第4話 城田美波03


 バッティングセンターの前にある駐輪場に自転車を停めると、俺たちは勝負の場所であるバッティングセンターの中へ入った。


 バッティングセンターの中は壁とかその雰囲気に、どこか平成の香りが漂う古臭いバッティングセンターだ。

 それでもどうやらバッティングマシーンはしっかり整えているようで、最速150キロのマシーンまであり、5キロ単位ごとに球速が設定されたバッティングマシーンが横にズラッと並んでいる。

 球が放られる場所にあるピッチャーの映像も、最新の野球選手をモデルに作られていたりと、最新の機材がちゃんと用意されていた。

 それにしても、なんでまたバッティングセンターで勝負なんか……。


「とりあえず10球勝負でいいか?」

「……うん」


 俺が訊ねる前から、美波はヘルメットを深く被って自分のバットを選んでいた。

 美波の自信がどこから湧いてくるのか分からないが……何でもいいから俺は勝てばいいだけだ。

 球速は美波の希望で130キロになった。


「前に飛ばした数で勝負……ただしバントは禁止」

「分かった」

「私から先に打たせてもらう」

「ああ、勝手にしろ」


 俺はバッティングマシーンのネット裏にある赤いベンチに腰掛けながら、美波のバッティングを見ることに。

 美波はバッターボックスに入るやいなや、年老いた仙人みたいに背中をグニャッと曲げ、かなり前屈みでバットを構える。

 なんだよそのバッティングフォーム。


「お、おい、美波? そんな前屈みだと危ないんじゃないか?」

「こうした方が球筋がよく見える」

「はあ?」


 それっぽいこと言ってるけど、ストレートしか来ないんだからそんな近くで見る必要はないような……。

 スクリーンに映るピッチャーがワインドアップで振りかぶると、美波はバットを強く握る。

 すると瞬く間にシュパンッと一球目が放たれた。


「すぅっ——!」


 美波はボールを懐に呼び込むように呼吸でタイミングを整えると、鋭いバットのスイングでぱちこーんっと、気持ちいいくらいにバットの芯でボールを捉える。

 スイングスピードが速く、球筋が見えているからか正確にバッ芯で捉えたその打球はピッチャーの頭上を越えるセンター前へと飛んでいった。

 う、うっま……。


「これこそ私が生み出した『超絶前屈み一本足打法』だよ……」

「待て。上手いのは認めるが、普通に二本足だっただろ」

「モノは言いよう」

「見たまんまの感想なんだが」


 美波は胸元にある重そうな二つの果実を両肘で抑えながら次の球に備えた。

 

 まさかとは思うが、美波はあれでバランス取っているんじゃないのか?

 美波の爆乳は肘と肘の距離を固定するには持ってこいの距離感で、構える時に両肘でその爆乳を挟み込めばバッティングの構えに狂いが生じない。

 一本足打法というよりも二乳固定打法ふたちちこていだほうだろそれ……。


 美波は一定のリズムで放られた球を綺麗に打ち返していく。

 機械のように正確なそのバッティングは、目を見張るものがあった。


「なあ美波、お前って転校先で野球でもやってたのか?」

「やってない……私、ずっと帰宅部だし」


 にしては上手すぎる……。

 でも、野球部ではないのは本当なのかもしれない。

 思い返せば彼女の手には野球部がバットを振りすぎて自然と出来るタコや、身体にも目立った傷がなく、肌も全く日焼けをしていない。


「小学生の時、ユウと離れ離れになってから……私たち姉妹はバラバラになった」


 美波はバットを振りながら、急に姉妹の話を持ち出した。


「バラバラ?」

「文字通りバラバラ。学校でも家でも話さなくなったし、進んだ道も何もかも、バラバラ」


 美波の打球がファール報告に飛んで行く。

 自分で語り出しておいて、完全に今の打球は集中力を欠いていた。


「だから私はずっと一人でバット振ってた」

「余計に意味が分からないんだが」

「心のムシャクシャを解決するには、それしか、なかったから……」


 最後の一球が放られたが、その一球はスイングすらしない美波の横を通り過ぎるのだった。

 美波は結果的に10球中6球を前へ飛ばした。


「さあ、次はユウの番だよ」


 美波は自分のヘルメットを外すとバットと一緒に俺に押し付けてくる。

 美波は6球前に飛ばしたし、しかも全てヒット性の当たりだった。

 美波に勝つためには7球以上前に飛ばさないといけない……いや、どう考えても無理だろ。


「こ、こんなの完全にお前の土俵じゃないか。不公平だろ」

「それはやる前に言うならまだしも、もう勝負は始まってる……ユウは最初、こんな女になら余裕で勝てると思ったんじゃないの?」

「そ、それは……」


 当たり、と言いたい所だが、それを認めるのはあまりにも哀れというかなんというか。


「さっさと打席に立たないなら試合放棄になる。ユウの負け」

「くっ……」


 そりゃ、美波がバッティング得意だなんて、思ってもみなかったし、やる前から高をくくっていたのは俺の方だが……。

 いや、これ以上文句を言っても何の解決にもならないだろう。


「……や、やってやるよ」


 俺は歯を食いしばりながらヘルメットを被ると、美波から金属バットを受け取る。

 そういや……昔からそうだったな……。

 城田家の3つ子姉妹は何でも器用にこなすことができる天才型の姉妹で、俺は小学生の時に様々な勝負を彼女たちとしてきたが、引き分けに持ち込むのがやっとで勝ったことは一度もなく、連戦連敗——。

 負けまくって彼女たちから無理難題な命令を聞くように強いられたんだ。


 そりゃ、嫌がらせをされても無視すれば良かったとは思う。

 構うからアイツらは面白がって……次から次へと勝負を持ちかけてきた。

 俺はあいつらに勝って「もう構わないでくれ!」と一言言ってやりたいと思って躍起になって彼女たちとの勝負を受けてしまっていた。


「よく考えたらあんな勝負、無視してやらなければそもそもイジメられなかったのにな」


 でもそれは……今だってそうだ。

 美波とこんな勝負した所で俺に得は一切ない。

 こいつに勝って「もう話しかけてくるな」と命令しても、彼女のバックにはまだ厄介な姉が二人がいる。

 もし負けたら、あの頃みたいに抱きつけとか手を繋げとか、俺を辱める命令をしてくるかもしれない。

 そんなことになれば、俺が高校で1年間頑張って築き上げてきた「普通の男子」という周りのイメージから、「三姉妹の奴隷」というイメージに落ちてしまう。

 それに昔の俺を知ってる美波がクラスメイトに俺の過去をベラベラ話したら、俺の築き上げてきた苦労が水の泡。

 美波には色々と黙っておいてもらわないといけない……。

 そのためにもここで負けることは絶対にできない……!


「……おらぁっ! 来いっ!」


 だからこそ——しっかり勝たせてもらう。


 ✳︎✳︎


 勝負は意外とあっさり終わった。


 俺の結果は10球中3球。前に飛んだものの、ヒットか怪しい打球ばかりだった。


 言わずもがな俺の完敗だ。


 俺は肩を落としながらヘルメットとバットを持ってバッターボックスから出る。


「さあ、なんでも言えよ」


 こんなの小学生時代の二の舞だ。

 こうやってまた、イジメが始まる。

 

 こんな不利な勝負、受けなければ良かったが、今の自分ならどんな分野でも勝てるという慢心があったのは事実。

 バッティングセンターと聞いた時も、まさかこんな胸ばっかデカくなった美波に負けるなんて思ってなかった。


「土下座か? 昔みたいにお前の椅子になればいいのか? それとも俺の自転車が欲しいのか?」

「私はそんなこと望まない。ただ……」


 美波は俺の制服の袖をクイっと引っ張る。


「私と……友達になって欲しい」


 友達……?

 俺と、美波が……?


 ずっと様子がおかしいと思っていたが、まさかここまでとは。

 あまりにも突飛な命令すぎて俺は怒りが抑えられなかった。


「ふざけるなよ」

「ユウ?」

「俺はお前らにイジメられるのがずっと嫌だった。お前らがいなくなってやっと自由になれたと思ったのに、また戻って来やがって……マジで迷惑なんだよ」

「……っ」


 心の中に何年間も溜まっていた彼女たちへの嫌悪感を一気に全て吐き出した。


「友達になるのは無理だ。するならもっとマシな命令を——」


「………っ!」


「なんだよその目は?」


 美波は何も言わずに俺の目をまっすぐ見つめてくる。


「私……全部知ってた」

「全部?」


「ユウに嫌われてるってこと」


「え……」

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