第7話
買い物に出かけたリナは近くの商店街を歩いていた。普段ならば平穏な買い物のひとときだったが、今日はどこか違っていた。彼女の心に突如として黒い雲が立ち込めたのだ。それは原因不明の急激な感情の嵐で、唐突に彼女の心を乱れさせた。
この感情は、普通のものではない――
リナはなにかに気づきかけた。
ざらついた雲、薄暗い灰色の光、淀んだ空気、荒ぶる音と光に、すべてを凍らせるかのような冷たい雨。それは焦燥感や不安や不満が変化した姿であり、それらが彼女の身体を緊張させ強張らせていた。無理して一歩踏み出すと、リナは方向を見失い、息もできなくなった。
『幸福プログラム』に介入させる。早くこの言い知れない暗黒の感情を分解してほしい。するとリナは、急にカイから離れたいという衝動に襲われた。思わずその場で立ち止まり、彼女は自分自身と対峙する。こんなこと、思ってはいけないはずだった。自分はカイを愛していて、カイを支えていて、そして幸福だった。強く胸を締め付ける感情を振り払おうと、再び『幸福プログラム』に助けを求める。しかしそこで思い出されたのは、ジャクスと久しぶりに再会した時の彼の言葉だった。
「もう彼は〈無感動〉なんだ。君が近くにいても、君が離れても、彼はなにも感じない」
あぁ、そうなんだ――と。
今はじめてその言葉を聞いたかのように、リナは絶望した。
きっとこのまま私がカイのところに帰らなくても、彼はなにも感じない。それは彼が〈無感動〉だからだ。それはわかっていた。わかって支えていた。好きだった。しかし、どういうわけか、急に涙が溢れて止まらなくなった。
その感情はリナの中で闇より暗い影となって広がっていた。商店街から出て、カイの家とは全く別の方向に歩みを向ける。すると不思議なくらいに彼女の心の中の嵐は消え去り、代わりに穏やかな静けさが広がった。はじめ、リナはその感情を警戒していたが、やがてそれは安堵であり、安らぎであり、そして解放だと理解した。
リナはそのままどこか別の街へと向かった。途中、見知らぬ男性に声を掛けられたが、気が乗ったので誘いに応じることにした。心の中でなにが起きたのか、リナ自身も完全には理解していない。ただ一つだけ確かなことは、彼女が歩む新たな道にカイの姿はない、ということだった。
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