5-3:人形師と人形泥棒


「このえんぴつ、使って」


 少女はそう言って渡されたえんぴつを受け取り、それを渡して来た少年の顔を今一度見た。

 そのえんぴつは女の子用の可愛らしいプリントがされていて、きっと彼が間違って買ってしまったのだろうと初めは思ったのだが、そうではないと早くに気付くこととなる。


「この消しゴム使って」

「うん」

「このヘアゴム使って」

「うん」


 そう言って少女の持ち物は次々と少年に渡されるものに染まっていった。

 だがその持ち物は統一性がきちんとあり、どれも可愛らしいものばかり。

 それも少女誌の付録で付いて来る限定のものまで入っていたりした為、周りの女の子からうらやましがられたりした。

 だが、少女は羨ましがられることに喜びを感じたことはなかった。

 少女は純粋に、その少年のことが前から好きだったのだ。

 好きな男の子からもらえるプレゼントは喜んで大事に使うし、給食中に「パンはちぎって食べて」と言われたらそれに従った。

 そうすることで母親からも「お行儀がよくなったわね」と言われるようになったし、先生からも女の子らしくなってきたねと言われた。

 少女はどちらかと言えば教室内でも整った顔をしていたし、きっとアイドルにもなれるよと言われたこともあった。

 それは子供達の間での話で終わらず、少女は何度か子供向けファッション雑誌のモデルをしたこともあるほど、可愛らしい女の子だったのだ。

 だから彼もそんな彼女を好いて贈り物をしてきてくれるのだと、そう思っていた。

 しかしある時を境にそれはぱったりと終わってしまう。

 何がきっかけとか、喧嘩をしたとか、そんな特別な節目はなく、唐突に。



 ――やっぱり、きみじゃダメだ



 そんな言葉を境に、少女は少年から相手にされなくなってしまった。

 少女はずっと前から少年を好きだった。

 それでも彼に告白が出来なかったのには理由があって、それがやはり立ちはだかったのだ。

 少年の幼馴染という、ひとつ上のおねえさん。

 たった一つ上なだけだから、小学校ではよく見かけたし、凄く美人なおねえさんだったので少女もよく覚えていた。

 何より、少年はそのおねえさんのことばかりを見て、おねえさんにばかりついていって、遊ぼうと誘えば「█姉さんと遊ぶからダメ」と必ず断られる。

 少女はそのおねえさんと自分の何が違うんだろうと疑問に想い、我慢出来ずにこっそりランドセルの中や机の中を見てみた。

 すると驚いたことに、おねえさんの持ち物は、少女が少年から受け取った物とまるで同じだったのだ。

 そして別の日にこっそり二人が会っているところを見かけると、少年はおねえさんに贈り物をしていた。


「これ、使って」


 と、聞き飽きたその言葉を言って。

 おねえさんは当たり前のように「ありがとう」と受け取って、すると少年は嬉しそうに笑って……。

 少女はただ茫然と、その光景を見ていた。




 中学校は小学校からの持ち上がりになるので、やはり少年と一緒になり、なんと三年間も同じクラスになれた。

 想いを諦めきれなかった少女は今度こそと思い、友人にも相談して想いを伝えようと頑張ったものの。


「俺、心に決めた人いるから」


 と、報われることはなかった。

 それどころか少年はこちらの目を見て話すことはなく、呼び出して告白をしても、少年はあのお姉さんを見つけるや否や駆け寄って行ってしまうし、手紙を忍ばせてみてもお姉さんを見かければそれをその場に落として行ってしまうし、友達伝いに告白してもまたお姉さんを探して目を動かすし。

 友人達からはあんな奴もう諦めろ、何がいいんだと言われたが、少女は気持ちの切り替えに不器用だった。

 彼を目で追ってしまうし。そうすればお姉さんとのツーショットが目に入る。

 それに……あの贈り物は、まだ繰り返されていた。

 そこで、あることに気が付いた。

 お姉さんの持ち物は、全て少年からの贈り物だということを。

 彼はもしかしたら自分の望んだ物を使ってくれる女性、望んだ姿をしてくれる女性がいいのではないか?

 つまり、自分好みに仕上がっている女性というのが好きなのか?

 そういう男性がいるのは知っているし、いわゆる束縛タイプなんだと少女は思った。

 もし、そうだとしたら……。

 そうなんだとしたら、私が彼の好みになって、彼の望むような姿……そう。

 あのお姉さんのようになれば、私にも気を向けてくれるかもしれない。

 だからまず私がお姉さんのように、そっくりそのままになって、……そうして。

 お姉さんが彼の望まない女性になれば、おねえさんは用済みになる。



 ◇ ◇ ◇



「だから、大神君と同じ高校を選んで、伊富貴さんと同じ姿になって、大神君は人形が大好きっていうから……きっと人形みたいに、人形になれば私を選んでくれると思って」


 円道はそこでやっと違和感に気付いた。

 そうだ、この巳波という少女の顔の違和感は、顔が不自然に整い過ぎているのだ。

 まつ毛が長く、肌は白く、まるで陶器のようで、人形そのものの様なんだ。

 整形は悪いことではない。

 円道だって別にそれは個人の自由だろうと思う方ではあるが、彼女のそれは気味が悪いものだった。


「も、もしかして巳波さん。伊富貴先パイを夜に連れ回してたのって、まさか」

「大神君はね、夜遊びする女性って嫌いなのよ。ちゃんと夕方六時には家に着いて、お夕飯をお母さんと作って、八時にはお風呂に入って十時には布団に入る。そんな女性が好きなの」


 フフ、と笑う巳波の顔に〝人工的な表情〟が浮かんだ。

 円道はゾッとして後退りしたが、大神は平然としたまま何のリアクションもとらない。

 巳波は自分の前髪を指先で整えると、大神へと改めて向き直った。


「ね、大神君。私ちゃんと綺麗になったんだよ? もしこれでも足りないって言うならもっと綺麗になるし、出来れば大神君に言って欲しいの。大神君が望むなら、私はどんなことでもするわ」


 だから、と巳波は大神へと手を伸ばした。

 が、パシンという音が彼女を拒む。


「さっきから何言ってるかわかんねーけど、何の話だ?」


 とぼけている素振りはない。

 しかし、巳波の表情は凍り付いた。


「小学校の頃に俺から何かもらっただとか、中学ん時に告白? しただとか。だから、記憶にねーって」

「……え? でも大神くっ」

「テメェが誰なのかは知らねーけどな! ……何勝手にコイツ巻き込んでんだよ」

「……何で」


 大神からの完璧な拒絶にとうとう巳波はその場に崩れ落ちてしまう。

 大神の後ろでは伊富貴が「何の話?」と不思議そうにこちらを見て来たが、恐らく距離が遠くて全ては聞こえなかったようだ。

 何も知らない方が幸せですよ、とだけ円道は伊富貴に頷く。


「いい加減帰るぞ。何時だと思ってんだ」

「え、いや……だから巳波さんは」


 時計を確認するともう九時を回っていた。

 いくら高校生とはいえ、何の用事もなく繁華街をフラついているのはマズい。

 大神は伊富貴の背を押して歩き出す。

 円道は巳波を置いて行くわけにはいくまいと、彼女に声をかけた。


「巳波さん。何か、ちょっとあれだけど、オレらも帰ろう?」

「……れば」

「?」


 街灯の光に反射して、彼女の手元で何かが光った。

 そして円道の横をすり抜けて巳波は大神達に向かって突進していく。


 ――あなたさえいなければ


「大神!」

「?」


 円道に呼ばれて振り返った大神もソレを目にする。

 巳波の手には折り畳み式の小型ナイフが握られていた。

 それは真っ直ぐ、伊富貴の背中に向かっている。


「愛!」

「え? わっ」


 ドン、と背中を押すのとナイフを叩き落とすのが同時だった。

 よろめく伊富貴の足元にカランカランと軽い音を立ててナイフが転がり、大神は相手が女というのもお構いなしに巳波の腕を捻り上げていた。


「いっ」

「テメェ大概にしろよ!? アイツに何する気だった!?」


 頭をアスファルトに押さえつけられる巳波はそれに負けじと、今まで我慢していたかのように声を張り上げる。


「だって! あの人さえいなければ私がっ、私が代わりになれたのに!」

「アイツを殺して見ろ。絶対に、お前を殺してやるからな」

「ちょっ、大神! それ以上は!」

「そ、そうよ! 瑠真くん離してあげて!」


 メリメリと骨の音が聞こえて来て円道は慌てて止めたが、伊富貴も大神の後ろから加勢してきて何とか大神を落ち着かせる。

 すると遠くからコツコツという足音が聞こえて来た。


「先程通報したのは……って、何してるんだ君!?」

「お、グッドタイミング」


 警官二人が大神と巳波の姿を見てすかさず間に入ったが、転がっているナイフも発見され、そのまま二人は引きはがされる。

 ホストクラブの前にいた伊富貴と巳波に声をかける直前、円道が警察に「高校生が繁華街の方で遊んでるのを見かけたんですが」と通報しておいたのだ。

 補導対象になるか微妙なところだったが、こんな事態になってしまえば警察も見過ごせないだろう。

 最寄りの交番が駅の反対側にあるので時間も稼げてよかった。


「このナイフは、誰のかな?」

「私のよ! 返して!」


 激高した巳波がそう口走ったせいで、全員そのまま警官について行くことになってしまった。

 円道はまさかただのお使いのはずがと途方に暮れたが、そんな彼の背中を伊富貴が仕方ないわよと押していく。

 結局、自由になった時には夜十時を過ぎてしまった。


「これから帰って、飯食って、でも明日も学校があるわけで……」

「円道くんは電車だっけ?」

「はい。電車で三十分、駅から家まで自転車で三十分……」

「あら、遠いわ……」


 言の顛末を要約して警察に説明するのは円道の役目だった。

 どうして自分がとも思ったが、巳波や大神に説明出来るはずもなく、伊富貴もナイフがそもそも自分に向けられていたと気付いてもいなかったので、必然的に役が回って来てしまったのだ。

 ナイフ所持と伊富貴を連れ回していた張本人である巳波は親を呼ぶことになり、円道はじめ三人は帰されることが許された。

 徒歩通学である大神と伊富貴はここから家まで歩いて二十分。

 とりあえず、任務遂行の為に円道は彼等に付き添って伊富貴宅へと向かっている。

 大神から「送るのが当たり前だろ」と言われてしまったのだ。


「もうあの女とは関わるんじゃないぞ。氷樫さんに今回の件も頼まれたんだからな」

「え、珠李しゅりが? ……後で怒られちゃうな」

「それに、俺だってこういうのは好きじゃない。もしどっか行きたいんなら俺に言え」

「……そうね、ゴメンね。瑠真くん」


 大神と伊富貴が隣り合い、その後ろを円道が着いて行く形。

 大神は伊富貴の鞄を持ち、彼女を道路側にしないようあっち行けこっち行けと言うが、全て彼が勝手にしていることだ。

 ここまで見せつけられるとわざとなんじゃないかと思うも、大神曰くは「当たり前」のことらしい。


(それはオレもやって当たり前だと? いやでも大神のことだからアイツの中では当たり前であって?)

「あ、着いたわよ。円道くんこんなところまでありがとう」

「え? あ、いやー別に」

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