第7話:散策と地元の子




 次の日、空亡はイデアと外を散策することにした。


「お昼までには帰ってきてくださいね~」


 すでに炊事担当として召喚したサキュバスの見送りの声が聞えてくる。


 サキュバスとは本来エロいモンスターであるはずだが、彼女はもはや彼らの母親代わりの姉のような立ち位置を確立しつつあった。


「すごくのどかだな~」

「のどかって何?」


 イデアの質問攻めに答えながらあぜ道を歩く。

 遠くにぽつぽつと民家らしき建物が見えるが、人気は全然ない。


 少し行ったところにここらで唯一の店があるらしく、一応二人はそこを目指している。 しかし目印がないので空亡はさっそく道が分からなくなってしまった。


「うーん、一度戻ろうかな……あっついし」

「ねえ、アレはなに?」


 イデアの指さす方を見ればそこには自転車に乗った警官がこちらに向かってきている姿があった。


「おーい」


 逃げるか、やり過ごすか空亡が逡巡しているうちに警官は二人の前で自転車を止めた。


「こんにちは、君たち見ない顔だね?」

「……実は昨日来たばかりで。 おじさんお家にしばらく世話になることになってて」

「へえ誰だろ? ところで君、若いね。 いくつ? どこから来たの? おじさんは家に居るのかな? そういえば今日平日でしょう、学校は休んでるの?」


 聞く必要があるのか疑問な問いを含めて質問攻めにされた空亡は面食らってしまう。


「いえあの、」

「一応身分証と、おじさんの名前教えてくれる?」


 二人とも身分証は持っていない。

 それにおじさんの名前を見知らぬ相手に教えるのは戸惑われた。 ネット社会の世の中だ。 どこから施設の人間に知れるか分からないし、この人の兄弟親から繋がるかもしれない。


「……」


 そう思うと空亡は何も言えなくなった。


「ん? どうしたの? 黙ってちゃ分からないよ」


 空亡には警官を納得させられる方法は思いつかなかった。 だから思わず、イデアの手を引いて走り出した。


「ちょ、待ちなさい!!」


後ろで慌てた声と共に、


――がっしゃーん


 何かが倒れた激しい音が聞えた。


「あ、落ちた」


 イデアの声に振り向けば自転車と共に田んぼに落ちた警官の姿があった。


「今のうちだ!」

「うん!」


 二人は走って、走って、走った。


 警官も見えなくなって、追ってくる様子も無くて、よく分からないがだんだん可笑しくなってきた空亡は走りながら吹き出した。


「あははは、さっきの見た?」

「見た!」

「コントみたいで面白かったー!」

「コントってなにー?」


 空亡は息が苦しくて、でもなんだか楽しくて、どこに向かっているか分からないままイデアと走り続けた。


 魔力が溢れる。


 施設の時に負の感情とは違うせいか、魔力は風を起こし二人を包み優しく空へと吹き上げた。


「飛んでるー!」


 空を跳ねるように踏みしめて空亡とイデアは空を遊歩した。


 ここら一帯を見渡せる光景は絶景だったが、いかんせんどこまでも田畑ばかり。 いつこの現象が終わるか、そんな不安もあったのでそろそろ降りようとしていた時「おーい」と下から少女の声がした。


「おーい、そこの空飛ぶ少年少女ー! 私もまーぜーてー!」


 空亡はイデアと顔を見合わせつつ、迷ったが彼女の元へ降りていく。


「なんで降りてきちゃうの~?」つまらなそうに言われるが、空亡にはそんな器用なことできないのだから仕方がない。


「僕、魔力操作得意じゃないんだよ」

「うっそだー、魔力操作A判定の私でも空なんか飛べないのに?」

「噓じゃないよ……A判定って?」

「冒険者判定のやつだよ」


 ダンジョンが日本に現れてから、ダンジョンに潜る人たちは冒険者と呼称され、そして冒険者に関する手続きを執り行う冒険者ギルドという組織が生まれた。

 冒険者判定とはギルドが冒険者を志すものに向けて、様々な能力の習熟度を判別できる基準のことらしい。


「それってすごいの?」イデアが尋ねると彼女は自慢げに胸を張った。


「あったりまえ! もう天才よ、天才!」

「へー」

「へーって、あなた反応薄いわね」


 彼女は大げさにずっこけると、これ以上話しても通じないと判断したのかため息を吐いて話題を変えた。


「ところであななたち見ない顔だけど、旅行? それともまさか――」

「いやおじさんちに預けられただけ」

「私は実験の手伝いをさせられるらしい」

「何それ? なーんだ、つまんないのー。 あ、もしかしておじさんって――






――というわけで! 着いてきちゃった」

「連れてきちゃった」


 彼女が言葉万と知り合いだと言って、どうしてもと駄々をこねた結果空亡たちが折れたのだ。


「着いてきたじゃないよ、全く……久しぶり玉藻ちゃん。 僕のことなんてよく覚えてたね」

「はい! マンさんは変わり者で有名ですし、姉や母が時より話題に出してたので」

「なるほどなるほど、お姉ちゃん――日和ちゃんか……懐かしいな。 ともかくこの子たちを送ってくれてありがとう」


 玉藻は空亡たちがカレーを食べた旅館の娘らしく「じゃあ今日は家の手伝いあるから帰るね!」と言って颯爽と自転車に乗っていった。


「さ、ご飯にしようか」


 リビングの方から美味しそうな匂いがして空亡とイデアの腹が鳴る。


 あの施設から逃げたことは正解だったのか、空亡は頭の片隅でずっと考えていた。 しかし正解かどうかは置いておいて、今は楽しい日々を過ごすことができている。


(明日は何が起こるかな)


 だから少なくとも間違ってはいなかったのだろう、と空亡は一人納得するのであった。







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