2章 次女はツンデレ

第6話 帰り道


 美波を自転車のサドルに乗せて遥から逃げるようにしてハンドルを押しながらバッティングセンターを出た俺は、額に汗しながら背後を振り返る。


 そこにはもう、遥の姿はなかった。

 遥のやつ……意外と追ってこないんだな。

 昔のあいつなら、自分に逆らったヤツにはダッシュで追走してきて、後ろから俺の背中に向かってドロップキックをしてきそうなものだが。


「んっ……はぁっ……」


 俺が背後に気を取られていると、隣から喘ぎ声にも似た、いやらしい吐息が聞こえる。


「お、おい美波? 変な声出すな」

「ごめん……」


 やけに頬が赤くなっている美波は、サドルに座りながら上目遣いでこっちを見てくる。


「な、なんだよ」

「自転車を押してくれてるユウの腕と、私のおっぱいが擦れるの……ちょっと気持ち良くて」


 なっ! 何言ってんだこいつ!?

 さっきから遥のことが気になってハンドルを押すことに気を取られていたが、美波の爆乳がさっきから俺の肘にガッツリ当たっていた。


「な゛っ! へ、変なこと言い出すなら今すぐに降ろすぞ! この変態!」

「……罵られると、また気持ちよくなる」

「ど、ドMかよ……」


 やっぱこいつとはあまり関わらない方がいいな……色んな意味で。


「ところで、お前たちの家ってどこにあるんだ?」

「えっと……」


 美波はスマホを取り出すと、地図アプリで自分の家を探していた。

 まだこっちに引っ越してきて日が浅いのか?


「このマンション。ここから結構近いから道沿いに行けば着く」

「え? マンション?」

「うん。この近くにあるマンションで3人暮らし始めた」

「3人暮らし……って、3つ子姉妹でだよな?」

「そう」


 あの性格の遥と同居とか、俺だったら1時間でギブアップするな。

 事あるごとに文句とか言ってきそうだし、あいつと暮らしてたらストレスでどうにかなっちまう。


「何でお前らが3人暮らしなんかすることになったんだ? 小学生の時は親の転勤で東京に行ったんだよな? また親の転勤とかでこっちに戻って来たんじゃないのか?」

「……私たちは、母さんに捨てられた」

「捨てられた?」

「ただ、それだけ。深い理由は話せない」


 美波は含みのあるような言い方で寂しげにそう言って話を終わらせる。

 朧げな記憶ではあるが、こいつらの母親は少し性格のキツい感じの人間だったと思う。

 PTAとかでもリーダーで、参観会もブランド品を身につけて子供より目立とうとする感じの親。

 母親がそんな感じだったから、俺は隣の家の城田家そのものがあまり好きではなかったというか……。

 子は親に似るって言うし、宮子や遥は親の色を濃く受け継いでいるのだと勝手に思っている。


「ユウ……あのマンションだから、ここでもう大丈夫」


 マンションが見えて来ると、美波は自分から自転車を降り、カゴの中にあるカバンを手に取った。


「また明日ね、ユウ?」

「あ、ああ」


 美波は軽快な足取りでマンションのエントランスへと入って行った。

 また明日……か。

 俺は美波と友達になったことを再確認した。

 本当にこれで良かったのかな……。

 俺は美波がいなくなったサドルに跨ると、自分の家に向かって自転車を走らせる。


 不思議な一日だった。

 嫌いな奴が転校して来て、勝負して、負けたから友達になって。

 まだ俺の中では本当の友達じゃなく、あくまで上辺だけだが……。

 美波は1からやり直したいと言っていたが、いつかイジメっ子としての本性を出すかもしれないし、もし俺のことを馬鹿にしたりイジメてきたら即、友達を辞めてあいつと一生、口を利かないようにしてやる。


 ✳︎✳︎


 ——翌日。

 俺はいつも通り登校してくると、俺の席の隣にはショートヘアの爆乳女子がさも当然のように座っていた。


「おはよう、ユウ」


 澄ました顔で挨拶してくる美波。

 さっそく友達ヅラしやがって……。

 俺は「ん」と適当に返事をして自分の机にカバンを置くと、席に座ってスマホをいじる。

 まだ西条は来てないみたいで、樋口もバスケ部の朝練でいない。

 つまり俺と美波の二人だけ。


 俺が極力話さないようにスマホに目を落としていると、急に机の上に小さな紙袋が置かれた。

 可愛らしいピンクの紐でキュッと縛られており、何が入っているのか確認するために開けてみると、中には狐色のクッキーが何個も入っていた。


「昨日お菓子作ってみた。ユウに食べて欲しい」

「……イタズラで塩とか入ってないよな?」

「入ってない。安心して食べて」


 美波に促され、俺は仕方なくクッキーを口にする。

 サクッとした食感で、口に入れた瞬間に濃厚なバターの香りが鼻を抜ける。

 甘さはちょうど良くて、バターの味もくどくない。

 く、悔しいけど、うっめぇ。

 でもそのリアクションしたくねぇ……!


「どう?」

「……ま、まあまあなんじゃないか」

「良かったぁ……」


 美波はまるで俺の心が読んだのか「まあまあ」というコメントを「美味い」と変換して笑顔になる。

 なんだよそのリアクション。

 美波のくせに……くそっ……。

 普通に美味いので、俺は続けてもう一枚口に入れた。


「遥姉さんには相変わらず認めてもらえなかったけど、ユウに『まあまあ』って言ってもらえて良かった」

「遥……? なんで遥にもあげるんだよ。絶対に良い感想なんて貰えないだろ」

「それは……そう。でも遥姉さんは素直な感想をくれる」


 性格が終わってるあいつの事だ。きっとこんなに美味いクッキーなのに、認めたくないから酷評したんだろう。

 なんであんなヤツに頼むかな……。

 俺も美味いって言いたくなかった側の人間なので大概だが、遥の場合は「まあまあ」どころか「不味い」って言い張るだろうし。

 美波は3女だから立場的な問題もあるのだろうか……?


「な、なあ美波。昨日はあれからどうだった? 遥から暴力とか振るわれてないよな?」

「ないけど……もしかしてユウ、私のこと心配してる?」

「す、するわけあるか! 勘違いするな!」

「ふふっ……でも大丈夫。ユウは知らないかもだけど、私、バッティングの他にも独学で蟷螂拳とうろうけんを身につけてる」

「は?」

「いざとなれば遥姉さんの息の根を止められるんだよ?」


 美波は手をカマキリのようにして「あちょー」と言いながら構えた。

 嘘なのかジョークなのか分からないが、こいつの場合、昨日のバッティング並みに高いレベルで鍛えてそうなのでここはスルーしよう。

 今後は美波を怒らせるような行動は控えることにした。


「み、美波は意外と何でもできるんだな」

「当たり前。三姉妹で一番強くて頭いいのは私。だから誰も私に攻撃できない」

「……そ、そうなのか」


 クラスで1番の爆乳で、頭も良くて、腕っぷしも強くて、このクッキーの出来から料理もおそらく上手い。

 こんな末っ子がいたら、あの姉どもは立場ないだろ。


「その割には昨日の遥は偉そうだったな。お前はスペック高いんだからもっと遥に言い返せば良いだろ」

「……遥姉さんは、なんていうか」

「ん?」

「可哀想、なの。宮子姉さんも同じく」

「可哀想……?」


 俺は「どうしてだ?」と聞き返そうとしたが、間が悪く担任教師の高崎が教室に入ってきて朝のホームルームが始まってしまった。


 あの遥が可哀想って……どういう意味なのだろうか。

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