第9話 城田遥02


 意外にも素直な謝罪をする遥。

 なんだ……遥も美波と同じで、東京に行ってから少しは変わっ——。


「——とでも言うと思った?」

「え」


「ばぁーか!」


 遥はさっきまでの塩っぽい顔から、急にムカつく顔に変わる。


「……は?」

「さっきのは嘘に決まってんでしょ? 嘘嘘〜」


 やっと遥の口から謝罪の言葉を聞けたと思ったが……ウソだった。

 なんだ……ウソ、か。


「アンタはこのあたしが謝ると思ったの? ぷぷっ! アンタってお涙頂戴の恋愛ドラマ見過ぎなんじゃない? 謝るわけないし」


 こいつ……っ! 調子に乗りやがって……!

 俺の中の怒りのボルテージが絶頂を迎え、イラッと来た俺は、持っていた自転車のハンドルを左右に思いっきり揺らし、サドルに乗っている遥を振り落とそうとする。


「ちょっ! あ、あああああっ! 危ないじゃ無い! もし落ちたら膝とか擦りむいちゃうでしょ!」

「勝手に擦りむいて血でも出してろバカ野郎!」

「あ、今バカって言ったわね! バカって言う方がバカなのに!」


 なんだよそれ。ったく、ガキかよ。

 遥は城田3姉妹の次女のくせに、末っ子の美波よりも頭が悪そうなんだよなぁ……。

 まあ実際のところ、転入試験で特進コース落ちているので、特進に入った美波と姉2人との学力の差は分かりきっているようなものなのだが。


「ならもう降りろ遥。やっぱりお前のことは大嫌いだ」

「だ! 大嫌い……? ふ、ふん! あたしもアンタのことなんて! き、きらっ!」

「ん? なんだよ」


 突然言葉のキレが悪くなった遥は、口篭らせながら、話し始める。


「あ、アンタのことは嫌い! に決まってるけど……一応、またあたしたちは再会したわけだし? それに関しては少しだけ嬉しくて、本当の気持ちはアンタに伝えるのはしょうみ恥ずいっていうか、でもアンタがあたしのこと嫌いって言うから反論のために言葉上は嫌いって言っておかないとメンツが保てないし、でもここでそんなこと言ったらより一層空気が悪くなりそうだからここではまあ、そういうことにしてあげるけど、ほ、本当は普通ぐらいなんだけど! 今だけは一応嫌いってことにして」


 次から次へと、息継ぎなしで止まることなく良くわからないことを口にする遥。

 よくもまあそんなに呂律が回るものだな……。


「おい、その念仏みたいなのやめろ。さっきからなにブツブツ言ってんだ? 全然分からん」

「へ? な、なんでもないわよ! ふ、ふんっ、文句ばっかり言ってないでさっさと自転車押しなさいよ。このバカ雄一」

「こいつ……っ」


 もうダメだ。イラついて手を出しそうな衝動に駆られるが、グッと我慢する。

 ウザいとはいえ、遥は一応女子だ。

 女子に手を上げるのは男として最低の行為だろ。

 だが、今は腹が立ちまくりだから今度こそ思いっきり揺らして転ばせてやっても……。


「そういやアンタってさ、もしかして昔のことまだキレてんの?」


 遥の質問に俺は耳をピクリと反応させる。

 キレてる……だと?


「あたしらが連れ回したりして、アンタに絡んでたこととか、怒ってんの?」

「……そうに決まってんだろ! お前らがやっていたのは単なるイジメだ! お前はもちろん、美波も宮子も、お前ら全員許してない」

「ふーん、でもそれ……あの頃に"気づかなかった"アンタも悪いんじゃないの?」

「気づかなかった?」

「あたしは違うけど。宮子と美波は、あ、アンタのこと好きだったから絡んでたんだし」

「俺のことが……好き、だと?」


 あの二人が……俺のことを好きだったからイジメていた……だと?

 否——そんなのはイジメの言い訳に過ぎない。

 だって好きなら好きって言うのが当たり前だろ? どうしてそこで俺をイジメる必要があるんだ?

 そうだ。遥は自分たちの行為を正当化するために言ってるんだ。

 どこまでも汚いヤツだな。


「特に宮子は——いや、やっぱりなんでもない」

「宮子がなんだよ。まだ言い訳するのか?」

「…………まあ、そのうち分かるでしょ」

「はあ?」

「それよりも雄一! アンタ、あたしとデートしなさいよ! この後、暇でしょ?」

「……デートなんて都合の良い言葉を巧みに使って、俺の財布から金を搾取するんだろ?」

「違っ! 金はあたしが出してやるから! まだこっちに戻ってきたばかりだから知らないことが多いのよ……いくらあたしのこと嫌いでも、少しは優しくしてもいいじゃない」


 遥は胸をグッと抑えながら、自転車の上で言った。


「一つ、聞いていいか?」

「なによ」

「駐輪場で泣いてたのも、演技ウソだったのか?」

「…………」


 遥は黙りこくって俺の瞳を見つめる。


「あれは嘘、じゃない……わよ。あたし、本当に寂しかった。アンタにズバッと言われて、辛くて」

「…………」

「アンタが言った通りよ。あたしは友達がいないし、なかなか素直に話せないし、どうしても偉そうな態度を取っちゃう。昔からそうやって立ち回ることしかできないから、上手くいかなくてムシャクシャして、ストレスでまた同じことを繰り返す無限ループ。あたしだって、こんなの抜け出したい……!」


 遥は心の叫びを口にして、正直な胸の内を打ち明けた。

 その表情は全くふざけたものではなく、本気なのが伝わってくる。


「……自覚、あったんだな」

「馬鹿にしたいならしていいわよ……でも、本音を言ったんだからあたしとデートして!」

「どんな理屈だよ……」


 昔の遥なら、ずっとツンケンの一点張りで、正直な気持ちなんか言わないし表情に出さなかった。

 やっぱりこいつらも……少しは変わってる。


 俺は何も言わずに自転車を再び押して街の方へ向かう。

 あくまでこれは……酷いこと言った謝罪だ。


「不器用なヤツ……アンタの方こそ、友達いないんじゃないの?」

「お前に言われたくない」

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