2-2:人殺しと処刑選挙


 ◇ ◇ ◇



 それから数日後、生徒会選挙へ向けての挨拶運動が始まった。

 役員立候補者は希望する役員名が書かれたタスキを提げ、推薦者も一緒に挨拶運動をする。校門には役員志望の生徒が立ち並び、登校してくる生徒達へ挨拶をしていた。

 もちろん、その中に榎原もいる。


「おはよう、円道!」

「名指しの挨拶は減点行為ですよー」

「いやいや、投票してくれないとわかっているから他意はないさ。ただ、例の件をね」

「あ~」


 またもがっしりと両手を掴まれて、円道は催促されてしまった。

 榎原に捕まってしまった円道を友人は助けてくれること無く、そのままスタスタと昇降口へと向かってしまい、遠くなるその背中を「薄情者……」と睨みつける。


「どうだ? わかったか? 弱点」

「……先パイの〝高所恐怖症〟と同等レベルの弱点ですよね。まぁ、一応」

「おぉ! 流石円道! それじゃあまた放課後に迎えに行くからな! 帰るなよ?」


 榎原は大感激してくれたが、人の弱みを知れることに喜んでいるのだからまるで性格の悪い人間だ。

 それではと円道は早々に榎原から逃げ出して、昇降口へと向かう。


(何でこういつもいつも面倒なことに……ヤだなぁ)


 疫病神とはこのことか、とは自分で口にしたくなかった。

 昇降口へ上がろうとしたその時、辺りの空気がざわめく。

 何だと見回すと皆ある人物を見ているようで、円道もならってそちらへ目を向ければ氷樫がちょうど出て来たところだったらしい。

 自分の推薦者である生徒を二人連れて、これから校門前へと行くのだろうか……。

 それとも、この昇降口で挨拶をするのだろうか……。

 どちらにしても、多忙な氷樫は他の生徒と滅多に話す機会がない。

 高嶺の花そのものなのだ。

 男子も女子も、彼女にすっかり目を奪われてしまい足を止める者が続出する。


「? ……おはようございます」


 皆からの視線に気づいた氷樫は足を止め、そう軽く挨拶をした。

 すると一拍置いてから次々と「おはようございます!」と上ずった声が飛び交う。

 あぁ、カリスマとはやはり彼女のことを言うんだ……と円道は呆然と思った。


(どっかの変な人間ばっか惹き寄せる誰かさんとは違って)


 氷樫は隣を歩く推薦者である友人と少し言葉を交わすと円道の姿に気付いたようで、露骨に目を合わせて来た。


(げっ……)


 慌てて会釈をし、彼女はそれを確認すると何も言わずに立ち去ってしまう。


(心臓に悪い……)


 何か悪いことをした訳でもないが、あの目に見られるとどうも委縮してしまうのだ。

 あのやけに冷めた目に見られると。




 放課後になると約束通り、榎原をはじめとする二年生三人に囲まれ、先日と同じように二年生の教室へと連行された。

 因みに連行される様子を見ていたクラスメート達はというと、円道の心配をするわけでもなく「円道のことだからきっと知り合いの先輩なんだろう」と解釈されてしまうのだ。

 こうなれば救いを求めることも難しい。


「では、『弱点』を教えてもらおうか」

「……はぁ」


 そんなプレゼントを前にした子供のような眼差しで見られても、と円道は露骨に嫌がるも榎原にそれは通用しなかった。


「先パイの弱点は〝高所恐怖症〟、ですね?」

「あぁ、間違いはない。小さい頃、遊園地の小さい観覧車に閉じ込められたことがきっかけでめっきりだ」

「それに見合った情報というと、うーん。『他校生からの評判の悪さ』ですかね」

「他校生に悪評?」


 そもそも榎原が円道に情報を求めたのは、氷樫自身に対する悪評がなかったからである。

 支持率があんなにも高いのだ。舞函高校の在学生、教員までもが彼女に対して〝素晴らしい生徒〟としか思っていない。

 だから、他校生に悪評があると聞いて榎原は目を丸くしたまましばらく固まった。


「……っていうと、どういうことだ? 他校っていうのは」

「この地域って学校密集地ですよね? すぐ近くの方の学校とは文化祭が合同ですし」

「そうだな。舞函より偏差値も高い公立校だが、もう一つは」


 舞函高校より少し離れたところにもう一つ学校がある。

 その学校は昔から不良生徒が集まる学校として有名で、今も素行の悪さが目立つことから寄り付かぬようにと定期的に注意が回る程だ。


「あの学校の生徒にですね、怨みを持たれているというか、なんというか」

「怨み? 何で……って、それ相応のことをしたってことか?」

「……まぁ」

「そうか……もしかして、氷樫の奴あの学校の連中の殴り込みに手厚い歓迎でもしたんだろ」

「……まぁ、はい」


 件の不良校の伝統行事となっている舞函高校への殴り込み。

 それを対処するのが歴代生徒会長の仕事でもあるが、昨年から会長をしている氷樫のその追い返し方が……何というか、……えげつなかった。

 〝力〟となりうる傘下の者を十数名程引き連れて、騒音と共にやって来るバイクを軒並み転倒させ、エンジンそのものを破壊したりだとか。殴りかかって来る輩は皆ガラス窓へ放り込んでやっただとか。

 数人は重体の病院送りにし、他数名は精神病院に送ってやっただとか?

 それから病院に行かずに済んだ者の中には再起不能となり、部屋に閉じこもったままだったり、急に遠くへ引っ越したり、毎晩悪夢にうなされて体を壊したりとか。

 どこまでが本当かはわからないが徹底したそうで、そんな話を円道は氷樫本人から武勇伝として聞いたことがある。

 以来、今年はまだ不良校からの殴り込みもなく、不良校のトップの連中の素行も大人しくなったという朗報も届いていた。


「あんまり思いやりがあるようなタイプには見えなかったが、まさかそこまでしてたなんて。『氷の女王』の名の通りじゃないか……」

「まぁもちろん、向こうも五十人以上だったらしくて一人で全員を相手には出来なくて残念、とか言ってましたけど。そんなところですかね」


 自分に厳しく、他人にも厳しく、である氷樫はまだ本校の生徒へ手は出していない。

 そもそも彼女の方針は「学園平和」だ。

 だが、その学校の平和を守る為なら……他がどうなってもいい。

 なんてこと、普通は許されない。

 円道以外に知る者が少ない、氷樫の持つ傷である。


「っていうか、もしそれが本当だって言うんなら選挙どころじゃないじゃないか! 何人もの他校生を潰してるってことだろ!?」

「……まぁ」

「確かにあの学校の生徒が最近大人しいのは俺も知ってたけど、何でそんな大事が知られてないんだよ? 職員室や選挙管理委員会に持ち上がるレベルの話じゃないか!」

「いやまぁバレてないのは、会長の手腕というか、なんというか」


 ハハハと円道は苦笑したが、氷樫の「弱点」を知ってしまった榎原が真剣な顔で深刻に考え出すのを目の前に。

 冷や汗が止まらない。


「ったく、やっぱりそういうことを裏でしてたんだな、女王は。人をなんだと思ってるんだ」

「あー……、さあ?」


 マズい。

 やはり流すべきではなかった「弱点」だった。


「仕方がないな。アイツの出馬を止めるのが目的じゃなかったから、選管の連中に報告するのは少し考えておくとして。それでも、このことは俺達一般生徒も知るべき事実だ」

「……」

「助かったぞ、円道。やっぱり氷樫には〝化けの皮〟があったんだ。白日の元に晒さないと、またアイツの独裁が続いちまうしな!」


 意気込んだ榎原は円道を置いて教室を去ってしまい、これから選挙に関する説明会を聞きに行くらしい。

 しかし、非常に不味い状況になりつつある。

 挨拶運動が始まった今日。

 立候補者からの言葉として直筆の宣言が書かれたプリントが配布され、選挙当日までに在校生はそれに目を通さなければならないのだが……。

 円道はそのプリントを鞄から取り出して、改めて見てみる。

 氷樫は相変わらず高い志と有言実行を胸に、校内の平和・平穏を第一に考えていると述べている。

 が、やはり榎原は強敵だった。


「『生徒達の意見に耳を傾け、皆が納得するような学校作りを』……か」


 民主主義をとろうという宣言。これが不味いのだ。

 氷樫は民主主義などはしない、独裁政権をとっている。

 全ての基準を彼女が考え、ルールも全て彼女の意のまま。

 そのせいで部活動の部費が削られたり、またテスト期間中の制限が増えたりしてしまったらしく、「責任は生徒会がとるから好きにしなさい」というような自由は消えた。

 実際に榎原のように彼女の独裁政権に迷惑を受けて文句を抱える生徒も隠れているらしいが、それを口にした所で何も変えられないことはわかっていることだ。


(選挙は来週の木曜日。多分、榎原先パイが今日のことを言うのは……選挙当日)


 選挙の演説の順番は決まっている。

 会長候補は最後になるが、榎原が氷樫より先に演説するのだ。

 氷樫の演説の直前に、彼女の非と榎原のとる政権をアピールすれば票の流れは少なからずあるだろう。


「……やっぱマズイなぁ」


 円道の不安は膨れるばかりだが、それは自分が榎原に氷樫の弱点を教えたことではない。

 氷樫本人の口から「弱点くらい教えればいい」と聞いたのだから。

 冗談を言う人ではない為、円道が今回の件で責められることはない。

 それに榎原から弱点を聞いた以上、あの情報が同じくらいの致命度を与えるものなのだ。避けられない展開ではあった。

 しかし、本当に困ったことになってしまったと円道は頭を抱える。

 選挙当日まで、残り五日。


(このまま何も起きなきゃいいんだけどな)


 ハァ……とため息を吐きながら、窓の外を見た。

 灰色の空からしとしとと雨が降っている。

 円道はただ、選挙当日まで何事も無く、生徒会長への出馬が減らないことを祈っていた。


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