第5話 3姉妹は引かれ合う


 美波は、俺が嫌っていたことを昔から知っていた……?


「し……知ってるなら好都合じゃないか。その通りだよ。俺はお前らが嫌いだ」

「…………」

「何か文句でもあるのか?」

「……だからこそ、私はユウと友達になりたい」


 嫌われているのが分かってるのに友達になりたい?

 何を言っているのか全く理解が追いつかない。

 そもそもの話、嫌がらせをしたら相手に嫌われるなんて当たり前で、そんなの分かりきってることなんだから、俺に嫌がらせをして来る時点でこいつも俺のことが嫌いなんだよな?

 それなのに何で友達にならないといけないんだよ。


「ユウに嫌われてるの知ってたけど、私は姉さんたちに合わせるしかなかった。止めようとも思ったけど……できなかった」

「じゃあ、お前が自分から俺に嫌がらせをして来なかったのは、末っ子だから姉に合わせるしかなかったとでも言いたいのか?」

「……でもそれはただの言い訳になる。実際、私もあの頃はユウに構って欲しくて、姉さんたちに便乗するようにユウにイジワルしたり、手を繋いだりハグしたり、おんぶしてもらったり……楽しんでたから」


 美波は自分の非を認めながら涙目で俯く。

 まあ、そうだろうな。

 百歩譲って姉たちに逆らえなかったのは本当なのかもしれないが、美波だって楽しんでたのは事実。

 俺のことが嫌いなのに俺と手を繋いだりして何が楽しいのか俺には全く理解ができない。

 あんなことをしたら、自分たちが俺と仲良く見えて損するだけだったのに……この姉妹は謎が多すぎる。

 美波もとんだ変わり者なのかもしれないが、こいつの姉二人も含めて、あの三姉妹は色々とおかしい。


「ユウがイジメと思っていたのに辞めなかったのは事実だし、謝って許してもらえるとは思ってない……けど、まずは謝りたい。本当にごめんなさい」

「…………」


 美波はしっかり目を瞑り、申し訳なさそうな顔で深々と頭を下げた。

 それを見て、本気の謝罪なんだと思ってしまった。

 美波は無駄に賢いので、演技をしているだけの可能性も捨てきれないが、自分の非を認めて涙目にもなって頭を下げているのに、これが演技で嘘だったと言われたら、俺は今後、人を見る目に自信を持てなくなる。


「私はユウと友達になってやり直したい……それが私の心からの願い」


 しかし俺の中には過去のことを引きずるあまり、どうしてもこの三姉妹のことが「嫌い」というバイアスがあるので、これだけの謝罪ですらも、どうしてか嘘に聞こえてしまう。

 無論、「嫌い」というバイアスを除けば、美波の気持ちが本心にも思える。


 お前の本心はどっちなんだ……美波……。


 昔から何を考えてるか分からない不思議っ子だったこいつが、こんなに真面目な顔で謝るのは、あの頃は考えられなかったことだ。

 もしかしたら美波も、俺が弱虫から今の自分に変わったように、成長して改心したのかもしれない。

 変わったのかも、しれないが……それでも俺をイジメていた過去を変えることができないというのもまた事実。

 さて、どうしたものか……。


「……それなら、条件がある」

「条件……?」

「ああ。まずは、もう俺のことイジメないって約束できるか?」

「うん……約束する」

「過去の事を周りに伝えたり、俺がイジメられていたとか、俺が弱虫だったとか、その他諸々を持ち出して俺のこと馬鹿にしたりしないって約束できるか?」

「そんなの当たり前」

「そう、か」


 こんなことを約束させても、ただの口約束だ。

 俺は美波のことを信じてるわけではない。

 美波は何かの拍子に裏切るかもしれないし、約束なんて無かったとシラを切ったり、紙面上で交わした約束ではないから無効とか屁理屈を言い出すかもしれない。

 しかし、俺がさっきのバッティング勝負に負けたのも事実。

 その負けた時の約束として美波から「友達になりたい」と言われてるのに、ここで約束を守らなかったら、約束なんてものの効力は全くなくなる。

 それに、ここで美波の言うことを聞かずに美波を怒らせて、あいつの姉たちにチクられるとさらに事態が悪化する可能性もある。

 あの姉たちが俺のクラスまで来て過去のことを言いふらしたり、また酷いイジメに遭うかもしれない。

 だからこそ、ここは俺の方から"約束を守る上での約束"を提示して、美波の命令に頷くのが一番だ。


「分かったよ。お前との勝負に負けたことだし……仕方なく、お前の命令に従ってやる」

「ほんと? 友達になってくれる?」

「ああ。でも過去は変わらない。俺は昔のお前を許す気はないし、今も嫌いなままだ。それでもお前は俺と友達になりたいのか?」

「うん。私はこのままずっとユウに嫌われたままの方が嫌なの……だから、友達からやり直したい」


 そう口にする美波は本気の目をしていた。

 さっきの謝罪の時も思ったが、美波のこの姿勢が仮に嘘なら、俺はもう何も信じられなくなるかもしれない。


「……いいよ。友達になってやる」

「ありがと、ユウ」


 昔はいつも仏頂面だった美波だが、今は嬉しそうに白い歯を見せた。

 美波の笑顔は……初めて見たかもしれない。

 こんなこと本当は思いたくないが、その笑顔はとても優しい笑顔で可愛らしかった。


「友達……やった」


 美波は嬉しそうに呟く。

 べ、別に本気で友達になるわけじゃない。

 勝負の約束通り友達になってやったが、俺の中では"上辺だけの友達"だ。


 ✳︎✳︎


 勝負が終わってバッティングセンターから出た俺たちは、バッティングセンターの前にある駐輪場へと向かう。


「せっかく友達になったんだから……この後は青春映画みたいに二人乗りしたい」

「さっき『二人乗りはダメ、絶対』って言ってたのはお前の方だろ」

「私有地なら良い」

「ここのどこが私有地なんだよ」


 友達になってからというもの、美波はやけに機嫌が良さそうだ。

 さっきも自分から言っていたが、あの頃みたいに俺のことを馬鹿にする雰囲気はない。

 昔イジメられていた相手と普通の会話をするのは違和感しかない。

 やっぱり何か企んでいるのではないかと常に警戒してしまう。

 これからもその警戒心はしっかり持っていた方がいいな。


「——アンタたち、楽しそうね」


 俺たちが駐輪場まで歩いてくると、駐輪場の屋根の下にある俺の自転車のサドルには、同じ高校の制服を着た一人の女子高生が座っていた。

 女性らしい凹凸のボディラインが全くなく、平坦でスレンダーな身体つきをした金髪ツインテールの女子。

 口には棒つきのキャンディーを咥えており、見るからにヤンチャな印象を受ける。

 この容姿……髪色が黒から金髪に変わっているが、俺には誰かなのかすぐに分かった。


「お前……もしかしなくても"遥"か?」

「ええ。久しぶりね、雄一」


 そう、彼女は俺をイジメていた3つ子姉妹の次女・城田遥。

 その性格はかなり捻くれており、誰に対しても横柄で偉そうなことを言って困らせ、自分に納得いかない事に対してはキレ散らかす。

 簡単に言えば自己中心的でムカつく女。

 城田3姉妹の中では、最も周りから嫌われているタイプの女子だったが、見た目は3姉妹の中でも群を抜いて可愛いかったことから、男子からの人気は凄まじかった。


「遥姉さん……どうしてここが分かったの?」

「そりゃアンタの位置情報を見れば一目瞭然よ。このあたしがわざわざ迎えに来てやったんだから喜びなさいよ」


 遥は相変わらず偉そうな口を叩きながら、舐めていた飴を噛み砕くと、俺の自転車から降りる。


「ほら美波、新しいチョッパチャップス買ってきなさいよ」

「嫌だ……遥姉さんの命令に従う理由がない」

「は?」


 どうやら自分がお嬢様か何かだと思い込んでいるのは、昔から変わらないみたいだ。

 偉そうで、常に自分が誰かの上だと思わないとやっていられない自己主張の激しいのが城田遥という人間だ。


「そんなことより、お前が座ってたのは俺の自転車なんだが」

「分かった上で座ってるわよそんなの」


 さも当たり前のように言う遥。

 どうして姉妹揃って俺の自転車だって判別ができんだよ。


「美波、アンタだけ転入試験で特進に受かって雄一と一緒だからって、調子乗ってんじゃないの?」

「……乗ってない」

「乗ってるわよ。顔が調子乗ってる」

「…………うざ」


 俺の隣にいる美波は、そっぽを向きながらそう呟く。


「てか雄一も雄一よ。なんか昔と違って距離感近いみたいだけど、どうせ美波のそのクソデカおっぱいが目当てだから仲良くしてるだけでしょ? それじゃなきゃ普通美波みたいな"地味子"と仲良くならないし」


 俺に向かって言ってる割には、わざと美波に攻撃の矛先をむけて言い放つ。

 そういやバッセンで美波は「姉妹がバラバラ」とか言ってたな。

 もしかしてこいつら……美波が言うように本当に仲が悪いのか?

 もしそうだとしたら、昔みたいに3姉妹で俺をイジメて来ることは無さそうだな。


「ねえ、聞いてんの雄一!」


 遥が俺に近づこうとしたその時、隣にいた美波が両手を広げて遥の前に立ち塞がった。


「これ以上、遥姉さんはユウに近づかないで。ユウのことは……私が守る」

「何それ? まるであたしが悪者みたいじゃない!」

「遥姉さんは悪者。さっきから私の悪口しか言わないし、ユウに対しても強い口調。そんなんじゃ悪者にしか見えない」

「なによそれ!」


 美波の言ってることはごもっともなんだが、正直なところ、お前ら二人からイジメられていた俺にとってはどっちも悪者なんだが……。

 それにしても、性格が比較的優しくなった美波とは違って、姉の遥は昔と全く変わってないみたいだ。

 昔から遥は発言に棘があったし、性格もなんかツンツンしてて苦手だった。

 今だって自分の妹に向かって「地味子」とか平気で言うし……。

 再会してここまで印象最悪な遥のことを思うと、美波がどれほどマシだったかよく分かる。


「てか雄一、アンタも昔に比べたら少しはマシは容姿になったわね?」


 相変わらずの上から目線で発言も偉そう。

 確かにこいつは、容姿だけなら美少女なのかもしれないが、性格も発言も終わってる。

 その上、俺はこいつからイジメられていたんだから、なおさら好きになれない。


「まあ? 少しはイケメンになったみたいだし、あたしの隣に立つくらいの権利はあるかもしれ——」

「美波、もう行くぞ。早く自転車に座れ」


 俺は自転車に鍵を挿れ、美波をサドルに座らせると来た時のように自転車を押した。


「ちょっ! アンタたち! あたしのこと無視してんじゃないわよ!」

「遥姉さん。私、先に帰ってる」

「美波っ……! 後で覚えてなさいよ!」


 無視すればいい。

 三姉妹の中では一番運動能力があって、腕っぷしも強かった遥だが、俺はもう遥のことが怖くない。


「お前たち、仲悪くなったんだな?」

「……うん」

「理由は?」

「ユウには、話せない」


 別に知りたいとは思わないが、俺が変わったように、この三姉妹も変わっているのかもしれない。




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