第11話:A級の実力と夢語り




「あー、また失敗した」


 とあるお昼休み、空亡は机の上で破れてしまった紙にため息を吐いた。


「まーた魔力操作の練習してる! ふむふむ、こんな感じかな?」


 玉藻は魔力を操り、いとも簡単に鶴を折って見せた。


「さすがA級。 どうやったらそんな上手に操作できるようになるの?」


 現在、判定E級の空亡にとってA級の玉藻は良い目標であった。


「何か特別な練習をしてるわけじゃないけど……しいていうなら日常的に使うというか」

「たとえば?」

「今の季節ならクーラー入れずに魔力で周囲を冷やすとか、お風呂を沸かすとか、洗濯物を乾かすとか」


 魔力は危険なものだ、と認識していた空亡は玉藻の使い方に感心した。


 毎朝訓練していても、生活に魔力を取り入れている玉藻と比べれば効率以前に時間で劣っている。


「でも暴走したら……」

「私も結構魔力あるからさ、初めはよく暴走させて迷惑かけてた。 でも早く操作だけでも上手くなりたかったから……今思えば突っ走ってたなぁ」

「日常的か」


 空亡はおもむろに水筒を取り出して、コップにお茶を注いで手をかざした。


ーーパキパキ


 お茶を冷やすつもりが、凍りついてしまった。


「うん……まあ暴走はしてないから」


 玉藻に慰められ、空亡は想像通りの失敗にため息を吐く。


「ところで鳥羽さんって進学しないの?」

「うん! 冒険者になってダンジョンを冒険したいの!」

「高校くらいは行った方がいいと思うよ、玉藻ちゃん」

「勉強きらーい。 つまんなーい」


 空亡は木霊と顔を見合わせた。


「でも玉藻ちゃんって魔力操作は凄いけど、スキル戦闘向きじゃなくない?」

「む、それはなんとかなる……たぶん」


 空亡は玉藻のスキルが何であるのか知らない。 スキルの内容は個人情報なので不躾に聞くことはできないのだ。


「あ、私のスキルは魔物の主っていうやつなんだ」

「……僕に言って良かったの?」

「うん! だって友達なのに一人だけ知らないって仲間外れみたいで嫌じゃん」

「友達……」

「それに空亡くんは誰かに言ったり、悪用したりしないでしょ?」

「うん、それはもちろん」


 友達と言われて、空亡は気恥ずかしくも嬉しかった。


「それで空亡くんのスキルって」

「ああ、僕のスキルは召喚術だよ」


 だから思わず言ってしまったのだ。

 戦闘向きではないスキルを持つが冒険者になりたい少女、彼女のスキルと空亡のスキルは相性が良すぎた。


 故に彼女は空亡の肩を掴んで言った。


「空亡くん! 私と冒険者になってよ!」

「へ? いやえっとお断りします」

「ええ?! なんで!」

「だって僕進学するつもりだし。 そもそも事情があってここにいるけど、そのうち東京の実家に戻るから……だから一緒にはできないよ」


 別に空亡は冒険者になりたくないわけではなかった。 あまり興味もなかったが、それ以前に実現不可能な要素が多すぎた。


 どちらにせよ今は魔力操作に集中していて、具体的な将来のことは考えられないし、安易に約束してぬか喜びさせるのも申し訳ないと思ったのだ。


「ええ?! いなくなっちゃうの?」

「そっか、寂しくなるな……でも僕は進学で東京に行くかもしれないから、そしたらまた会えるね」


 木霊は魔法工学を学ぶための学校に進学するので、その候補に東京の学校があるのだろう。


「ええ!? ずるい!! 私も東京行く!!」

「行くって言っても……玉藻ちゃん一人暮らしするお金あるの? 冒険者って始めるのに結構費用かかるんでしょう?」

「そんで私は空亡くんと木霊、三人で一旗揚げるんじゃい!」

「いやだからお金……」


  木霊が現実を突きつけると、玉藻は「金、金、金! お前は金の亡者かあああうわああああああ」と喚きながら教室を出て行った。


「なんだったんだ、あれ……大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。 ご飯食べちゃおうか」


 唖然としつつも心配する空亡、一方さすが幼馴染、玉藻慣れしている木霊は平然と食事を再開した。


「山本くん、これから覚悟しておいた方がいいよ。 玉藻ちゃんのメンタルは鋼だからね」





次の日、朝からわざわざ家まで迎えに来て「おはよう! 一緒に冒険者に「ならないよ」」開口一番の勧誘してきた玉藻に空亡は嫌な予感がした。


――まさかこれから毎朝こんな感じなのか、と。


(そんなことをされたらノイローゼになっちゃうよ)


 想像しただけで疲れてため息を吐く空亡だったが、そんなことつゆ知らず玉藻は何もなかったかのように鞄から分厚い本をを取り出した。


「これ読んでみて!」


 あらすじを見てみるととある冒険者の自伝らしい。

 空亡は冒険者に詳しくなかったので、イマイチぴんと来なかったが自伝をだすくらいなのだから界隈ではかなり有名人なのだろう。


 そしてこれを渡してきた彼女の思惑は一つだ。


「この分量はさすがにキツイんだけど」

「とりあえず一章読んでつまんなかったら返してくれればいいから……でもめっちゃくちゃ面白いから絶対大丈夫だけどね!」


 自信満々の玉藻であったが、空亡は自分がハマるとは思えなかった。


 しかし半信半疑で休み時間に本を開いてみると、


(面白い)


 ストーリーというよりは日記調でつづられる一人の男の物語は、見たことのない未知に溢れていた。


 見たことのない景色。


 見たことのない生物。


 見たことのない世界。


 それを見つけた時の感動が文章ながら、空亡の胸を震わせた。


 夢中で読み続け、読破した空亡は今すぐに走り出したい衝動に襲われた。


「冒険者になろう」


 まんまと玉藻の思い通りになってしまった空亡であったが、今となってはむしろ彼女にこんな素晴らしい世界を教えてくれてありがとうと、感謝すらしたい気分だった。


「鳥羽さん、僕と冒険に行こう」

「もちろん! 行こう!」

「えぇ?! 山本くんどうしちゃったの?! まさか洗脳……?」


 初めて友達が出来た。


 初めて夢が出来た。


 そして初めて仲間が出来た。


 ただ漠然と家に蹴りたいと思っていた空亡は、この日から悪夢を見ることはなくなるのであった。






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