第5話

 初診の翌週からカイの治療が開始された。

 治療プログラムは複数あり、その効果を確認しながら試行を繰り返していく。

 カイの過去の思い出や経験を元に、彼が感じたであろう感情をシミュレートして再生される感情再生プログラム。VRを使って現実世界から離れカイが安全な環境で感情を表現できるVRセラピー。高度なAIがカイの心理状態を的確に分析し、パーソナライズされた方法で特定の感情を隆起させようとするAIカウンセリング。リナによるサプライズパーティーが開かれカイが懐かしの旧友たちと再会し感情を感じるきっかけを作り出すトリガー・イベントプログラム。しかしどの治療を受けても、カイの感情は揺らがなかった。

 あらゆるプログラムが失敗する中、ある日、ヴォルフから治療費請求を受けたX社のエージェントが彼の元を訪れた。曰く、汎用化された『幸福プログラム』による刺激をカイ用にカスタマイズすることで事態の収拾を図りたいというものだった。ジャクスから情報を得ていたヴォルフは、憶測ながらも確信した。おそらく『感情介入』だ。カイのどうしようもない〈無感動〉に痺れを切らしたX社が動いたのだ。

 ヴォルフは一度『感情介入』がどのようなものかその仕組みを見てみたいと思っていたため、X社には素知らぬ顔をして協力を取り付け、裏ではジャクスとこのことを共有した。そして次の診察の日、ヴォルフはカイに対しX社から治療の提案があったことを伝え、折角だからトライしてみようと進言した。その説明には敢えてリナを立ち会わせ、案の定、リナはジャクスに相談した。

「X社の取り組みに対してM社の僕が賛同するのは、なかなか難しいことだけど」と、すべてをヴォルフと打ち合わせていたジャクスは苦しい笑みを演技した。「でもいいんじゃないかな。おそらく君の恋人の脳の構造は他の人と少し違っていたんだと思う。だから本来刺激すべきポイントがずれてしまって〈無感動〉になってしまったんだ。X社はきっとそれを個別に調整してくれるんだろう。ようやく重い腰を上げたって感じだね」

 リナはジャクスの言葉に真摯に耳を傾けていたが、一方のジャクスはリナに気づかれないようにニッと笑っていた。『感情介入』にはある種の苦痛が伴うと聞く。どういうわけかこの素敵な女性の心を奪い、そして苦しめ、X社の『感情プログラム』に依存させている憎たらしいカイに対し、その苦痛を味合わせてやりたかった。

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