6-2:武士と家守り


(センセーに惹き寄せられた、危険因子)


 寺久保がきっかけで、円道は後舎の〝潜在的に犯罪意志を孕む者を惹きつける体質〟を知ることになったのだが、その時はそれどころではなかった。

 まさか危険因子の中でも、後舎に対する崇拝の度合いが異常な人物に命まで狙われるなんて。

 しかし寺久保のその心酔っぷりは良い方向へも転じている。

 後舎の前では他人への危害を自粛し、彼にやめろと言われればやめられる自制心を持っている。

 寺久保と最悪の出逢いをしたあの日から今日まで見て来た限り、彼は裏で後舎に迷惑をかける危険因子達を粛清しているらしいのだ。

 その姿はまるで主に忠実な「武士」だと、円道は心の中で呼んでいる。


(でもやっぱりオレには、どう考えても後舎センセーがそこまで尊敬するような人間には到底……)

「貴方、やはり何か失礼なことを考えていますね?」

「めっそうもございません。……お収めください」


 誰かの忘れ物か、そこにあったシャーペンを寺久保に突きつけられたが、円道が手を合わせて懇願すると寺久保は引いてくれた。

 この場に後舎がいればこうして刃物を取り出すこともないのに。

 彼が不在で、出血させられる道具があればすぐこうだ。

 今でこそここまで攻撃的な寺久保だが、後舎がいる時は打って変わってそれこそ本物の「武士」となる。

 後舎の会話の邪魔をしないように口は一切開かず、後舎が探しているものを即座に差し出し、いつの間にやらお茶まで出される始末(ただし後舎の分のみ)。

 その仕事っぷりを上げるなら、あの中間テストの爆破騒ぎの最中。

 円道が後舎に呼ばれて準備室で密談していた時だって、実は彼もそこにいた。

 爆破で焦げ臭くなった空気を換気する為に窓を開け、もたつく後舎を手伝ってプリントを回収し、円道に手製爆弾の説明をしている時は静かに後舎の鞄を開けて円道に見せていた。

 文字通り、後舎の手となり足となっている。


(あと三日。超絶短気な先パイの気を立たせず、何事も起こさず、生き残れるかなぁ……無理じゃないかなぁ……無理だなぁ)

 ハァとため息を漏らしたが、寺久保はただ静かにペンをノートに走らせていた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、水曜日の放課後。

 授業が終わり円道がすぐに化学準備室へと向うと、やはり寺久保が先にいて教科書を開いていた。

「……先パイ、前から気になってたんですけど。まさかずっとこの部屋にいるってわけじゃないですよね?」

「……」


 案の定、返事はない。

 ですよねーと虚しく笑いながら鞄を下ろし、円道はチェックを始めた。

 ないとは思うが念の為、後舎が懸念していた爆弾のチェックを毎日しているのだ。

 リストは後舎のデスクに隠してあって、そのリストには爆弾を使用したかしていないかが常にメモされている。

 引き出しを順に開けていくと寺久保も席を立ち、円道と同じようにチェックを始めた。

 彼の場合はリスト等なくとも全てを覚えているだろう。


「つーか、センセーいないんなら爆破が起きるはずもないし。チェックしたって意味ないと思うけどな~」

「……」


 そんな独り言をぼやいていると、寺久保が足を止めた。

 何かまたマズいことを言ってしまったか!? と円道は凍りついたが、いつまで待っても刃がこちらに向くことはない。


「……先パイ?」

「……」

「先パーイ? どうかしましたか?」

「……ない」

「え?」


 円道は自分の担当分のチェックを全て終えていた。

 寺久保も爆弾のチェックは終えたようで、引き出しは全て閉じている。

 だが彼は一つだけ、ある引き出しを手にかけたまま固まっていた。

 後舎が「この指輪をつけてないと爆弾は持ち出せない」と言っていた、あの指輪の〝スペア〟が入った箱だけがそこにある。


「え、指輪? 何で? ま、まさか」

「……」

「誰か持ってっちゃった、とかじゃ」

「……許せない」

「? ってちょっと先パイ何早まってんすか!?」


 円道は慌てて寺久保の手を掴み止めようとしたが、まぁなんとも力の適わないことか。

 しかし何としても止めなければならない。

 こんなところで寺久保に自分の腹を切らせてやるわけにはいかない。


「そんなマジで武士っぽいことしなくたって!」

「いえ、これは自分の責任です。この引き出しの担当は自分」

「たかが指輪ごときで切腹なんてしたら、後でセンセー責任感じてまたやらかしますよ!?」

「っ!」


 〝センセー〟という言葉が効いたのか、寺久保はしばらく黙って考え込むと渋々手に持っていたシャーペンを机に置いた。

 こんなもので腹を切ろうなどとは。

 後で落とし物として届けに行こうと、円道はそれを自分の鞄へしまった。


「もしかしたら誰かが落ちてたのを拾っただけかもしれないですし、探しましょうよ」

「……落とした可能性なんて、低いどころの話ではありません」

「でもこの指輪のことを知ってる人だってそう多くないですから。それに見た目は普通のシルバーリングだし、普通ならただの落し物だって思いますよ」

「…………」

「爆弾のチェックも終わったし、今から探しに行きましょう。センセーが帰って来る月曜までに探し出せれば大丈夫ですって」

「……わかりました。それでは、貴方の言う通り探しに行きましょう」


 やっと頷いた寺久保によしと円道は拳を握った。

 頭の固い彼を説得するのは大変だが、後舎の名前を出せばまだ簡単な方だった。


(それにしても、あの先パイが冷静になるなんて。相当責任感じてるんだろうなぁ)


 やれやれと肩をすくめると足が何かにぶつかりゴツンという音がした。

 何だろうと見てみれば、それは後舎お手製の時限式特大爆弾。

 去年に実験として作ってみたとかいう奴で、今年の夏にでも広いところで爆破実験をして見たいと言っていたのを思い出す。


「こんなところに、片付けましょう」

「そうっすね」


 そう寺久保が爆弾を持ち上げた時にアレ? とあることに気付いた。

 そもそもこの爆弾は外に出ていないもので、後舎のデスクの一番下奥に隠してあるもののはずだ。

 それを取り出した覚えなどないし、円道がここに入った時には床に出てもいなかったはず。


 ピッ。


「「ん?」」


 ピーピー! と、聞いたことのあるアラーム音が鳴り響き、最悪の事態が起きたことに今更気付いた。


「指輪つけないで持ち上げたからスイッチ入った!? いやでもそもそも誰が引き出しから出した!?」

「指輪をつけずとも、地上三十センチ以上持ち上げなければアラームが鳴ることはなんですよ?」

「そうなの!? いやてかそれタイマーどうなってます!?」

「……残り五十時間」

(えらく悠長なタイマーだなおい!!! ってか待てよ)

「寺久保先パイ」


 爆弾を机に置かせるとブザーは鳴り止んだが、タイマーは依然動き続けている。


「何ですか?」

「爆弾がそこにあるのはオレと先パイだけが知ってて、指輪のことも先パイは知ってて。じゃあ何で持ち上げたんですか?」

「そこにあったからですよ。邪魔ですし」

「そのまましまえばよかったじゃないですか」

「引き出しの奥に指輪が転がっていないかと探して、その時に出してしまったんです」

「で、探したんですか?」

「いえ、爆弾を取り出しただけでまた閉めてしまって……なので引き出しを開けるのにあの爆弾があそこにあると邪魔だったので」

「指輪無くなってテンパってます?」

「自分が? ハッ、こんなことで取り乱すわけが……」

「だったらそのハサミしまってもらえますか!? つか図星だからってオレに当たんないで!!」


 寺久保は、全く冷静ではなかった。

 後舎の大事なものを自分が無くしてしまったと責任を感じて完全にテンパっている。

 思考回路が上手く回っていない寺久保を目の前に、円道は底知れない恐怖だけを感じていた。

 このままでは、彼は全てのことを腕力で片付けようとするぞ……と。


「いいから探しに行きましょう。とりあえず職員室に、ね?」


 涼しい顔をして寺久保は頷いたが、円道は痛くなる頭に手をやって準備室の鍵をしっかりとかけた。




 職員室の落し物に指輪は届いておらず、化学準備室、化学室、科学講義室を大掃除するくらい探しても出て来ず。

 結局校内を歩いて回ることになった。


「……どこにあると思います?」

「わかりません」

「……ちょっとくらい考えて下さいよ」


 舞函高校は西棟と東棟に校舎がわかれており、生徒の教室や職員室は西棟に、他の特別教室は東棟にある。

 とりあえずは化学準備室のある東棟から順に回って行こうとなったが、それでも広すぎる学校だ。

 気の遠くなる作業だが、寺久保の切腹を止めるなら仕方ないことだ。


「あ、あの人達に何か知らないか聞いてみましょうか」


 通りがかった女子生徒の集団を見つけ、指輪なら女子の方が目につきやすいのではと円道は考えた。

 だがすぐ隣で、寺久保はカミソリを構えている。


「だから何してんですか!?」


 走り出す寺久保の背中をなんとか掴み引き留められた。


「離して下さい。あの女子達に違いありませんから」

「何が!? まさか盗んだとでも!?」

「見て下さい、あの指につけている指輪を。きっと間違いありません」

「絶対違うから! そもそもあの指輪のサイズを考えて!!」


 とんだ言いがかりだ。

 女子生徒の集団が通り過ぎるのを待ち、やっと寺久保から手を離せた。


「ホント、手が早いってレベルじゃない。つか、いつか刀でも持ち出して人でも斬るんじゃ」

「何を言っているんですか、あんな重い物を持って人を斬るなんて。それに、刀を持って人斬りをするのは頭のおかしい殺人鬼か、かつての侍だけですよ。現代を何だと思ってるんですか」

「そんな冗談を真剣に返されるとちょっと。……っていうか何で重さなんて知ってるんですか!?」

「我が家にありますから」

「刀が!?」


 スッと立ち上がる寺久保の姿はさながら侍に見えたが、刀は趣味ではないらしい。


「特に目立つこともなく、影に隠れて生き永らえた武家なんです。離れの蔵に刀はまだありますが、もう随分手入れもしてませんし」

「武家」

「そんなことより、早く指輪を見つけましょう」


 正真正銘の武士の血を引いているなんて、そんな面白い情報聞いてないぞ。

 と、円道は色々と聞きたかったが、寺久保がさっさと歩き始めたせいでその話はそれきりだった。

 だが彼の背中を見て真っ先に浮かんだのは、短気な侍が斬捨てご免をする姿だった。


(……つか今の情報って、マイナスにしかならない気が)


 その予想は見事的中した。

 それからは指輪を探すというよりも、寺久保が無差別に人を切ろうとするのを止める方がメインとなってしまったのだ。

 指輪をしている女子生徒や教員を見つけるや否や走り出し、指輪の話をしている人がいればすぐに力尽くで聞き出そうと走り出し、あまりにも邪魔をするのでと反対に追いかけられたり。

 まともな収穫がないまま、その日を終えてしまった。

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