第9話:少年と魔導人形




「かーらーなくんあーそーぼ」


 紙飛行機を飛ばしていた空亡たちは元気な声に振り向いた。


「あ、君は」

「昨日に引き続き鳥羽玉藻です! こんにちは! 何してたのー?」

「魔力操作の練習だけど」

「紙飛行機飛ばして遊ぶのが?」

「……そーだけど? ところで」


 遊びと言われて、なんだか気恥ずかしくなった空亡は紙飛行機をポケットに押し込んで玉藻の後ろに隠れるに視線を向けた。


「誰?」

「この子は木霊大地くん! 私の幼馴染で、この町の数少ない若者の一人だよ!」

「ふーん、そうなんだ?」

「ほら! 木霊、挨拶!」

「……いいよ、僕なんか」


 木霊と呼ばれた少年はもじもじと小声で玉藻に抗議しているようだった。 空亡はよく分からないが、待つ理由もない。


「えっと、そろそろ昼ごはんだから帰るよ」

「ちょっと、ちょーと待ってって! ほら、木霊!」

「……」

「じゃあ、帰るね」


 後ろから玉藻の静止の声を無視して、空亡はイデアの手を引いて足早に家へと向かう。


「変な奴ら……」


――しかしこれから彼女らと深くかかわることになるとは、この時の空亡は思いもよらないのであった。








「おーい、友達が来たぞー」


 昼食を食べていると、万が玉藻を連れてリビングに現れてた。


「えっと」

「……さっきはごめん! 無理やり木霊を引き合わせるようなことして!」


 いきなり頭を下げる玉藻であったが、そこまでされる程の不快感はなかったので空亡は逆に気まずくなる。


「いやいや、それはもういいから。 まあでも木霊くん?も別に話したくなさそうだったし、あんまり強引なのは良くないと思うよ」

「うん、でも実は――」


 玉藻曰く、木霊大地という少年は極度の人見知りで、そして職人気質なのだそうだ。 人と関わることが苦手で、好きなことや作業を一人で黙々とこなすような性格らしい。


「別にいいんじゃない?」

「普通ならね? だけど家族に対しても関われないって、ちょっと病気じゃない?」

「あーそれは確かに」

「このままじゃ、就職も結婚もできないと思うわけよ。 幼馴染の私としては心配なわけ」


 女子の方が男子より精神的な成長が早いと言うが、その実例を前にした空亡は無意識に横で話を聞いていた万に視線を向けた。


「なんで僕を見る?」

「い、いや別に……万さんは結婚とかしないのかなって」


 万にデコピンされる空亡に、玉藻は膝、手、そして額を床に付けて言った。


「で、あるからしてどうかうちの木霊と友達になってやくれませでしょうか!」

「やめてよ! もう分かったから!」

「やった! じゃあ今日これから空いてる?」


 焦る空亡の言質を取ると、玉藻はしてやったりな笑みを浮かべてそう言った。


「今日は特にこっちの予定はないから自由にしていいよ」

「ちょっと言葉さん!? このタイミングで言います?」

「よーし、じゃあ決定!」


 ということで空亡は玉藻に連れられ家を出た。 イデアは研究の手伝いがあるらしく、今日は居残りだ。


 そしてたどり着いた場所はフェンスで囲われた四角い大きな箱のような家だった。


「ここは今はもう本来の用途では使われていない倉庫だよ!」


 中に入るとそこには――


――巨大なロボットと、その足元で作業する木霊大地の姿があった。


「ここは木霊の魔道具工房だよ!」


 なぜか玉藻が自慢げに言っている奥で、作業していた木霊の横顔が真っ赤に染まったように見えた。






「これは木霊の作ってるロボ! まだ動かないけどね!」

「へえ」

「……ロボじゃない。 魔道人形だってば」


 空亡が感心した声を出していると、ため息を吐いて木霊が呟いた。


「わっかんないよー! どっちも同じじゃん……ね?」

「いやいや、さすがに別物なんじゃない?」


 さすがに大雑把すぎると空亡が苦笑すると、木霊が何度も頷いて「……うん、近くで見る?」と空亡の手を引く。


 その魔導人形は見上げるほど大きく、近づくと迫力満点だ。

 空亡の倍ほどーー3mほどーーのそれの表面は、子供が作ったとは思えないほどつるとした金属製の質感である。


「すごいね、これ動くの?」

「いや、動かない。 動力源がどうしても手に入らなくてさ。 それにボディもまだ未完成だし」


 木霊という少年は好きなこととなると突如、饒舌になり始めた。


「動力源ってもしかして魔石とか……?」

「そうだよ! よく分かったね! だけど魔石ってとても高価なものだから、お年玉を貯めているけどまだまだ足りないんだ」

「じゃあ私と一緒に冒険者になって、自分で取りに行くとかどう?」

「やだ。 ダンジョンなんて危ないよ」


 玉藻の提案を即答で拒否した木霊はため息を吐いた。


「玉藻ちゃん、いつもこうなんだ。 冒険者になりたいって。 でも冒険者になって成功できる人なんて一握りだし、危ないから止めてるんだけど全然聞いてくれないんだ。 断ってもしつこく誘ってくるし」

「そ、そっか。 大変なんだね……ところで木霊くんはさ、なんで魔道人形を作ってるの? 単純に趣味とか?」


 初日の物静かな印象とは打って変わってぶつぶつと愚痴っていた木霊は「そんなの決まってるよ」と瞳を輝かせた。


「ロマンだから」

「そっか、ロマンか」

「うん」

「なになに~? なんか男同士で頷き合っちゃって……私も混っぜろー!」


 玉藻が飛び込むように男子二人の間に割って入り、強引に肩を組み弾けるような笑みを浮かべるのであった。


「そういえば今日日曜だけど、旅館の手伝いがないの珍しいね?」


 木霊が思いついたように言うと、玉藻は舌を出して笑う。


「てへ、サボりです」

「ええ、またー?」

「だって明日から学校だし仕事なんてやる気になんないよー。 面白そうなこともあるのにさ」


 玉藻は空亡の肩を叩く。


「僕は珍獣か何かか?」

「こんな田舎じゃ刺激が少ないからね、ははは。 ところで今更だけど空亡くんっていくつなの?」

「14」

「え、じゃあタメじゃん! 学校とかどうしてるの? 受験とかさー」

「……どうかな」


 空亡は改めて考えてみて、分からなくて曖昧な笑みを浮かべた。


 逃げることに精一杯で、漠然と家に帰りたいとは思ってはいたけれど具体的にこの先どうするか考えもしていなかった。


 本来なら中三で、高校に進学するにしても、就職するにしても将来のために忙しくしている時期なはずなのだ。


「(ダメだよ、そんな突っ込んだこと聞いたら!)」

「いや別にいいよ、木霊くん。 だけど本当に分からなくて、人に話していいことなのかも分からなくて困ってただけだから」

「ふーん、よく分からないけど暇なら私たちの学校においでよ」

「いやいや、そんな無茶苦茶な」

「玉藻ちゃんの無茶ぶり病気みたいなものだから気にしないでね、山本くん」


 中学校に入学する前に空亡は施設に入ったので、玉藻の誘いに実は密かに心が浮き立っていた。


 だけどできない事は分かっているし、そんな暇はないのだと空亡は自分に言い聞かせるのであった。







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