6-3:武士と家守り


「……で、どうしましょうか。この状況」

「…………」

「何でもいいから答えて下さいよ~。この大きさの爆弾だと教室吹っ飛ぶどころじゃすまないっすよ~」

「……後舎先生に相談することは許されません」

「もう大丈夫ですって! センセーだって先パイのこと責めたりしませんから! あの人が責めるのは自分だけだし!」

「自分如きが先生にそんな気苦労をかけるわけにはいきません」

(もうこの人何言っても曲がんねーなあー!!!!)


 木曜日を飛ばして金曜日の朝。

 結局昨日は学校内をくまなく散策しただけで終わってしまい、このままではマズイと朝七時に化学準備室へ集合となった。

 合鍵を持っているのは円道だけなので寺久保は教室の前で静かに待っていたが、円道が準備室の鍵を開けている時の視線といったら。

 準備室内で改めて爆弾を前にした二人だったが、この爆弾を止めるには残り十二時間で指輪を探し出し、一度指輪を付けた状態で爆弾を手に持ってリセットをかけるか。

 もしくは最終手段として後舎に連絡し、解除方法を聞くかしか残されていない。

 あんなテロリストでも一応高学歴教師であり、自分用の爆弾とはいえ最終手段を用意しているはずだ。コードを切るとかそんな小難しい手段ではなく、リセット用のボタンがどこかにあるはずだが下手に解体するというのは素人には躊躇われる。

 しかし後舎に聞けば早い話だというのに、それでも寺久保は拒んで譲らない。

 こちらが勝手に電話しようものならスマホを握り潰される始末だ。


「先生の第二の寝床ぶっ壊すわけにも行かないっすよ~」

「だから昨日の内に、手あたり次第聞き出せばよかったんです」

「先パイ聞き出すことより指を切り落とすのが目的でしょう!? ダメに決まってるじゃないですか!」

「そんな、ことは」


 言い忘れていたが、寺久保にも危険因子らしい問題点がある。

 彼の気の短さと手の早さは生来のものだが、それだけで彼は刃物を携帯したりなどしない。

 彼の腕力があれば武器など必要ないだろう。

 そしてそれは必ずしも〝切れ味の良いモノ〟ではなくていい。

 切れ味が悪くとも〝人を出血させられるモノ〟であればなんだっていい。

 円道と出逢ったあの日に見せた喜びよう。

 彼は血液性愛者ヘモトフィリアと呼ばれるそれである。


(センセーがいないとすぐにこうだ。つか、センセーが止めたってオレ未だに校内で命狙われてるし)


 だからあまり一緒にいたくない。

 殺されるどころか、このままではただ血を流させる道具としてしか扱われかねない。

 とはいえ今日でやっと留守番も終えられる。

 寺久保による犠牲者を出さず、爆弾もリセットさせ、平和に家に帰りたいものだ。


「じゃあちょっと気になることあるんで、そっちで探してみましょうか」

「?」


 学校中を探しても指輪は見つからなかった。

 あとは生徒への尋問しかないのでは? と寺久保は首を傾げたが、円道はそんな物騒な手段はとらない。

 円道は改まって、寺久保と向き直る。


「先パイ。授業以外はほぼ常にここにいますよね?」

「? そうですが」

「後舎先生がいない間に他の先生が入って来てプリントとか道具とか持ち出したの、覚えてませんか?」

「他の? それは、いつ頃の話ですか?」

「あ~、オレらが月曜から留守番して指輪なくなったの水曜なんで、今週の月曜から水曜まで」


 そう尋ねると寺久保は二、三日前のことを思い出そうと目を瞑り、腕を組んだ。

 誰かが勝手に持って行ってしまったのなら探しようがないが、もし授業時間外にこの準備室に訪れた人間が持って行ったなら特定出来ないこともない。

 寺久保がこの準備室にいた間なら、存在感を消した彼が誰にも気づかれずにその来訪者を見ているはずだ。

 問題は、寺久保の記憶力がどこまでいいかなのだが。


(正直、そこは期待出来ないからなぁ。覚えてればいいけど)


 寺久保の成績は中の下。

 この生真面目で勤勉な性格に反し、勉強は不得意で何に関しても不器用な男である。

 恐らく、脳みそのキャパシティーが足りていないのだろう。

 自分が犯した他人への危害や、後舎以外の人間が何をしたかというのをすぐ忘れる。

 なんとも便利な頭をしているのだ。

 例えば先月、円道に奇襲をかけた際に破壊した一年B組のドアのことを今尋ねてみると、

「ドアの破損? 他の生徒が走ってぶつかったのではありませんか?」

 と真面目な顔をして答えるのだ。しかもとぼけているわけではないのがまた質が悪い。


(流石に今週中だから覚えてると、信じたい)

「火曜日の昼休みに、樋口先生がプリントを取りに勝手に後舎先生の引き出しを開けていました」

「……そんな言い方をしなくても」

「あんな気軽そうに、やはり切っておくべきでしたね」

「…………」


 三学年主任の樋口教師。

 彼女のことだから恐らく事前に後舎に許可は取ってあるはずだが、寺久保から見るとそう見えるのだろう。

 眉間のシワの深さが全てを物語っている。


「樋口先生の様子、ずっと見てたわけじゃないんすか?」

「あまりの不作法に睨みつけていましたが自分に気付くこともなく、引き出しを閉めた時に中のものまで落として、それを拾ったと思ったら勝手に持ち出してしまうんですからふざけた教師です」

「一応先パイのクラスの担任じゃ……ってちょっと待って!」

「なにか?」

「いやいやいや『なにか?』じゃなくて! 〝中のもの落として勝手に持ち出した〟って! それなんじゃないすか指輪!?」


 そう指摘すると寺久保は一時停止した。

 脳内では様々な処理が行われているのだろうが、数分してフム……と頷く。


「後舎先生と揃いの指輪まで手に入れようとは、やはり今から切りに」

「なに責任転嫁してんですか!? 思っきし目の前で見てたのに何で止めなかったかなあ!?」

「……それでは何ですか? 自分が悪いと?」


 そう言ってんですよ! と円道は畳みかけたかったがその言葉は慌てて飲み込んだ。

 逆ギレした寺久保の刃が自分の頸動脈を切ってしまわないように。

 コンパスの針の先を喉元につきつけられたまま、円道は両手を上げて「なんでもありません」と小声で何度も繰り返す。

 寺久保がコンパスをひっこめたところで、話に戻る。


「と、とにかく。誰が持ってったかわかったんですから、どうにか樋口先生捕まえて返してもらいましょう。っていうか先パイがHRで聞けばいいのに」

「お断りします。あの教師は好きではないので、普段も接触しないよう避けているんですから」

「……そっすか」


 融通の利かない寺久保にこれ以上何を言っても無駄なので、円道はあっさり引いてまずは昼休みを待とうと解散した。




 だが、物事とは上手く行くことの方が珍しいもの。


「何でだ~~~~~~!? 『後舎先生の私物だろうし、あなた達に渡さなくても本人に渡すから。指輪なんて大事なもの、生徒に預けられないでしょ?』ってあんのセンセ~~~~~~~」

「だから言ったじゃないですか、自分は〝好きではない〟と」


 円道と寺久保は昼休みに再度準備室に集まったが、予想外の事態となった。

 円道がもしかして……と一抹の不安を胸に、朝のHRと一時限目の間に職員室へ向かい樋口に直接「指輪を返してくれないか」と相談したのだが、返答は先の通り。

 厳しいと有名な樋口だったがまさか融通の利かなさで寺久保と渡り合えるなんて。


「そりゃセンセに直接返してくれるんならそれはそれでいいけど、今ないと困るんだよ~」

「残り七時間ですしね」

「何呑気に飯なんて食ってんすか!?」


 焦る円道とは反対に弁当をつついている寺久保。

 ちゃっかりしそ漬け梅干しをどけていた。


「文句を言っていても仕方ないでしょう? 食べ終わり次第、襲撃に行くんですよ」

「さらりと言う台詞じゃあないですよね!? ベタな不良生徒が殴り込みに行くのとはわけが違うんすからね!?」

「貴方の手間はかけさせませんよ」

「事後処理に手間かかるわ!!」


 寺久保は刃物を手に職員室へ殴り込みに行く気満々らしいが、そんなことをされては文字通りの〝流血沙汰〟になる。ただでは済まないだろう。


「襲撃なんてしなくても、持ち出しちゃえばいいんですよ」

「持ち出す? いつですか? 休み時間は職員室にいますよ? あの教師」

「授業中です。ここが吹っ飛ぶより授業サボって強行した方がマシですから」

「…………」


 ヘヘヘ……と力なく笑う円道を見て、寺久保は珍しく顔をしかめた。


「五限目なら樋口先生は他の授業で職員室を離れますが、他の先生がいますよ」

「だから取りに行くのは先パイにお願いしたいんです。オレは指示するんで」

「……と、いうと?」


 円道は時計を見て昼休みの残り時間を計算し、自分の携帯と寺久保の携帯。

 それから知り合いから拝借したワイヤレスマイク付きイヤホンを机の上に出した。



 ◇ ◇ ◇



『樋口センセーの机まであとどれくらいですか?』

「もう少しで着きます」


 時刻は五時限目の真っ最中。

 職員室には教頭、授業の無い教師が三名、それから寺久保が身を潜めていた。

 人並外れた気配を消せるという特技を持った寺久保に、円道は誰にもバレないように指輪を持ち出す作戦を持ち出した。


「着きました」

『三年のセンセーは皆いませんよね?』

「えぇ、いるのは席の遠い先生ばかりです。見えていないのによく把握してますね」

『いやぁ。ま、ちょっと今日一日中ある奴に樋口センセとかの様子見てもらってたんで……』

「?」


 朝の休み時間に指輪は盗み出すしかないと決めていた円道は、サボり魔である友人に頼んで樋口の動向をずっとチェックしてもらっていた。

 そのため五時限目に職員室へ戻ることはないと確信を得て、作戦を決行したのだ。


「しかし問題があります」

『?』

「両端のドアの傍に先生が一名ずつ、出られるのは真ん中のドアだけです」

『……真ん中かぁ』


 円道は職員室の真向かいにある男子トイレの個室の中で、携帯越しに寺久保と連絡をとっていた。

 携帯をカメラ通話にして、ワイヤレスイヤホンを寺久保に渡して遠隔指示を出しているのだ。

 計算外だったのは寺久保の携帯がまだガラケーで、自分の携帯を貸すことになったことくらい。


『いいや、まずは指輪を確保しちゃいましょう。樋口センセが指輪をしまってたのは一番大きい、浅い引き出しです』

「……よかったですね。鍵はかかっていないようです」


 円道は鍵の確認をしていなかったことに「危ね」と息を呑んだが、寺久保は物音ひとつ立てずに引き出しを開き、指輪をカメラに向けて確認させ、静かに引き出しを閉じる。


「手に入れました。傷一つなく、無事です」

『まぁ樋口センセーですから傷なんてつけないでしょう?』

「だから言っているじゃないですか、あの教師は……」

『……先パイ?』


 言葉が途切れ、呼び掛けても応答がない。

 何だ?

 カメラには映っていないが、まさか寺久保の気に入らないものが目についたりしてないよな?

 そう円道は思ったが、そのまさかだった。


「……ど、どうして……先生の机が」


 後舎先生の机が、樋口の隣なんだ!?

 と、小学生のような動機でキレていた。

 彼の器の小ささが計り知れる。


「ゆ、許せない、どうして!? ……そうか、B組の先生の机は向かいなのか。だからC組の教師の机が」


 怒りに本来の隠密行動を忘れ、寺久保はそのまま何とか机を離そうと机に手をかけて押してしまった。

 ガタガタガタッ! と音が立つ。


『ちょ、ちょっと!? 何してんですか先パイ!?』

「? 何の音だ?」


 もちろん机を動かそうものならそれ相応の音が立ち、教師達が気付いた。

 誰も座っていない机が勝手に動くなどあり得ない現象だ。


「今、樋口先生の机動きませんでした?」

「えー? そうですか?」


 教師の一人が席を立ち、三学年の教師の机に近付いて行く。


『先パイ! とにかくどっか、どっかに隠れて!』


 教師の会話が聞こえた円道は慌ててそう指示を促すが、寺久保からの応答は相変わらずない。

 席を立った教師のペタペタというスリッパの足音がどんどん近づいて来る。

 このままでは寺久保が見つかってしまう。

 カメラの映像も変わらず、どこかに隠れた様子も見受けられない。


『先パイ!』


 遂にカメラから教師の足が見えた。

 しまった、これでもし指輪が持ち出せても教師の机からものを盗み出そうとしたのだから、説教だけで済むとも思えない。

 もう半月と少し待てば夏休みだったのに。

 これで、休みはおじゃん……。

 そんなことを考え、円道は頭を抱えた。


「? 誰の携帯だ?」

『え?』


 カメラからは携帯を持ち上げられる映像が映り、教師の顔が見えそうになったところで慌てて円道は通話を切った。

 こちらの映像は向こうに見えないが、通話しっぱなしの携帯というだけで怪しまれてしまう。

 通話終了にすれば教師も自分がどこか押したか? と勘違いしてくれるだろう。

 そう思いたい。


「ば、バレてないよな……? でも、先パイはどこに」

「円道さん」

「おわっ!?」


 個室トイレの上から覗き込んで来る寺久保に円道は飛び上がった。

 全く無関係の生徒ではなくてよかった。


「て、寺久保先パイ。どうやって?」

「ちゃんと持ち出しましたよ。指輪」


 個室から出て円道は指輪を確認したがそれは渡されることなく、寺久保が大事そうに自分のポケットへとしまった。


「それでは準備室へ向かいましょう。途中で他の先生に見つからないように」

「そ、そうすね。……いや、ってーかどうやって抜け出したんですか!? 携帯だけ置いてきて! つかあれオレのだし!」

「簡単です。机の下に潜り込み、先生が携帯を拾って自分の席に戻ろうと振り返った瞬間、手頃なものを遠くに投げ、全員がその音のした方を向いている間に出てきました」

「……普通に走って?」

「ドアの開く音でバレてしまいますから、ドアの上の開いていた窓を通って」


 跳ねて、天井を蹴って、瞬時に開いていた窓の隙間をすり抜けて。

 武士ではなく忍者ではないか、と円道は心の中でツッコんだ。

 この人の行動は常識の範囲内で考えてはいけないのだろう。


「さ、行きましょう」

「……指輪なくしませんか? すんげー不安なんですけど」

「どうして先生の指輪を貴方に渡さなければならないんですか。自分が責任をもって持って行きます」

「って言いつつ、なんか嬉しそうですけど?」

「……何を言ってるんですか」


 手洗い場の鏡で一瞬自分の顔を確認して、寺久保はすまし顔に戻ってから急いで外へ出た。

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