5-4:人形師と人形泥棒


 一軒家が立ち並ぶ住宅街に伊富貴家と大神家はあった。

 洋風な三階建ては塀を境に鏡のように反転しており、表札も「伊富貴」「大神」と並んでいる。


「円道くんも珠李に頼まれて?」

「まぁそうですね、伊富貴先パイのお母さんにも相談されたって言ってたんで。もう心配かけちゃダメっすよ」

「ん~円道くんにまでそう言われちゃあね。気を付けます」


 それじゃあ、と伊富貴は自宅へ入って行った。

 中から声が聞こえてくるが、恐らくこれから両親のお説教を受けるのだろう。

 学校では「聖母」だなんだと崇められているが、こうしてみるとごく一般的な女子高生の姿だ。


「……さて、オレも遠いけど帰るか~」

「泊ってくか?」

「ん?」


 踵を返したところで声をかけられた。

 あの大神が、何と……?


「面倒なんだろ? 一泊くらい平気だ。それに氷樫さんにもちゃんと礼しとけって言われたし」

「……い、いいんですか?」

「俺の家でよけりゃな。お前が仲良くもねー奴の家に泊まろうっつー図太い神経してんなら……」


 その言葉に応えるように、円道の腹がぐ~……っと長く鳴る。

 寝床と飯を目の前にして、答えは決まっているらしい。


「オレ……睡眠時間削られんのが一番嫌なんだよ。こっからなら学校近いし超助かります!」

「いつも一緒に登校してるダチとかはいいのかよ」

「あいつオレが遅れると置いてっちゃうしいいよもう!」

「嫌われてんだよ」

「それはねーよ」


 円道はそのまま大神家に流れ込んだ。

 そして大神の親はというと、息子が友達を連れてくることが大変珍しいようで円道は手厚い歓迎を受けた。




 だが予想だにしない大問題もまた、円道を手厚く歓迎する。


「…………あ、あの……大神? こ、これが……お前の部屋、なの?」

「あぁ。散らかってはねーだろうから適当に鞄とか置いとけよ。明日のシャツだけ貸せばいいか?」

「え、えぇ……どうせ一日くらいだし」

「そうか。……? 何だよ、早く入れよ」

「……はい」


 彼の部屋のドアにはプレートがかけてあり、「無断立入禁止」と書かれてあった。

 おそらく彼の親は年頃の息子だし、彼の言う通り部屋はきちんと整頓されているから入る必要がないのだろうと判断して部屋に入らないのだろう。

 だが、いやいやコレは流石に見るべきだ。

 お宅の息子の趣味くらい把握していてもよいのではないか? と円道はアンテナを探してテレパシーを送った。


「な、なあ。オレの今日の、その、寝床は?」

「? ……そこに布団敷くから、ベッドがいいんなら俺の使えよ」

「……そ、そうか」

「何だよ。空き部屋はあるけど物置になってるぞ。そっちのがいいならお好きに」

「い、いえいえ! 滅相もない! お世話になります……」


 さてと円道は大神の部屋へ入り、素敵なドレスを着たトルソーと対面した。

 棚にお行儀よく並ぶ球体関節人形達、勉強机の端っこに座っている可愛い人形、そして部屋の隅にある紙袋をこっそり覗くと、まだ新品の女性ものの服がいくつか入っている。

 ふむ……何だろうか、この部屋は。

 大神氏に女装趣味でもあったのだろうか。


「あぁ、それか? 今面接期間で早帰りだろ? ブラついて見つけた店でいいのがあったからな、買ったんだ」

「……伊富貴先パイに?」

「当たり前だろ。俺が着るってか?」


 頭大丈夫か? という目で見られたがそっくりそのままお返ししたい気分だ。

 トルソーの着ているドレスはまだ針が刺さっていたりするのできっと製作途中なのだろう。

 ……何で?


「あのさ、大神。今日巳波さんから聞いた話、覚えがないとか言ってたけど」

「あ? ……あー確かに覚えはない。あの女のこととかもな。だが伊富貴に色々ものをやってるのは確かだ」


 鞄を持つな、いらん筋肉がつくだろうから重い物も持つな。俺が持つ。

 成績が下がったとか聞いたがそれくらい俺が教える。だけど頭の良さはほどほどにしろ、可愛げがなくなる。

 言葉遣いには気を付けろ、誰が聞いてるかわかんねーんだし言葉一つで性格が変わる。

 私服を買いに行くから付き合ってくれ? 時間かかるのは嫌だから、俺が選んでやる。自分が選んだのじゃなきゃ嫌だってんなら、俺が金を払ってやる。

 姿勢悪くなってんぞ、しゃんとしろ。姿勢悪く歩く女はみっともねーぞ。

 何でもかんでも俺がやりすぎ? 何でもしてもらえるような上品な女になれ、そういう女の方が女らしくていいんだよ。


 女らしくしろ、こうしろ、ああしろ、コレを持て、コレを好め、コレを身につけてこういう生活をしろ。

 そうすればイイ女になれる、俺好みに仕上がる。

 これが、大神瑠真という男の中身である。


 まるで人形をその手で作り上げるように、着せ替え人形を扱っているのではなく、中身から自分の思うがままにしたいと思っているのだ。

 その結果が、今の「聖母」と呼ばれる伊富貴を作り出していた。

 ただ彼女の性格が良いだけなら、そんな大層なあだ名など付きはしない。

 彼女の外見、立ち振る舞い、言葉遣い、大人しめでお淑やかで、男が守ってあげたいと思うような〝理想の女性像の完成形〟なのだ。

 円道は大神のこういう面を知っていた。

 初めて会った時、「アイツに何か用か?」と尋ねられて、その直後に伊富貴が合流し、彼女と大神のやり取りを見ていてうっすら感じていたが、日が経つにつれそれははっきりと認識出来た。

 だから、恐らく巳波は確かに大神に一時期だけ仕立てられていたのだろう。

 だが、彼女の器では足りなかった。

 大神の求める〝理想の愛する女性〟には届かないと判断されのだ。


「このドレスは自分で作ってるのか?」

「あぁ、服飾部に頼まれて、文化祭でコンテストをやるらしくてな。モデルを愛に頼みたいとかで、だったら他の奴にやらせるわけにもいかねーし。変なの着させられねーだろ?」

「そ、そう……ですね」


 人形偏愛症ピグマリオンコンプレックス

 彼にぴったりの言葉だろう。

 人形を愛するのも該当するが、女性を人形のように扱い、自分好みに仕立てていく。

 そういう人間を指し示す言葉でもある。

 この部屋にある人形達は、どれも似通ったタイプの服を着て、似たような髪型をしている。

 それらを見ていると、嫌でも脳裏に伊富貴が浮かんだ。


「大神さ、本当に人形好きなんだな」


 なるべく苦笑いにならないように、と円道は気を付けてそう言った。

 それを聞いて、大神は手近にあったドールを一つ手に取るとその小さな頬を親指で優しく撫でた。


「……あぁ。可愛いだろ?」


 円道は頷く以外の動作を考えられなかった。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、巳波が補導対象となったことは学校にも連絡が行き、それに関わった円道・大神・伊富貴も呼び出される対象となってしまった。

 だがここは教師陣に顔が通じる伊富貴。

 彼女が何とか上手く丸めてくれて、教師からの説教は予想の半分以下となり早々に解放された。

 円道は昨日の報告もあるので生徒会室に来ていたが、大神の姿はそこになかった。


「そうか。瑠真に関係のある者の仕業だったわけか、全く」

「て言いながら笑ってますけど~? 会長サマ」

「アイツが困ることなど中々ないからな。お前も楽しめたんじゃないか? 円道」

「冗談やめて下さいよ。巳波さんが悪いのかと思いきや、大神も今回の原因の一部だったし」

「一部どころか、アイツのあの性格のせいで今回の事件は起こったんだろう?」


 その氷樫の言葉を聞いて円道は目を丸くした。


「知ってるんですか? 大神の、……あの部屋」

「あぁ、知っているとも。瑠真が愛にご執心なのも、哀れな人形師(ピグマリオンコンプレックス)というのもな」


 涼しい顔をしてコーヒーを啜っているが、やはり氷樫からしたら大神も可愛いものなのだろうか。

 円道はわからん、と窓の外を眺める。校庭では数名の男子生徒がサッカーをしていた。


「害はないから放っておけ。アイツには愛を渡しておけば無害な男だ」

「そういう伊富貴先パイだって、人形もの扱いじゃないすか。イイんすか?」

「愛だって知っているぞ?」

「はあ!?」


 てっきりただの被害者かと思えば、なんと承諾の上とのこと。


「言ったろ? 愛は『聖母』と呼ばれているんだと」

「……そうですけど」


 全てを受け入れ、赦し、慈悲を与える聖母。

 ただ伊富貴と大神の仲は普通だし、伊富貴がそんなしたたかな人間と考えるのもイヤなものだ。


「当たり前だと思っているんだ。外から茶々を入れるものではない。放っておけ」

「……そう、ですか」

「あぁそうだ。人形師には人形だけ渡しておけばいいのさ」


 再び窓の外に目をやると、校門付近に大神と伊富貴がいるのを発見した。

 大神はまたいつも通りに伊富貴の鞄を奪い取って、伊富貴はありがとうと頭を軽く下げている。


(人形師には、人形を)


 巳波が大神に過去に言われたという言葉。


『俺、心に決めた人いるから』


 てっきり、これは伊富貴のことを指しているんだと思っていた。


(心に決めた人……って、それ)


 大神の部屋にあったトルソーを思い出す。

 作りかけのドレスには、既にアクセサリーと靴が用意されていた。


 人形師の言う恋人というのは、頭の中にしか存在しない。

 現実に存在するその恋人というのは、もしかしたら人間ではなくて。

 “人形という器”でしかないのかもしれない。

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