5人目:人形師と人形泥棒

5-1:人形師と人形泥棒


 人形のお医者さん、というのをご存知だろうか。

 頭、胴、四肢から成るドールを始め可愛らしい動物のヌイグルミまで「人形」と分類されるものが、壊れてしまった時に直してくれる人物のことをそう形容するらしい。

 そして、今一年生女子の間ではそんな「人形のお医者さん」が学年内にいるともっぱらの話題なのだ。

 お医者さんというより、「人形師」と言った方が適切だとは思うのだが。



 ◇ ◇ ◇



 放課後の二者面談を終えて、円道は生徒会室へとやって来た。

 期末テストも迫る時期にどうして二者面談を設けるのかと各所からブーイングが上がるものの、六月の前半は生徒会選挙で潰れてしまう為スケジュールの都合上、こうなってしまうのは当然である。

 面接期間中は授業が午前中に終わるので現時刻はまだ午後二時半。

 面談中の校舎内は静まり、反対に校庭からは運動部の声や中庭からは時間を潰す為にお喋りをしている生徒の声が聞こえる。


「失礼しまーす」


 ノックをして入ると円道はあれと首を傾げた。

 先日の生徒会選挙で見事会長の座を守った氷樫会長の姿はなく、代わりに一人の男子生徒が中央のソファに座っている。

 円道はその顔を知っていた。


大神おおがみ? 何でお前がここに?」

「あ?」

「……何でもないです」


 大神瑠真りゅうま。一年A組所属で、一年生の間では名前が通っている生徒だ。

 円道も彼を知っているし、彼も円道を知ってはいるはずだが特に仲がいいというわけではない。

 その目つきの悪さ、グレーの染髪、ラフな制服の着こなしと目につく多くのピアス。

 絵に描いたような不良生徒。だが無遅刻無欠席。

 服装点検で引っ掛かるくらいだが、注意を受けても頑として大神は聞く耳を持たないとのこと。


(会長サマ、聞いてないっすよ。何で大神がここに)

「おぉ、すまん。ちょうど私も今面談が終わったんだ」


 円道が大神の向かいに腰かけたところで氷樫が生徒会室へ入って来た。

 そして大神と円道の二人がいることを確認すると、話しながら三人分のカップを用意する。

 しかし。


「やりますよ、俺」

「……そうだな、お前の方が上手いし。頼もうか」


 氷樫から大神が代わり、お茶を淹れ始める不良の姿に円道は目を疑った。


「では先に要件を話してしまおう。今日はお前達二人にあるお使いをして欲しいんだ」

「あ、あのー……会長サマ?」

「ん? どうした?」

「あの、平然と交代してましたけど……大神とはどういう関係で?」


 十人中十人が彼を見て「不良だ」というような恰好をしているというのに、あの手慣れた茶淹れは何なんだというツッコミと、それを平然と任せる氷樫も何なんだと。

 聞きたいことが山積みだった。


「大神との関係? ……『聖母』と呼ばれている二年生を知っているか?」

「え? あぁ、伊富貴先パイですよね? たまにお昼被るんで話したことあります」

「あいつと私は中学からの、いわゆる親友という奴なんだ」

(『人殺し』と『聖母』が親友!?)


 舞函高校二大名物生徒、「氷の女王」と「聖母」がまさか親友だとは……。

 笑わない完璧主義者として有名な「氷の女王」こと氷樫だが、「聖母」と呼ばれる伊富貴はほぼ反対に位置する女子生徒だ。

 どんな相談事でも悩みでも、ただの愚痴でもいい。

 誰かに話を聞いて欲しい時は「聖母」に相談すればい。

 彼女に相談したことは全て、好転して上手くいく……と。

 そんな噂が今や学校中に知れ渡っているが、実際のところ彼女には〝信者〟と呼ばれる団体がついぞ出来たらしいと最近耳にした。

 何の変哲もない、人より少しばかり包容力のある女子高生が教祖になってしまうとは、信じがたい話である。


「で、その伊富貴先パイがどういう?」

「私と愛、伊富貴は親友であり、大神はアイツと幼馴染なんだ。家も隣で、幼稚園の頃からだそうだ」

「へぇ~」


 つまり氷樫と大神は間接的な知り合いということなのだろう。

 不良性との関係の説明が終わると同時に、紅茶が三杯運ばれて来た。

 まだ手にも取っていないのに、紅茶のいい香りがここまで届く。


「何だ、また紅茶か。私は愛とは違うぞ?」

「コーヒーを飲む女って嫌いなんで」

「そうか」


 ソファを取られてしまった大神は円道の隣に腰かけたが、今の二人のやり取りに円道は思わず息をのんだ。

 仲も長いんだろうから当たり前のやり取りなのだろうが、冗談を言うなら笑顔で話してくれと思うばかり。

 いたたまれず紅茶を飲んで誤魔化したが、その味に円道は思わず「おぉ」と声を漏らす。


「では、改めて要件に入ろう。今日中にでも動いて欲しいことなんだ」


 カップを置いて、氷樫は足を組む。


「伊富貴が最近、おかしな〝友達〟に引っ掛かったらしくてな。その人物を突き止めて、伊富貴をその〝友達〟と別れさせてほしい」


 それはまるで保護者が言うような台詞だった。

 唐突な話に円道は首を傾げたが、隣の大神は何か知っているのか、露骨に舌打ちをする。


「おかしな〝友達〟っていうと、よからぬ遊びをしてるーとかですか?」

「どこで知り合ったのかは私も知らない。だが、夜な夜な遊びに連れ出されているらしく、アイツの母親からも相談されてな。何か知らないか、と」

「夜な夜なというと」

「最近はその〝友達〟に捕まると、日付が変わってから帰宅するらしい」


 それはマズい。

 華の女子高生がそんな時間に帰宅していいものか。


「瑠真、お前は何か知らないのか?」

「……知ってたらとっくに止めてるっつーの」

「だな」


 機嫌が悪くなる大神はそう吐き捨てたが、氷樫は彼の態度を気に留めることもなく「さて」と仕切り直す。


「そういうわけだ。円道は瑠真と共に、まずは伊富貴の行方を調べてくれ。そして出来るなら今日中に、その〝お友達〟と別れさせてくれ」

「オレはいいですけど、どこにいるか見当もつきませんよ」

「その為に瑠真を同行させるんだ。ま、伊富貴についてはソイツに何でも聞いてくれ。瑠真も頼むぞ」

「当たり前だ」


 大神はそう答えると立ち上がり、鞄を肩にかけて一人生徒会室を出ていった。

 だが、しばらくすると遠ざかっていった足音が戻ってきてじろりという視線が円道に向かう。


「何してんだ、行くぞ」

「え、あ、はい」


 円道が立ち上がったのを確認するとまた大神は先に行ってしまった。

 恐らく先に昇降口へと向かったのだろう。

 円道も自分の鞄を手にして生徒会室を出て行こうとしたが、踏みとどまって振り返る。


「あのー、会長サマ?」

「どうした?」

「オレが使いに出される意味は? 大神だけでよくないですか?」

「何を言ってるんだ、私に恩を売れる機会を作ってやってるんだぞ? 大人しく作っておけばいいじゃないか」

「……そうすか」


 それは確かにと思うが、それを自分で言ってしまうのかとも頭を痛める。

 しかしあの氷樫に貸しを作れるのはとても大きい。

 何か困ったことがあれば、いつでも一回ならお返しに聞いてくれるはずだ。

 ここはお言葉に甘えて大人しくおつかいに行くとしよう。

 そう今度こそ生徒会室を出て、大神の待つ昇降口へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 大神と円道との接点は同学年というだけで、クラスも違えば中学も違う。

 それに交流関係を築くことが好きな円道とは反対で、大神は一匹狼派である。

 それでも、今日までに話したことはあった。

 しかし、その時に円道は大神という男がどういう人間かを知ってしまい、それが原因で円道は彼と接する時に少々戸惑ってしまうのだ。


「でさ、大神。どこ行くの?」

「とりあえずゲーセン。それからカラオケ行って、夜になったら居酒屋のある通りだ」

「……あの通りって、ホストとかホステスがある?」

「だから行くんだよ」


 駅の反対側に行くとゲームセンターやカラオケ店、パチンコ屋から流れて居酒屋に入れる大きな通りがある。

 そちらへ向かって円道は大神の後に着いて行っているが、彼とこうして二人になることは普段全くないので話題や空気に悩まされていた。


(どうしよう。これが会長サマとかだったらまだ気が楽なのに)


 平日の昼間は人通りが少なく、帰宅途中の小学生か舞函高校の制服が目につく程度。

 二人の間にこれと言った会話はなく、円道はただただ息苦しい空気に耐えるだけだったが、この空気を打開する為に先程からずっと気になっていることを聞こうかどうか迷っていた。


(……犬? それとも、オオカミ?)

「オオカミだが何だ?」

「お、オレの心を読まれた!?」

「生徒会室にいた時からあんなにジロジロ見られたら誰だってわかるだろ」

「ス、スンマセン……」


 大神の鞄についているヌイグルミのキーホルダーが彼の歩みに合わせて揺れている。

 決して男物とはいえない、女の子が買いそうなマスコットキーホルダー。

 大神本人が買ったとは決して思えない代物だが、それは彼の外見だけで判断した時の話だ。


「大神ってさ、〝ぬいぐるみ直し〟やってるんだって?」

「一回三百円な」

「あ、いや頼むわけじゃなくて。っていうか金とってんだ」

「何でタダでやんなきゃなんねーんだよ。俺が好きでやるのとは違うんだ」

「その通りですね……」


 一年生女子の間で話題の「人形のお医者さん」とは大神のことを指した呼び名だ。

 その名の通り、人形・ヌイグルミの類であればどんなものでも直してくれるらしい。

 人形好きだという大神だが、彼の鞄にはご覧の通り。

 またロッカーには人形があるらしく、それを見た女子生徒がダメもとでヌイグルミの修復を頼んだところ休み時間で修理してくれたのが発端とのこと。

 先程のお茶といい、手先の器用さというか、見た目に反する女子力の高さが一部の生徒に人気らしい。いわゆる乙メンという奴だろう。

 だが大神自身はそっけなく、言い寄って来る同級生達の相手は全くしないらしい。

 なんと羨ましい話か。


「それは自分で買ったのか? オオカミ」

「いや、これは愛からもらった奴だ」

「……さっきの会長サマの話で気になったんだけど、伊富貴先パイとは、そのー……付き合ってんの?」

「別に。アイツにとっては幼馴染なだけかも知んねーし、氷樫さんから見てもそうなのかもな」

「でも、お前は好きなんだろ?」

「あぁ。だから、最近アイツを連れ回してる奴は絶対許さねー」

(おぉ……怖い怖い)


 円道が大神と初めて話したのは入学式の前日だった。

 たまたま学校前を通りかかった際、私服の大神が校門で誰かを待っているのを目撃した。

 他校生かはたまた大学生かとみていたところ、校内から出てきた伊富貴と合流すると彼女の鞄を持って一緒に帰り始めていた。

 それを見て円道はすっかり二人はそういう仲だと思っていたし、大神が伊富貴にご執心なことはその姿を見れば十分だった。

 しかしじろじろ見過ぎていたのか、そんなつもりはなかったのだが、入学後に「アイツに何か用なのか?」脅されたことがあり、それをきっかけに彼のことが苦手となったのだ。


(そういや伊富貴先パイ、男子からの人気スゲーのに。最近寄りつけないとか聞くなぁ)


 朝の登校も、昼食も、下校も、大神が伊富貴の傍にいるそうで近づけないとか何とか愚痴を耳にした覚えがある。

 そのせいで、男子の間で彼はその名字から「狼」と呼ばれているとか。


「それでオオカミのキーホルダーって、先パイもわかってるなぁ~」

「あ? 何が」

「あ、いや、ほら! ゲーセン着いたぞ」


 誤魔化すなと大神からすごまれたが、円道はそそくさとゲームセンターへ急いだ。


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