下民天下

七星北斗(化物)

1.來來

 シオンの村は、辺境にある小さな村。


 村の特産品は、蕩け豚のステーキである。それが目当てで、村へ訪れる者も少なくない。


 それ以外にも、奴隷貿易の側面を持っているため、売人の往来が盛んだ。


 ノイズは、シオンの村のボロ小屋に住んでいた。


 村唯一の鍛冶屋に、農具の依頼を受注する目的で、村外れの鍛冶工房へと足を運ぶ。


 工房内は、暑さでゆらゆらと、空気が揺らめいている。


「こんにちは。ツガ爺いる?」


 黒く煤で汚れた肌の髭達磨が、奥の部屋から顔を出す。


「何じゃ?孫娘はやらんぞ」


「違うよ、鍬が欲しいんだ」


「それならそうと、早く言え」


 言わせてくれなかったじゃないかと、内心思いながらも口には出さない。


「ほら、持っていけ」


「お代は?」


「いらん」


「それじゃあ、悪いよ」


「今日は、ヒノエの誕生日じゃから」


「うん?」


「今年も、送るつもりなんじゃろ?」


 含みのある言い方、バレてら!


「ワシも若い頃は、少しでも節約して、婆さんに良いものを贈ったものだ」


「ツガ爺も、若かった時代があるんだな」


「やかましいわ。まあ頑張れよ、しかしヒノエにも声くらいかけとけ」


「わかってるよ」


「ノイズきてるの?」


 赤茶色な髪色の少女が、工房の入り口に立っていた。


「ヒノエ、お誕生日おめでとう」


「ありがとう」


 ポケットの中に手を入れ、ごそごそと探し出す。


「安物だけど、貰ってくれると助かる」


 緑色の蝶を模した髪止め、光が当たり、煌びやかに輝いていた。


「嬉しい」


「良かった」


「今日は、家で一緒にご飯食べよう?」


「ごめん、無理」


「そうなんだね」


「じゃあ、俺行くから」


「うん」


「坊主、鍬忘れとるぞ」


「あ、そうだった。ツガ爺ありがとう」


 家に鍬を置き、村で一番大きなカイジュの木の下に立つ。


 セルカは、まだきていない。今日こそ、告白するんだ。


 寸刻程で、セルカはやってきた。薄青色の長い髪を、風になびかせながら。


「遅れてごめんね。なかなか抜け出せなくて」


「そんなことないよ、無理を言ったのは、俺だし」


「ところで、何の用事?」


「誕生日おめでとう。これ、受け取って貰えないだろうか?」


 小さな包みを、セルカに差し出した。


「嬉しい、でも受け取れない」


 セルカは、はにかんだ後、すぐに表情が曇った。


「えっ?」


「私、もうすぐオークションに出されるんだ」


「嘘だろ」


「ほんとだよ。だから、ごめんね」


 激しい胸の動悸、頭の中が真っ白になった。


「私、もう行くね」


 家に帰り、何をするわけでもなく、ボーとした。


「ノイズいる?お腹空いたでしょ?今日はご馳走で、食べきれないから持ってきたよ」


 ヒノエの声が、家の外から聞こえる。


「ほっといてくれ」


 ヒノエは、俺の荒っぽい声に驚きながらも、帰ってくれなかった。


「どうしたの?開けるね」


「入ってくるなよ」


「ほっとけないよ」


 俺の暗く落ち込んだ様子に気づき、ヒノエは優しく抱きしめ、言葉をかけてくれた。


「何があったの?」


「…」


「セルカと何かあった?」


「関係ないだろ」


「何かあったんだ」


「…」


「もしかして、オークションのお話?」


「何で知って?」


 図星を突かれて、動揺した。


「今、噂になってるもん」


「知らなかったのは、俺だけか」


「ごめん」


「何でヒノエが謝るんだよ」


「話していいのかわからなくて、隠してた」


「知ってて、どうなるわけでもないだろ」


「でも、ごめん」


「俺、死にたい」


「ノイズが死んだら、私が死にたくなる」


「じゃあ、死ねないな」


「諦めるの?」


「どうしようもないだろ」


「ホントに?」


「このままだと、どっかの変態貴族に買われて…あっ」


「まだ誰からも買われてないよ」


「でも…」


「甘えないで。できることを、何もせずに諦めちゃうの?」


「嫌だ」


「私の好きなノイズは、そんな男じゃないよ。いつだって前向きで、強い心を持ってる真っ直ぐな人」


「ヒノエ…ありがとう」


「うん…敵に塩を送りすぎちゃったかな」


「何か言った?」


「何にも」


 底辺の下民から始まる、ノイズの物語。

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下民天下 七星北斗(化物) @sitiseihokuto

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