第7話 昼休みに見たもの
1限目は数学。
俺の右隣に座る美波は、教科書はあるものの、転校してきたばかりということもあって学校が独自に提供してる応用問題のテキストを持っていない。
だから左隣に座る俺が数学の応用テキストを美波に見せてあげながら授業を受けることになった。
「……机、近づけていい?」
「別に、いいけど」
美波は俺に一言断りを入れてから、自分の机を俺の机に寄せて来る。
さらに、肩と肩が触れそうなくらいの距離に椅子も近づけてくる。
や、やけに近いな……。
寄せて来た美波の身体からフローラルでとてもすっきりした香りがする。
この香水……昨日とはまた違った香水の匂いだ。
なんだよ美波のやつ、一丁前に女子っぽい匂いさせやがって。
「どうしたの、ユウ?」
「な、なんでもない」
気にしない気にしない。
美波は意外と女子力が高めなので、変に意識してしまうが、こいつが計算高い女ということは幼馴染の俺だからこそ知っている。
ここで美波を意識してしまったら、ヤツの思う壺だ。
気にしない気にしない(2回目)。
「へいへいご両人〜? 朝からイチャラブかぁ?」
授業中だというのに、前の席に座る親友の西条が振り向きざまに俺たちを揶揄ってくる。
この特進クラスの数学は、一年生の時からすでに定年を迎えているおじいちゃん先生なので、結構クラスの空気は緩い。
特進コースの頭の良いヤツに限って、数学は独学だったり、通ってる塾で力を入れていたりするので、高校の授業で真面目に受けるヤツは少ない。
だからこそ、この特進クラスの数学はみんな空気が緩くなるし、おじいちゃん先生自身もそれを自覚しているので、授業中に武勇伝を語り始めたり、雑談を始めたりするくらいだ。
「この前も思ってたけど、二人って仲良すぎだよな。イチャイチャしてるし、付き合ってたりする?」
「ユウと私は友達。イチャイチャはしてない」
「ん? そーなの? それなら城田さん、今度俺とデート行かね?」
「やだ」
「釣れないなぁ。でも昼メシは一緒に学食へ行こうよ」
「一緒? それにサナも来る?」
美波はいつの間にか樋口のことを下の名前でサナと呼んでいる。
こいつ、仲良くなるの早過ぎというか……クールな印象とは真逆に距離詰めるの早いんだな。
「紗奈も来る来る。あと田邊も来るよな?」
「あ、ああ……」
俺がそう応えると、美波は「なおよし」と言ってニヤッとする。
何がなおよしだ。
俺はいつも西条と樋口と一緒にいつものグループ3人で学食ランチを食べているので行くのであって、美波の存在はどうでもいい。
「お昼の話してたらお腹……空いてきた」
美波はそう言いながらタイミングよく「キュルルル」と腹を鳴らす。
タイミングよく腹鳴らせるとか、どんな構造してんだよ……。
✳︎✳︎
午前の授業が終わって昼休みに入ると、俺、西条、樋口、美波の四人で一階にある学食まで移動する。
この高校は俺たちが入学した年からちょうど学食の設備が改装され、学食内の完全オート&セルフ化が進んだ。
購買エリアの品出しは機械が全て行い、支払いをするためのレジもセルフレジに変わったらしい。
その改装に伴い、学食のメニューや購買で販売しているパンのメニューが大幅に増加されて県内の高校では最も人気のある学食と呼ばれているほどだ。
先輩たち曰く、俺たちが入学する1年前までは激混みのレジを待っていたら昼休みが終わったり、メニューがカレー・ラーメン・うどんの3種しか無くてかなり非難されていたらしいので、クレームもヤバかったらしいから、さすがに高校側も改革に乗り出したのだろう。
「あ、田邊っち田邊っち! 田邊っちが好きなカツサンド、まだ残ってるよ!」
「お、マジか」
真っ先に購買エリアに行っていた樋口が後からのんびり来た俺を手招きする。
樋口に呼ばれて購買エリアのパンコーナーを見ると、カツサンドの札が掛けられている茶色のバケットには、一個だけカツサンドが残っていた。
「はいっ。良かったね、カツサンド」
「ああ。いつもなら売り切れだもんな」
俺は樋口からカツサンドを受け取る。
購買のカツサンドはいつもこの時間だと売り切れてることが多いのだが、今日はかなりラッキーだったな。
「ん? 樋口の好きなクリームチーズブルーベリーサンドも残ってるぞ」
「ほんとだ! やったー」
お返しというわけではないが、たまたまデザート系のパンコーナーを見ていたら、樋口がいつも好きで食べているクリームチーズブルーベリーサンドを見つけた。
俺はそのクリームチーズブルーベリーサンドを手に取ると樋口に手渡す。
「ありがと、田邊っち」
樋口はクリームチーズブルーベリーサンドに目がないからな。
「おやおやー? お互いの好みを把握してるなんて、樋口アンド田邊のカップルも見せつけてくれるねぇ」
「そーいうのじゃないし! ってか私たちの好きなパンなんて一樹も知ってるじゃん!」
「まー、そうだけどさぁー」
樋口と西条がいつもの痴話喧嘩を始めたので、俺は呆れながら隣にいた美波の方を見る。
美波は購買エリアの品ではなく、やけにジッと俺の方を見つめていた。
な、なんだなんだ?
俺の方を見てるってことは、もしかして残り一個だったこのカツサンドが欲しいのか……?
ゆ、譲った方がいいのだろうか……と、一瞬思ったが譲る気はない。
こういうのは先に取ったもん勝ちだからな。
「美波、さっさと選ばないと無くなるぞ」
「………」
「美波?」
「……ユウの、タラシ」
「カラシ? 残念だがこの高校、調味料の販売はしてないぞ」
「違っ……! もういい、ふんっ」
理由は分からないが拗ねた様子の美波は、目の前にあったメロンパン二個を両手で取ると、セルフレジへ向かった。
美波はメロンパンにカラシ入れる気だったのか……? ロシアンルーレットでもやるつもりだったのか?
一人で"ロシアンメロンパン"とか、やっぱり美波は変わってる。
俺たちは各々セルフレジで会計を済ませ、学食にある4人掛けテーブルに座った。
学食からグラウンドが見渡せる窓際の4人掛けテーブルで、西条と俺が隣り合ってすわり、反対側には美波と樋口が並んで座る。
「城田さんはメロンパンにしたんだ? 甘いもの好きなの?」
「うん。甘いの超好き」
「ならさ、田邊と甘いもの、の2択だったらどっちが好きなんだ?」
西条は揶揄ってるつもりなのか、クソみたいな質問を美波に投げかける。
実に意味が分からない。
「甘いもの一択。ユウは所詮、ただのカラシ」
「か、カラシ? おい田邊、どういう意味なのか説明してくれよ」
「よく分からんが、さっきから美波はカラシカラシ言ってくるんだよ」
「へぇ……? あ、カラシなら俺ちょうどカラシのチューブ持ち歩いてるから、良かったらあげるよ城田さん」
「なんでそんなもんピンポイントで持ち歩いてんだ西条。でも良かったな美波、カラシ貰えるってよ」
「……要らない」
いや、要らないのかよ。
「城田さん、俺には冷たいよなぁ。田邊にはデレデレなのにー」
デレデレでは絶対にないと思うけどな。
「あれ? そういや田邊、飲み物買い忘れてね?」
「やべっ、忘れてた。ちょっと買ってくるよ」
俺は手元に飲み物がないのに気づき、席から立ち上がる。
俺はいつもカツサンドにコーヒー牛乳というゴールデンコンビを選ぶのに、今日は美波に気を取られていたから忘れてた。
「40秒で戻らないと俺と樋口でお前のカツサンド食べるぞ」
「やったー。ラッキー」
「はあ?」
「カウントスタートするよ田邊っちー」
「お、おい! ぜってぇ食うなよ!」
こいつらならやりかねないのが怖い。
俺は早歩きで購買エリアに向かったが、なぜかコーヒー牛乳がなかったので、ナタデココジュースを購入し、すぐに席まで戻ろうとした——のだが、ふとある光景を目にする。
二人掛けのテーブルに座る金髪ツインテールのスレンダーな体型の女子。
あんな金髪ツインテの女子は、この高校どころか俺の人生で一人しか見たことがない。
そう、城田遥だ。
遥は臭いがつくのを気にせずにカツカレー(おそらく無料オプションの大盛り)を口いっぱいに頬張って無言でスプーンを動かしている。
「あれ……遥、だよな」
遥のことはもう二度と見たくないと思っていたが……やっぱ金髪って目立つものだな。
カツカレー……か。
「でもたしか遥って、米は嫌いなんじゃ……」
小学生の頃の給食では、いつも自分の米を俺に押し付けてきた嫌な思い出がある。
だからこそ、あんなに豪快に米を食う遥の姿は意外だった。
あの豪快な食べっぷりからして……やけ食いでもしているのだろうか。
周りには友達の影がない。
一人寂しく食ってるってことは、遥には友達がいないのか?
臭いがつくカレーなんかを頼んでる時点で、いないと言っているようなものだが……。
転校2日目で友達がいないなんて、普通なのかもしれないが……あの美波ですら樋口や西条に馴染んで友達がいる。
あの性格の遥のことだから、話しかけて来てくれたクラスメイトにも偉そうな態度取ったからクラスで浮いて、色々な意味で終わったのだろう。
それに金髪だから、より一層悪目立ちしてるのもあるかもしれない。
友達がいない……か。
「余計なもの見ちまった。もう戻ろう」
その姿は目に余るものがあった。
なんで遥のことなんか気にしてんだ俺……。
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