第8話 城田遥01
放課後になった。
蒼海高校では最後の7限が大体16時ごろに終わるので、生徒たちは16時から帰宅するなり、自習室に行って勉強するなり、部活に行くなりして、放課後を過ごす。
部活に入っていない俺はもちろん家へ直行するのが当たり前だが、西条や樋口が暇な時は帰りにどこかへ寄ってから帰る。
しかし今日は特にそんな予定もないので、俺は普通に下校するつもりだ。
「ユウ、ちょっといい?」
帰りの支度をしていると、右隣の席に座る美波が声をかけてきた。
「なんだ? 教科書なら科学と歴史は置き勉してもいいぞ」
「そんなくだらないことはどうでも良き」
「どうでも良きって……せっかく親切に教えてやったのに」
「そんなことよりこの後……良かったら」
「ねー美波ちゃん!」
俺と美波が話していたら、スポーツバッグを肩に掛けた樋口が勢い良く美波の机までやって来た。
「良かったらバスケ部の見学に来ない? 私バスケ部なんだけどさ!」
まさかの勧誘だった。
美波は鳩が豆鉄砲を食ったように唖然とした顔をしている。
美波を勧誘とか……樋口も見る目ないな。
こんな胸のデカい美波にバスケは……色々とキツそうだろ。
バスケ部のユニフォームを着た美波が飛んだり跳ねたりして、その爆乳を武器のように揺らしている様子を想像するだけで、邪な妄想ばかり浮かんでしまう自分が嫌いだ。
「ムリ、絶対」
これほどまでに簡潔なお断りの言葉を聞いたことはない。
「なんで! 一緒に青春しようよ!」
「私、協調性皆無。チームスポーツ無理」
協調性皆無を自称する奴、初めて見たな。
でもまあ、間違いではないな。
美波は口数少ない上に口下手だし、ボソボソ喋るから運動部特有の掛け声を出す練習とか、絶対に不向きだもんな……。
「協調性なんて後からどうにでもなるから! ほら行くよー!」
「ええ……スポ根とか嫌いなのに……」
嫌々そうな美波だったが、樋口に無理やり手を引かれて教室から体育館へと強制連行された。
樋口がバスケ部に誘うなんて珍しい。
うちは進学校ということもあって全体的に部活は強くないが、女子バスケ部に限ってはキャプテンの樋口を中心として連動したチームプレーと強い団結力を駆使して地区大会を制して県大会に出場するレベル。
チームワークが重視されるチームカラーなのに転校してきたばかりの美波を誘うってことは、よっぽど美波は樋口から気に入られたっぽいな。
あの仏頂面で何考えてるか分からなかった美波が樋口から気に入られるなんてな。
確かに昔に比べたら今の美波は別人だ。
表情も意外と豊かになったし、昔より比較的よく喋る。
だからこそ、俺が昔のこいつのことを樋口や西条に言っても、おそらく信じてもらえないだろう。
「……さて、俺はもう帰るか」
こうやって時間と共に人の過去は風化されていく。
俺がイジメられていたことも、あの姉妹にとっては既に遥か昔のことであって……。
イジメというのはしていた側はほぼ忘れるが、された側は一生根に持つものだ。
あいつらがどんな思いで俺のことをイジメていたのかは知らないが、俺が嫌がっていたことに関しては美波以外の二人は絶対に知らないであろう。
そもそも遥や宮子は俺をイジメていた自覚すらなかったのかもな。
まだあいつらのことを完全に許せない。
忘れたなら、次会ったらしっかり言ってやる。
俺はいつものように自転車のキーを指でクルクルと回しながら駐輪場に到着した。
いつも通り手際よく自転車に鍵を入れてさっさと乗って帰ろうと思ったのだが……。
「ぐ、偶然ね雄一っ!」
駐輪場の屋根の下には学食でぼっちメシを堪能していた可哀想な金髪ツインテ女がいた。しかも俺の自転車のサドルに座っている。
偶然という言葉を辞書で引いてから出直して来て欲しい。絶対に確信犯だろ。
「な、なによその目は! あたしと偶然出会えることに感謝したら?」
美波と違い、こいつは昔のままだ。
下手に関わったら、また俺に嫌がらせをしてくるに違いない。
俺を馬鹿にして、俺に恥ずかしいことを強要して。
もし昔みたいに廊下で手を繋げとか抱きつけとか命令されてやる事になったら、俺の高校生活は終わる。
だからこそ、こいつと命令を賭けた勝負なんて2度とやる気はないし、絶対にこいつの命令に従うつもりは無い。
今の俺は昔の俺とは違う。
ハッキリものが言えるようになったし、全てにおいて努力したから自分に自信が持てた。
もう2度とこいつらの犬には成り下がらない。
「遥、さっさと降りろよ」
「な、何よその言い方! 雄一のくせに生意気」
「降りろって!」
「……いっ、嫌よ。もうここはあたしの特等席になったの! 他の誰にも……美波にも座らせない!」
遥は唇を震わせながら、必死な形相で座っているサドルに手を掛ける。
なんだ、今日のこいつは俺に嫌がらせをするというよりも、美波と張り合うために俺のサドルに座ってたのか。
昨日、美波が俺のサドルに座って俺に自転車を押してもらっている所を見られたから、それを意識しているのか?
事情はよく分からないが、おそらく姉妹喧嘩の延長線上に俺のチャリが置かれたらしい……実にいい迷惑だ。
「ほら、さっさと昨日の美波みたいにあたしも家まで運びなさいよ!」
やはり昨日の美波が羨ましく思ったのか?
美波に負けたと思ったから、悔しくて俺のサドルを奪ったと。
だからって無理やり俺の下校の邪魔をするのが納得がいかない。
ここで「はいはい」と遥の言いなりになったら昔と変わらないから絶対にダメだ。
俺はもう……変わったんだ。
「お前、本当に何も変わってないんだな」
「な、なにがよ?」
自覚がないなら言ってやるよ。
「そうやってさ、全部が自分の思い通りになるまで意地を張る所とか、常に命令口調な所とか……俺が一番嫌いなんだよ! お前は自分がお嬢様か何かだと思ってんのか!?」
「えっ……」
「これまでもずっとそんなんだから! 友達の一人もできないんじゃないのか! 学食でぼっちメシしてたし!」
「……っ」
「少しは反省したらどうなんだよ!」
……い、言ってやった。
ざまぁ、という言葉が一番よく似合う。
妙に心がスッキリしていた。
でも俺は……知ることになる。
「っ、そこまで、言わなくても……いいじゃないっ」
俺の一言が、相手に対して何倍もの口撃になってしまうことを。
遥のことだから、てっきり逆ギレして反論してくると思ってた。
しかしそんな想像とは真逆に、遥は——泣き出してしまった。
「お、おい、遥……?」
ひっくひっくと止まらないしゃっくりを繰り返し、遥は子供みたいに鼻水を垂らしながら涙を拭う。
「どうしたんだろ」
「女の子泣かせてない?」
「告白断ったとかじゃね?」
俺と同じくチャリ通の生徒たちが距離を置いた場所から俺たちの方を見ていた。
ま、マズイ……。
誤解を招くのは避けねばならない。
しかし、この状況で遥を置いて俺だけチャリで逃げたら最低最悪男になっちまう。
「こうなったら」
俺は自転車の鍵を挿れると遥をサドルに座らせたまま、ハンドルを持って逃げるように自転車を押した。
昨日の美波と同じような形だ。
「ゆ、雄一……?」
俺は何も答えずに無言で校門を通ると、そのまま自転車を押して歩いた。
泣いていた遥のしゃっくりも落ち着き、遥は真っ赤に充血した目で俺の方を見ていた。
確かに遥のことは嫌いだし、昔のことは許してない。
でも、今の俺が遥に言ったことは……同じくらい最低だ。
「遥……その、なんつーか……ごめん」
「別にいいわよ。全部あたしが悪いんだし」
遥は俺の制服の袖を弱々しく引っ張る。
昔、俺の服を引っ張ってきた頃のような力はもうなかった。
「雄一……あたしも、ごめん」
遥は唇を噛みながら、そう呟いた。
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