第3話

「リナ。どうしてこんなところに?」

 病院の待合室にリナが座っていると、大学時代の友人であるジャクスが声を掛けてきた。

「どこか調子でも?」

「ううん。そうじゃなくて」リナは首を振って「久しぶりだね」と挨拶を交わす。そしてためらいがちに、自分や恋人のカイのことを話した。

「なるほど」と、ジャクスは神妙そうな顔で言う。「きっとそれは〈無感動〉という症状だね」

 彼はX社と敵対する大手テック企業M社に勤務しており、『幸福プログラム』の事情についても詳しかった。

「今はまだそれほど多くない症状だ。けど、そのうちどの精神科医も〈無感動〉でパンク状態になると思うよ。そうなる前に手を打たなきゃいけないと思って、精神科医の力を借りようと思っているんだ」

 彼はM社の中で動画視聴の閲覧を伸ばすための戦略チームに配置されているらしい。そこで得たノウハウを使って『幸福プログラム』の真実を暴き周知するつもりなのだという。

「どうだろう、リナ。僕と一緒に来てくれないか? 大学時代の君の優秀さは知っている。君の恋人のことは残念だけど、もう彼は〈無感動〉なんだ。君が近くにいても、君が離れても、彼はなにも感じない。君がどこにいようと、彼の感情が揺さぶられることはないんだ。彼にとってはもちろんだけれど、僕からすると君みたいに素敵な人に対してそんな風なのは、とても切ないことだ」

 ジャクスはリナの手を取ったが、リナは思わず彼の手を振り払った。

「ごめんなさい」

 リナはジャクスの態度に怯え、まだ診察室から出てこないカイの姿を探した。早くカイに会いたい。はじめて知り合ったときの彼の笑顔をまた見たい。

「私は恋人の近くにいたいから。もし彼がなにも感じないとしても、私は近くにいる。感情が動かないから、だからこそそういう事実が彼にとって、私にとって、つまり、二人にとって特別なものになると思う」

「そうか。やっぱり君は素敵な人間だな」ジャクスは優しい口調で言った。「でももし辛いようなことがあれば、いつでも僕を頼ってほしい」

「大丈夫。だって『幸福プログラム』の支援があるから」

 リナが何気なしにそう言うと、ジャクスの瞳に鈍い光が生じたかのように思えた。診察室の戸が開き、カイが出てくる。

「カイ」

 リナは安心してカイのもとへと駆け寄った。

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