5-2:人形師と人形泥棒


 初めに大神のプランを聞いた時、円道はきっと「そこを見てみて伊富貴達がいなかったら、次の場所に移動しよう」というような捜索プランかと思っていた。

 しかしゲームセンターに入るや否や伊富貴を早速発見し、そして次にはカラオケに流れて夕食時になるまで飲食店をフラつきながら時間を潰すコースとなった。

 これは大神が仕向けたことではなく、ただ伊富貴を男二人が尾行しているだけだ。


「次はって、居酒屋? あんなの女子高生二人で入るのもどうかと思うけどなぁ」

「……」

「なあ大神、どうする? オレらも中に……って何見てんの」


 伊富貴達にバレないようにと尾行して来たが、居酒屋に入られたところで円道達は一旦足を止めた。

 というか大神がある雑貨屋のショーウィンドウに捕まって足を止めたのだ。

 その店はアンティーク系の雑貨屋らしく、ガラスの向こうにはハンドメイドと思われる値段のついたウサギの人形が置かれている。


「……その欲しいの?」

「いや、いいなとは思ったが。これくらいなら自分で作れるなって思った」

(作れるの!?)


 シックな西洋風の服に身を包んだウサギが静かにこちらを見ているが、大神はそれをふむふむと見るだけで、どうやらただ観察していただけのようだ。

 しかし周りの目も気にならないというのは凄いなと、彼の集中力と熱意に円道はただただ感心するだけだった。


「本当はあの奥のとか、愛に似合うと思ったんだけどな。今はアイツら追わねーとだし」

「奥のって、……あの靴?」

「あぁ」


 まるで童話の中に出てくる女の子が履きそうなかわいらしい靴が奥に置かれていたが、やはり値段はそれ相応。

 それを似合うからという理由で買おうとするなんて。


(何食わぬ顔で言えるって、かっけーなぁ)

「居酒屋入ったんだろ? 多分少ししたら出てくるから、しばらくここにいるぞ」

「わかった」


 そう言うと大神は飲み物を買ってくると近くの自販機へ向かった。

 円道は一人残されたが、日は沈み、段々と人通りも増えて来ている。

 それにここからは飲食店が連なっているのでサラリーマンの数も増えて来たし、OLもちらほらと見れる。


(ゲーセンではプリクラとアクションゲーム、カラオケには二時間入って……それからは食べ歩きと、あんまり女子が入らなさそうな店ばっかり。……だから〝おかしな友達〟なのか?)


 伊富貴が率先して遊び歩いているわけではなく、同行している人物があっちへ行こうこっちへ行こうと連れ回しているだけだった。

 その人物は同じ舞函高校の制服を着ていたが、円道には覚えのない女子生徒。

 円道の抱く伊富貴のイメージは大人しく、お淑やかで大人な先パイというものだ。

 そのせいもあって〝友達〟に連れられてあちこち歩き回る彼女の姿は新鮮にも見えたし、正直似合わないなとも思った。


「でもオレがただそう思ってるだけで、私生活とのギャップってだけもあるし。決めつけは良くないのかなぁ」

「いいや、あれはギャップなんかじゃねーよ」


 帰って来た大神は冷たいお茶で喉を潤していたが、やはり自分の分しか購入していなかった。

 自分の分も買って来てくれるかな? と円道はほんの少し期待していたが駄目だったようだ。

 残念そうに項垂れると大神に「頼まれてねーし」と冷たく返される。


「愛は調理部で、図書委員で、他に学校に用のない時はすぐ家に帰るし、食べ歩きなんてしねーよ。外に出る時も一々私服に着替えるしな」

「あぁ、いつも一緒に帰ってるから知ってるのか」

「そもそもアイツがどっか寄り道しようもんなら変な虫が寄って集るからな。俺が許さねー」

「……なるほど。流石っす」


 伊富貴を連れ回している人物に大神も覚えがないらしく、結局どのようにして伊富貴と彼女が知り合ったかは全く分からず仕舞いとなった。

 委員会か、もしくは部活で知り合ったのだろうか?


(でも会長サマも知らないって言ってたしなぁ、まさか校外で知り合ったとか?)


 そう考えていると伊富貴達が居酒屋から出て来て、そのまま駅とは反対の方向へ進み始める。

 それを見て円道達も距離を保ったまま後を追い、どんどん賑やかな飲食店通りの方へと突き進んでいった。

 氷樫にも「出来るだけ今日中に別れさせてくれ」と頼まれていることもあり、もうそろそろ合流しなければならないのだが、まだこれと言って声を掛けるタイミングを迎えられていない。

 道中、追いついて声を掛けることも出来たがそれでは唐突すぎるし……。

 もっと遅い時間になっても帰らないようであれば、「こんな時間まで遊んでいるんじゃない」と注意しながら声をかけるつもりだ。そうすれば怪しまれることはないだろう。

 それに、今の状態ではあの伊富貴を連れ回している人物が〝悪い友達〟とは断定出来ない部分もある。


「でもどうやって声かける? もう八時だし、九時になったらとか?」

「いや、このままこっちに行くってんなら引き留めるところがある。そん時でいいだろ」

「引き留める?」

「あの女がどこまで顔が通ってるかわかんねーけど、とにかく愛が入ったらマズいとこに通じてんなら」

「……通じてたら?」


 ギリッと音が聞こえた大神の拳を見ると、手の甲に血筋が浮いていた。

 円道はそれを見て全てを悟り、それ以上は聞くまいと口を閉じた。



 ◇ ◇ ◇



巳波みなみさん、もうそろそろ帰らないと。時間ももう遅いし」

「何言ってんですか。夜はこれからじゃないですか!」

「で、でもわたし達まだ高校生だし。それに巳波さんだってまだ一年生……」

「あ、ここですよ。ここ!」


 巳波にそう言われて顔を上げると、その看板は見るからにホストと類される店のものだった。

 入り口付近には「OPEN」という看板も出されており、スーツを着た男性達が呼び込みの準備をしている姿が見える。


「み、未成年でしょ!? それに、わたしはこういう場所に来ると、あの子が」

「でも伊富貴さんだってまだ来たことないですよね? 伊富貴さんの知らない場所を色々案内するっていう約束なんですから~」

「それでも! ……そもそもわたし達制服だし」

「私の知り合いがいるお店なんです。だから顔パスですよ。変なお店じゃないですし」


 そう巳波に笑顔で言われてしまうと断りづらく、彼女のせっかくの案内なんだし……無下にするのはいけないのかしら、と伊富貴は彼女の手を取ろうとした。

 だが、それを遮るように伊富貴の腕が掴まれる。


「どこに行こうってんだ? 愛」

「りゅ、瑠真くん……!」

「流石に高校生がホストに行くのはマズいでしょ~先パイ」

「円道くんも? え、どうして」

「ま、とりあえず話はこっちで」


 そう円道が先導して巳波という女子生徒も一緒に店の前から離れた。

 通りを外れれば静かなもので、人通りも急に減る。

 ここなら静かに話し合いも出来るはずだ。


「愛、コイツは誰だ? どこで知り合った?」

「巳波さん? えっと、何て言うかな。部活伝いで、他の子を通して知り合って」

「人伝で?」

「そう。でも確か巳波さんってA組の子だから、瑠真くんと同じクラスのはずよね?」

(何だって?)


 それを聞いて円道は巳波へと視線を移した。

 放置されている彼女は邪魔をされて機嫌を損ねているかとも思ったのだがそんなこともなく、彼女は大神だけをじっと見ていた。

 その顔はどこか切なげに見えて、思わず声をかけたくなるものだ。


「大神、知らないのか? 彼女のこと」

「知らん」

「そ、そんな……大神君!」


 大神の即答に更に眉をひそめて、巳波は思わず彼の背中を掴んだ。

 だが大神は鬱陶しそうにその手を振り払い、伊富貴に少し離れているように指示する。

 一方、すっかり輪の外に出されてしまった円道はこの状況が修羅場にしか見えず、ただ一人傍観しているしかなくなってしまった。


「大神君、私だよ? み、巳波……だよ? 小学校の時一緒だったじゃない」

「? お前の顔に覚えはない」

「そんなっ……いや、でもそうだよね。顔は覚えてないかもしれないけど……でも、今は大神君の望むような女の子になったんだよ!」


 どこか必死だった巳波だが、自分を落ち着かせるように深呼吸をして改まって大神をじっと見た。

 しかし、その姿を見て円道は奇妙な違和感を抱く。

 彼女のことは知らないはずなのだが、どこかで見たことがあるような気がする……と。


(……待てよ?)


 明るい茶髪を肩まで伸ばし、それを緩く巻いている。

 制服はきちんと着ていて、スカートは膝より少し高め。

 黒のハイソックスに、あるブランドのこげ茶色の革靴。

 持っている鞄のメーカーも、リボンをしっかりつけているのも、その素振りも何もかも。

 巳波は伊富貴とそっくりなのだ。

 相違点があるとすれば生まれつきの顔立ち、声、身長くらい。

 だが巳波の顔を見ると不自然さを感じてしまうのだが、それは上手く言葉に出来ない不自然さだった。


「ね? 今の私なら大神君が好きな女の子でしょ? 持ってる服だって、好きな色だって、好きな食べ物だってちゃんと直したし、生活リズムとか普段のマナーとかも直したんだよ? どう? 大神君」


 可愛らしい笑顔でそう巳波は尋ねるが、大神は何のことかさっぱりという顔だ。


「だから、お前は一体誰だ?」

「……大神君」

「さっきから何を言ってるか全くわからん。それに」


 大神は手を伸ばして、巳波の髪に指を通した。

 巳波は頬を赤らめ緊張して体を強張らせたが、大神は苦々しく顔を歪める。


「こんな手入れの酷い髪で何が〝俺の望む女〟だ。シャツもアイロンがかかってねーし、靴底だってすり減ってる、変な歩き方してるからだろ。メイクも下手くそな癖に何を思い上がってるんだ?」

「……これでも、駄目なの? ……そんなっ」


 ちっ、と舌打ちをして指を通していた髪から手を払ったが、まるで彼女を叩いたかのようにも見える動きだった。

 だがそれを黙って見ていた円道も流石に我慢の限界である。


「ちょっといいか!? 何言ってんだ大神! つかお前どんだけ女子に厳しいんだよ!?」

「あ? 当たり前のことだろうが、お前こそ何言ってんだ」

「いやいやいや女子にそこまで求めんの意味わかんないっつーかお前なんでそこまで髪の手入れとか知ってんの!? その道のプロかよ!?」

「この女が俺の好みがどうとか知った口利くから言ってやったまでだ。表面だけで女見てんのかよお前は」

「いやそんだけ綺麗な女子だったら普通にいいじゃん!? しかも頑張ってるって言ってんじゃん! そんな女子可愛くないの!?」


 女子二人を目の前にこんな話をしていいものかとも気になったが今はそれどころではない。

 こんなにも健気に、しかも聞けば巳波はどうやら大神に振り向いて欲しいらしくてこんな格好をしているそうじゃないか。

 何がいけないんだとつっこまないと気が済まないし、流石に大神の評価基準が高すぎる。

 見ていていたたまれない。


「俺はどう言われようとも、愛以外は論外だ」

「うっわ何その……かっこいい、……その」

「おら、帰るぞ。愛」

「え? えっと、でも巳波さんが」

「こんなのほっとけ。今何時だと思ってんだ」


 大神がその場から離れようとした時。

 ぼそりと誰かの声が聞こえた。

 それがすぐに巳波のものであるとわかったが、その言葉に円道は耳を疑った。

 てっきりここまで言われたのだから恨み言かと思ったがそれは違い、震えた泣き声かとも思ったがそれも違った。

 そしてその言葉はもう一度、彼女の口から吐き出される。


「大神君が……大神君が違うっていうから。私、ちゃんと綺麗になったのに……」


 お人形になろうとして、顔も変えたのに。

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