俺は呆れながらも、前に座る遥の満足そうな顔を見る。
でも……なぜか少しホッとしていた。
学食で見た遥の顔は、いくら嫌いな相手とはいえ、見ていられるものではなかったからな。
「お待たせしました。カフェオレとクリームソーダです」
俺の前にカフェオレ、遥の前にクリームソーダが置かれた。
遥は子供みたいに無邪気な笑顔でクリームソーダのスプーンを持つと「やっぱりクリームソーダよねぇー」とご機嫌に言う。
そのツインテールの髪も相まって、子供っぽい印象がさらに強まった。
「そういやさ遥ってさ、なんで金髪にしたんだ?」
昨日からずっと気になっていたことを質問する。
金髪にするなんてよっぽどだと思うし、当たり前だが蒼海高校では髪を染めるのが禁止されている。
本来なら地毛じゃないと許されないと思うのだが、遥は誰にも注意されていないのだろうか。
「東京に行ってからヤンキーにでもなったのか?」
「ヤンキーになんてなってないわよ!」
「じゃあどうしてそんな明るい髪に染めたんだよ?」
「そ、それは——」
「性格の拗れからか?」
「ちょっと! アンタさっきからどんだけあたしのこと馬鹿にしてんのよ!」
別に馬鹿にはしてないし、外見からして分かることを並べただけなんだが……。
遥は目の前のクリームソーダを一口吸ってから続ける。
「アンタが昔、ハマってたアニメがあったじゃない?」
「アニメ?」
「ほら、毎週日曜の朝にやってる女児向けの戦うやつ」
「あ、ああ……」
遥が言っているのは、日曜の朝にやっている女児向けの『リリピュア』というアニメのことだ。
美少女たちが返信してこの世に蔓延る悪の敵と戦う、日常ドラマとコメディと特撮が混ざった作品であり、大きなお友達も含めて多くのファンがいる。
特に俺はアニメオタクというわけではないが、昔の俺は弱気な性格だったため、リリピュアの前にやっていた戦隊モノは刺激が強すぎて怖かったため、戦隊モノより優しいタッチで描かれていた女児向けアニメの方にハマっていた。
「アンタ、そのアニメの金髪ツインテの子が好きだったでしょ? だ、だからその……真似てみたっていうか」
遥は一人でモゴモゴ言いながら赤面して、少しニヤける。
まさかこいつ……お、俺が小学生の頃に女児向けアニメにハマっていたという恥ずかしい過去を思い出させるために、わざと金髪ツインテにしたんじゃ。
俺がリリピュアを見ていたこと思い出させるためだけにわざわざ自分の命である髪を染めるとは……ドSの極みかよ。
ここでリリピュアを見ていた過去が恥ずかしいと認めてしまったら、こいつの思う壺だ。
ちゃんと否定するしか、ない!
「べ、別に俺は恥ずかしくないからな! 好きなものは好き、それでいいだろ!」
「え⁈ そ、その、好きなものって……もしかしてあたしのこと言ってんの?」
「は?」
「な、なんだ、アンタやけに素直じゃない。帰ったら二人にも言ってやろっと」
こいつが何を言ってるか俺には全く分からないが……まあ、今はどうでもいい。
さっさとこのデートとかいうヤツを終わらせて、もうこいつとは距離を置こう。
「宮子のやつ……絶対に悔しがるわね」
み、宮子……?
遥の口から溢れた名前に、俺の耳は反応した。
そういえば……宮子だけ、まだ見かけてすらいないな。
「なあ遥。ところで宮子のやつは相変わらずなのか?」
「……雄一、デート中に他の女の話するんじゃないわよ」
なんかめんどくさい彼女みたいなこと言い出した。
「他の女っていうかお前の姉だろ」
「宮子のこと、気になんの?」
「……ま、まあ」
遥は「はぁ」と息を漏らして自分のスマホを俺の前に差し出した。
「これが、今の宮子よ」
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