第6話:帰省とお掃除



***



「ただいまー」


 田舎のとある旅館にスーツ姿の女性がキャリーケースを引きながらやってきた。


「あら、日和ひよりおかえり。 ちょっと遅かったわね~」

「ん? 誰か来てたの?」

「そう、マンくんが来てたわよ」


 獅々田は言葉万=通称マンのいとこであり、子供時代はよく遊んでもらっていた。


 獅々田は万が中学生になる頃に「未知を探しに行ってくる」と言って出て行ってしまってから、ちょくちょく帰ってきていたようだが運悪くすれ違いで会っていなかった。


「なつかし~」

「子供二人も連れてたわよ」

「え?! 結婚したの?」

「預かってるんですって」

「なーんだ、びっくりした」


 獅々田は今年で二十台半ば、そろそろ結婚も意識する年ごろである。

 冒険者ギルドに勤めているが、仕事柄異性との出会いはあるが良い相手とは縁がなかった。


「それであなた、恋人はできたの? そろそろ見つけないと――」

「あーはいはい、分かったから」


 昔は連休の度に実家に帰ってきていたが、毎回コレがあるから嫌になって一年ぶりの帰省である。


「玉藻いる?」

「あの子は出かけてるわよ」

「そっか、とりあえず温泉入ってこよーっと」


 獅々田はそう言って話題を逸らしつつ、逃げるように中へと入っていくのだった。



***



「ここが僕の実家だよ」


 縁側があり、庭があるような古風で大きな平屋だ。


 そして裏には元は畑だったのだろうか荒れた広大な土地が広がっていた。


「広いですね」

「うん、ここから向こうにある山一つまで全部私有地だよ」

「へ?」

「畑はもう使ってないし、山には何もないから存分に訓練に使ってくれて良いよ!」

「僕のことどんだけ化け物扱いするんですか……」


 空亡のジト目から逃げるように万は家へ向かった。


 家の中は埃っぽくて空亡は思わず咳き込んだ。


「どんだけ放置してたんですか……?」

「三年くらいかな?」


 万の両親は現在は町の施設に入っているらしく、他に兄弟もいないので管理する人がいないのだ。


「まずは掃除しますか」

「僕は他に色々やることあるんだよね」


 悪びれもなく言う万に、空亡はため息を吐いて肩を落とした。


「……掃除用具の場所だけ教えてください」

「おっけー! 助かるよ!」





「じゃあやるか」


 掃除用具を装備した空亡の隣ではやる気十分なイデアがソワソワと箒を揺らしていた。


「イデア隊員! まずは掃き掃除だ!」

「はい! 隊長!」


 そして二人はだだっ広い家の中を大掃除を開始した。


 日暮れまであと三時間、そこまでがタイムリミットだ。


 まずは全ての窓を開けて換気しながら、床を掃いて掃いて掃きまくる。


「なんでこんな大きい家なのに掃除機もないんだよ……」

「や! せい! やー!」


 ぶちぶち文句を垂れる空亡と、箒に振り回されながら勢いだけは良いイデア。


 このままでは間に合わないと悟った空亡は、助っ人を呼ぶことにした。


「来い」


 召喚陣から現れたシェイプスターとサキュバスが、空亡の姿を見て首を傾げた。


「こんにちは、空亡様。 脱出成功おめでとうございます」

「なんだァその格好は?」

「掃除を手伝ってほしいんだ」

「おいおい、俺らはモンスターだぜ? いつから家政婦の真似事なんて――」

「承知いたしました。 では私はキッチンをやっつけましょう」

「俺ァやらねえぞ」


 空亡はシェイプスターに強制するつもりはなかったので、三人で頑張ることにして掃除を再開した。


「おい、上のクモの巣はいいのかよ?」

「うん、今日は時間ないから全体を大まかに出来ればいいかなって」

「そうかよ」


 シェイプスターは縁側で横になっていたが、気になるのか空亡の後ろを付いてきている。


「おいおい、そんな振り回してるだけじゃあ掃除できねェだろうがよ」


「ここ埃溜まってんぞ」


「もう見てらんねェ。 貸してみろ」


 ついにシェイプスターはイデアから箒を奪い取ると、実演しながら丁寧に掃除のコツなどを解説し始めた。


「シェイプスターって実は綺麗好きなの?」

「そんなんじゃねえ! 俺は普通だ!」


 しゃっしゃっと、リズミカルに箒を操りながら焦ったような早口でシェイプスターは主張するが、動きが手慣れ過ぎている。


「やっと終わったー!」

「終わったー!」


 家の中を一周して空亡とイデアが喜んでいると、バケツと雑巾を手にしたシェイプスターがどこからともなく現れた。


「あん? これからが本番だろうがよ」

「いやもう疲れたし、日も暮れてきたしさ」

「つべこべ言うな。 やるぞ」


 シェイプスターによる無言の圧に負けた空亡は肩を落として「はい……」と小さく呟くのであった。


「よーし、せっかく長い廊下もあるし、競争でもするかァ? その方がやる気も出るだろ」

「競争するー!」

「……わかったよ! やるよ、やってやるよ!」


 相変わらず何をしても新鮮なのだろう楽し気なイデアと自棄になった空亡は広い廊下を足腰が立たなくなるまで雑巾がけさせられるのであった。





 いつの間にかキッチンの掃除を終えたサキュバスは、買い物から料理まで済ませたらしくリビングのテーブルには料理が並べられていた。


「すごいね、モンスターも料理するんだ」

「はい、集落ではよく炊事をさせられていました。 家事は大体こなせます」


 奥の部屋から匂いにつられて出てきた万はそれを見て驚きつつ、床で横になる空亡を見て眉をひそめた。


「サキュバスというよりシルキーみたいだね……とこころで山本くんはどうしたの?」

「雑巾がけしたらこうなった」

「ああ、なるほど……お疲れ様だね」


 察した相槌をした万は、放っておくことにしたらしく食事に箸をつけた。


「足がぁ、足がぁ」


 うなされるように呟く空亡を見つめるイデアは「カラナの足壊れた?」と心配そうである。


「ああ、壊れたかもね。 でも大丈夫、後で回復魔法をかけておくから」

「それなら良かった……美味しい」

「橋はこう使うんですよ」


 和やかな食事の後、空亡は万から箪笥の奥に眠っていたシップを張ってもらいながら、掃除のときはもう二度とシェイプスターは召喚しないと固く心に誓ったのだった。







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