3人目:自殺霊と幽霊騒ぎ
3-1:自殺霊と幽霊騒ぎ
この学校には「幽霊」がいる。
とはいえこれは胡散臭いオカルト話なんかじゃなくて、ただの比喩表現。
いわゆるあだ名の域の話に違いはない。
そいつは何とも目の離せない、哀れで可哀想な幽霊であり、オレの親友だ。
◇ ◇ ◇
西棟四階の奥から二番目の教室。そこが一年B組のクラスだ。
窓からは散り始めた桜が見える。
まだ着慣れない制服と右も左も知らない人ばかりである新入生は、この四月いっぱいが随分と大変なもので探り探りな空気が抜けきらない。
「すみませーん。
「え? 確か後ろの席に……あれ?」
一年B組六番円道花之という生徒は、帰りのHRを終えて隣のC組を覗いた。
一番手前に座っていた女子生徒に声をかけたのだが、彼女が振り向く先には空席が一つ。
「私達も、今HR終わったばかりなんですけど」
「あちゃ~行かれたか。すみません、ありがとうございます」
「いえ……」
円道は頭を下げて廊下へ出ると、さてどこに行こうかと辺りを見回した。
この学校に入ったばかりの一年生がまだ校舎内を把握しているはずもなく、どこに何の教室があって、いつ空いているかなんて知りもしない。
しかし、それは彼が今探している「望永」という生徒を除いての話だ。
(確か屋上は上がれなくて、四階は連絡通路が一本残ってたはず……)
西棟と東棟を繋ぐ連絡通路は二本ずつあるのだが、老朽化により最上階の四階には一本しか残っていない。この学校で一番の高い場所といえばそこくらいだ。
円道は連絡通路へ直行したが、案の定そこにはお目当ての人物がいた。
手摺に寄りかかって下をスマホゲームをしている男子生徒。
望永
円道の小学校からの親友である。
「未来―。お前HRサボったのか?」
「……うん」
ボソリと、小さく呟く望永は円道に話し掛けられても視線を上げはしなかった。
彼がわざと伸ばしている長い前髪が片目を隠し、風に揺られて顔に当たる。
どこかでぶつけたのか、彼の頬には大きなガーゼが貼られている。
近寄って手元の画面を確認すると、彼が動かしていたキャラクターの死亡画面が表示されていた。
「まーた死にゲー。好きだなぁお前も」
「まあね……」
隣に並んで視線を地面に落とすと、部活に向かう先輩や真っ直ぐ帰る一年生の姿が見える。
連絡通路の真下はアスファルトになっていて、多くの生徒や教師が行き来していた。
「一応聞くけどさー、ゲームするだけなら教室でいいんじゃねえの?」
「……教室じゃ、人目が多い」
「人目が多かったら何か問題あんのかよ」
「……スマホ没収されたりするし」
「そんなんじゃお前は入学式からアウトだろ」
ハァーと円道が聞こえるように深くため息を吐いても、望永からの反応はない。
しびれを切らした円道は「あのなぁ……」と彼の方へ体を向ける。
「入学してまだ一週間も経ってないのに、もうあの〝あだ名〟復活してるじゃねーか」
「別にいいよ。……むしろそっとしておいてもらった方が俺も楽」
「いいのかなぁ~? そんなんで」
円道が帰るぞと言うと、望永は少し間を置いてから動き出す。
スマホをポケットにしまい、目下のアスファルトを一瞥して円道の後をきちんと着いて行った。
◇ ◇ ◇
幽霊。
それが望永という少年についたあだ名だ。
この華奢で、無気力で、暗くて声も小さく運動音痴で会う度に生傷を増やしている、どこかにふらりと行ってはいつの間にか帰って来ている彼は、小学校時代から「幽霊」と呼ばれている。
横で聞いていていい気のしない円道でも正直的を射ていると思うし、望永自身もその呼び名を嫌っているわけではないらしい。
それに、望永という少年は何も元からこんな性格ではなかった。
望永がこの地域に転校して来た当初は、ただ引っ込み思案なだけで誰かの後ろに着いて行きたがるパシリ属性だったが、いたって普通の少年だった。
中学二年生の春。
円道が季節外れの風邪をひいて寝込み、丸一週間学校に来れなかったことがあった。
復帰後はクラスの皆に「うつされる」等とからかわれ、置いて行かれた授業に追いつけよと先生に注意された程度。
だが、久しぶりの登校をして彼は自分の現状よりも心配しなければならないことが出来てしまっていたのだ。
円道以外にも友達がいたはずの、まだあの笑っていた望永が、笑わなくなった。
笑わないだけではない。
円道よりも真面目だったはずの彼は休みがちになり、授業の途中で突然いなくなって探した挙句、保健室で寝ていただとか。
それに高い所や人目につかない場所へ頻繁に行くようになった。
しかも、どうやってそこに入ったんだというところまで、彼はどこまででも行ってしまう。
「未来さー、どうだった? この学校。隠れられそうな場所とか」
「……使われてない教室はいくつもあったし、体育倉庫とか自転車置き場とか。あの辺りは、音さえ出さなきゃ気付かれそうにない感じ」
「……聞いといてなんだけど、何で知ってんの?」
「……ちょっと散歩したから」
どうして彼はこんなにも人目を避けるのか。
少し目を離した隙に空き教室に入り込んでいたり、保健室で寝ていたり、プールに制服のまま浮かんでいたり。
不可解な行動が多くなった望永は、ある目的の為に神出鬼没となった。
そしてそれに同情して、彼を探してやるのが円道の役目だった。
仮にも親友であり、他は皆離れて行ってしまったから。
「部活はどうすんだ? 強制じゃないっぽいし、オレどうしようか迷ってるけど」
「帰宅部でいいよ……でも」
「?」
「……図書委員にされた」
「あらま」
昇降口で靴をパタパタと落として望永の肩を叩いてやる。
望永は今にも口から魂を吐き出すんじゃないかという程のため息を吐いていたが、「じゃあオレも通うからさ……」とフォローしてやった。
家が隣である二人はよく帰りを共にするが、円道にとってはそれだけが理由ではない。
別に望永がどこに行こうとも、腹が減ったり寒くなったりすると帰って来るのは知っている。
だが、「帰らなくなったらどうしよう」という不安が拭い切れないのだ。
望永自身はそんな同情は望んでいないが、それでも一切気にせず見捨てるということは円道には無理だった。
「あ」
「ん? どうした?」
「そういえば……ハル」
「?」
校門を目の前にして望永は振り返る。
そして、えっと……とキョロキョロと見渡してから。
西棟三階を指差した。
「幽霊、見たよ」
こんな真昼間に、何を言っているんだ?
そう円道は苦笑した。
◇ ◇ ◇
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