第10話:転校生と力の証明




「では転校生を紹介します」


 とある田舎町、全生徒数二人といういつ廃校になっても可笑しくない中学校で、転校生というまさかの事態に鳥羽玉藻と木霊大地は驚愕した。


「入って」


 そして教室に入ってきた転校生が見知っていた人物であったことで、さらに驚く。


「初めまして、東京から来ました。 山本空亡です、よろしくお願いします」


 当たり障りなく挨拶をこなすが、なぜか当人は困惑している様子で視線が落ち着かない。


「なん昨日言ってくれなかったの?」

「サプライズってやつ?! だったら大成功だよ!」


 首を傾げる木霊と、親指を立てる玉藻に、空亡は頭痛を堪えるように頭を押さえた。


「いや、実は僕も知らなかったんだよ。 昨日帰ったら――明日学校だぞ――って言われて……」


 空亡は昨夜にあった万とのやり取りを思い出してため息を吐いた。


『君、そんな夜更かししてて大丈夫?』

『はあ、別に予定もないですから……訓練にはちゃんと起きますよ?』

『いやいやそうじゃなくて、明日月曜だよ。 山本くん、明日学校じゃん』

『はい?』

『え……言ってなかった?』

『はい、聞いてないです……』

『あ~、忘れてた! めんご!』


「といった感じでさ……」

「おふ……それは普段から木霊に無茶ぶりしまくってる私でさえさすがに同情するよ」

「……確信犯だったんだ」

「まあまあ、ともかく!!! 私にとっては嬉しい誤算だけどね!!!!」


 声を潜めて話していたのに、興奮を抑えきれなかったのか玉藻が大声を出すと、教師が鋭い視線を向けた。


「おーい、鳥羽静かに」

「えー? なんで私だけ?!」

「じゃあ授業始めるぞ」

「わお! 世の中って理不尽だね!」


 三人しか生徒はいないはずなのに、やたら賑やかな教室で空亡の新たな日常が始まった。





 空亡たちが田舎町にやってきてからしばらく経ち、空亡の生活リズムも決まってきた。


 まず早朝、魔力操作の訓練を行う。


 そして平日の日中が学校へ行き、普通に授業を受ける。


「今日はイデアさんも一緒か。 授業中は静かにしててな」

「はーい」


 学校にはしばしばイデアが同行することがある。


 田舎だからか、教師陣が適当なのかは分からないが生徒でもないのに追い返されないのはありがたいが、空亡は内心「それでいいのか……?」と思ってしまう。


 言葉万の研究を手伝うことも時々ある。

 彼が行っている研究の詳細を空亡には理解できなかったが、簡単に言うと『イデア本体の魔力の記憶を辿ることにより、世界が繋がった事象の観測および分析』を行っている。 しかし記憶を辿るためには魔力の波長を合わせる必要があり、それはまるでとっかかりのないパスワードを一つ一つ確かめていくようなものらしく恐ろしく大変らしい。


 空亡は魔力操作が下手なので、手伝うと言っても魔力補給用に空の魔石に魔力を注いでいるだけだ。


 それが家賃や生活費代わりであり、施設の時とは違って超過した分はお小遣いとして支給されるので空亡としても損はない。


「今日手伝ってくれない?」

「いや、これから学校ですけど?」

「君にはシェイプスターという召喚獣がいたね?」


 とはいえシェイプスターに替え玉させてまで、研究を手伝わせるのは大人としてどうかと空亡は思ってしまう。


 そしてイデアの本体は未だ眠ったままだが、万は「そのうち目を覚ます」と断言するので空亡は信じて待つことしかできない。


 そんな日々は平穏で、それなりに楽しいが、空亡の目標は家に帰って普通に暮らすことだ。

 そのための基準として冒険者指標の魔力操作で判定A以上取れたら家に帰っても大丈夫と、万には言われていた。


「空亡くんって本当に下手っぴだよね~」

「うるさいな……今、集中してるから話しかけないでよ」


 しかし現在、空亡の魔力操作はE級であり、A級までは程遠い。


 G、Fは日常的に魔力が漏れていて、自分の意思で全くコントロールできない状態。


 E級は感情が大きく振れると魔力をコントロールできなくなる状態だ。


 施設脱出の際に、時間を止めたりしたのはE級の空亡にとってはかなり神業であったのだ。 たまたま良い方に魔力の暴走が働いていただけであって、空亡の持つ異常な魔力ならば下手をすると『あの施設ごと消失させていても可笑しくなかった』と、後に珍しく真剣な表情をした万に言われて空亡は肝が冷えた。


 空亡は自分がまるで危険物に思えた。


「学校なんて行ってていいんですかね……もっと頑張らないと、じゃないと帰れないし……万さんだって本当は一緒に暮らすの怖いんじゃないですか……?」

「君、張り詰めすぎ」


「もっと気楽に生きなよ」


「君が暴走したとしても必ず僕が止めたげるからさ」

「でも……」

「とはいっても信じられないか。 割りと情けない姿ばかり見せてるしね。 なら少しだけ……イデアちょっと来てくれる?」

「どうしーー」


ーースパ


「さあ、怒ってどうぞ」

「は……?」


 目の前でイデ-アの首が飛んだ。


 理解が及んだ瞬間、空亡の意識は怒りに染まって魔力が溢れ出した。


「なんで……なんで?!!!」


 空亡が叫んでいるうちに万はのんびりと近づき、彼のおでこを人差し指で突いた。


「封」


 万が一言呟いただけで、魔力は霧散した。


「縛」


 そして体が金縛りになったかのように固まり、膝を付く。


「どう? 僕って意外と弱くはないでしょう?」


 そう言って笑う万の底知れない力に、空亡は震えるのだった。


 そしてイデアを殺したシーンは結局万の作った幻であったのだが、空亡は安堵と見破れなかった恥ずかしさでしばらく拗ねてしまうのだった。


「僕のスキルは言霊――言葉に魔力を乗せて現象化させる力さ。 結構強いから安心していいよ」


 この一件以来、空亡の中で万の存在が『なんか世話を焼いてくれるおじさん』から『頼りになり、尊敬できる大人』へと昇格するのであった。







 

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