第3話 城田美波02


「はあ? 勝負だと?」


 男子トイレの横で美波から勝負を持ちかけられた俺は、あまりにも突然すぎて、呆れた声で聞き返した。


「ユウが勝てば私はユウの命令に従う。逆にユウが負けたら私の命令を聞く」


 小学生の頃に戻ったような錯覚を起こす。

 実に懐かしい勝負だ。

 確かに俺は小学生の頃によく三姉妹から勝負を挑まれた。

 ルールはシンプルに「勝者は敗者の命令を聞く」というもので、俺は『2度と俺に関わるのは辞めろ』とあの三姉妹に命令するため、何度も何度も勝負をしては、結果的にコテンパンにされた。

 俺が負けた結果、あの三姉妹から「抱きつけ」とか「椅子になれ」とか「手を繋げ」とか命令されて、散々なイジメを受けていた。


 あの頃は一方的だったが、今の俺は違う……。

 運動能力も学力も、あの頃より飛躍的に向上している。

 美波は特進コースに受かるだけの学力はあるみたいだが、俺も同じ特進コースだから学力に差はないはず。

 運動能力については未知数だが、あの姉たちに比べたら、美波はそこまで得意じゃなかったはずだ。

 つまりこの勝負には、勝機しかない。


「本当に何でも命令聞くのか?」

「当たり前。昔と同じ」


 だったら「金輪際、俺に話しかけるな」って命令もできるってことだよな?


「ユウが……例えば、その」

「ん?」

「『俺と付き合え』とか、命令しても……本当に付き合ってあげるから」


 俺が、美波と付き合う?

 さっきから話しかけるなって拒絶してる俺が、そんな命令するわけないだろ。

 どうしてそんな無駄な心配してんだこいつ。


「それで? 勝負の内容は何にするんだ?」

「……とりあえず放課後、私についてきて」

「お……おう」


 こうして俺は何年ぶりかの"勝負"を美波とすることになった。


 ✳︎✳︎


 放課後。

 俺が自転車のキーを人差し指でクルクル回しながら自転車置き場まで行くと、美波が俺の自転車のサドルに座ってスマホをいじっていた。

 その姿はまるで、一緒に下校する彼氏を待つ彼女のよう。

 否——こいつは元イジメっ子であって、絶対に彼女になんかならないのだが。

 俺は心の中で否定しながら美波に近づいてヤツの右肩を掴む。


「おい美波。どうして俺の自転車を知ってるんだ」

「遅い、女子を待たせるとか最低」

「やかましい! どうして知っていたのか教えろ!」

「そんなの……に決まってる」


 匂い……だと?

 俺の自転車は俗に言う『ママチャリ』であり、スチール製だからどれだけ鼻をひくつかせても匂いなんて分からないと思うのだが……ん? いや待て。

 俺は美波がどっしり座っているサドルに目をやる。


「ま、まさかお前……サドルの匂いを」

「……えへへ」


 さっきまでのクールフェイスから一転、「バレたかぁ」とでも言いたげにニヤけながら恥ずかしがる美波。

 尻を置くサドルの臭いを嗅ぐとか……こいつ正気じゃないだろ。

 しかし美波は、昔からよく俺の匂いを嗅いでくる癖があり、姉妹で俺に対して嫌がらせをしている時も俺が苦しんでいる様子を楽しみながら、俺の身体に鼻を近づけていつも「くんかくんか」してきた。

 あの行動は、てっきり俺のこと「臭い」と馬鹿にするために嗅いでるのだと思っていたが、そのことでイジメられたことがないのでただの癖らしい。

 つまり美波は匂いフェチの変態なのだ。


「ユウ、私はこのまま座ってるから、ハンドルを押して自転車動かして? 交通ルール的に二人乗りはダメだから、絶対」


 他人の自転車に座っといて偉そうなヤツ。

 何が交通ルールだよ。無許可で他人の自転車の上に勝手に乗ってる時点でお前の方が法に反してるのに気がつかないのか?

 他人の悪いところは突いてくるくせに、自分が悪いことをしても知らんぷり。

 俺をイジメていたことも都合良く忘れて転校してきたわけだし。

 これだからこいつら姉妹は嫌いなんだ。


「……降りろよ」

「いやだ」

「降りろ」

「いやだ」

「降りないなら実力行使で」

「強引なことするなら大声で助け呼ぶ」

「こっ、こいつ……! はぁ……」


 俺は諦めのため息をつきながら、自転車に鍵を挿れるとハンドルを手で押すことにした。

 ここで叫ばれる方が面倒だし、この後勝負をするからどうせ行き先が同じなら、まあ……。

 ハンドルに手を伸ばすとサドルに座ってる美波のおっぱいがフニンと俺の肘に当たる。

 もっちりしていて、柔らかい。

 ふ、ふん……こんなのただの脂肪だ。

 変に反応するとイジられるに決まってるし、気にしない気にしない。


「ゆ、ユウ……」

「なんだよ。ハンドル押してやってんだから文句言うなよ」

「違う……いくら私の身体が魅力的だからって、そ、そんなに」

「あ?」


 美波は唇を尖らせながら俺から目を逸らす。


「お、おっぱい……肘でツンツンしないで」


 どうやら本人もいたらしい。


「あ、当たっちゃうんだから仕方ないだろ!」

「……セクハラもダメ、絶対。助け呼ぶよ」

「理不尽すぎる……ッ!」


 その後も美波からガミガミ文句を言われながら、俺は自転車のハンドルを押して歩く。

 勝負の内容と場所は美波が指定するので、俺は美波の指示に従って目的地に向かっているのだが……結構歩いてもなかなか目的地に到着しない。

 道中、勝負の内容やどこに行くのかを何度も美波に問いかけたが、美波は頑なに道の指示しか出さず、諦めた俺は美波の指示に従うだけの人形と化した。

 高校の近くにある大通りを歩いて30分ほどが経つと、やっと美波が「もう見えてきた」と口にした。

 美波に指示されてやって来たのは——。


「ここが勝負の場所」

「は、はあ? ここが?」


 美波が指定した勝負の場所は、まさかのだった。

 ゴルフセンターを兼業しているバッティングセンターで、中にはゲーセンもあるのでバッティング目的ではない人もよく来る総合娯楽施設みたいなもの。

 もう何十年もやっている施設なので、ペンキのハゲた部分が悪目立ちしているが、それが逆に味を出していた。


「私、ミート力に自信がある。ユウを盛大に負かしてあげる」


 美波はフンスっと鼻息を荒くしながら自信満々に自転車から降りた。

 こいつ、どうしてそんな自信あるんだよ。

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