1-4:テロリストと爆破事件

 と、円道は少し距離を取って肩をすくめる。

 それからは壊れた機械のように、こちらでも聞き取れない意味不明な言葉を流し続ける後舎はゆっくりと膝を折り、その場で丸くなっていく。

 ただの爆弾魔ならその通りに「爆弾魔」だと呼ばれるだろう。

 「テロリスト」の愛称の所以は、彼の体質にある。

 潜在的に、本能的に、犯罪者として素質のある青少年は、後舎というテロリストに無意識に惹かれてしまう。

 彼がいるところに必ずと言っていいほど犯罪意識のある生徒が寄って来て、大なり小なりの事件を起こして。

 口を揃えて「あなたのおかげで」と彼に感謝する。

 後舎は何もしていないのに、彼の存在が青少年を刺激する。

 刺激された危険因子たちはこぞって彼の元へ集まり……。

 一見すれば暴力集団の完成。

 だから、「テロリスト」。


「先パイ、わかりましたか? センセーはこういう人なんですよ」

「そんな……だって、だって後舎先生は……!」


 カリスマ性があるのか?

 それは頷けない問いだ。

 人を惹きつける力を持つ人間の区別は円道でもつくが、後舎からはそれを感じない。微塵も、毛ほどの可能性だってないと言い切れる。

 だがそれでもこのテロリストは一部の人間を炙り出し、魅了し、開花させてしまう。

 彼には気の毒だが、これはもう逃げられない彼の運命なのだろう。

 春に入学したばかりの円道であっても、今日この日までにもう四人はそれらしき人間を見て来た。

 真嶋程大きい事件は起こしていないが、少なからず目覚めてしまった生徒だというのは一目でわかった。

 後舎によく頼みごとをされる円道だからこそ、今回の爆破事件は真嶋のような生徒による犯行だと見当がついていたのだ。


「先生! どうしたんですか!? しっかりしてください!」

「センセーはしっかりしてますよ。それに、履き違えてるのは先パイの方です」

「何よ、何が違うっていうの!? 私はただこの学校、つまんない毎日をぶっ壊したかっただけでっ……」

「そこがそもそも違うんですよ」

「……はぁ?」


 神聖なる学び舎、学校。後舎の口癖だ。

 こんな僕なんて……。これも後舎の口癖だ。

 後舎がいつも「消し飛んでしまえば……」と言っているのは、学校に対してではない。

 いつまで経っても後ろ向きな、自虐思考しか出来ない自分を。

 自分自身を消し去りたいのだ。

 しかしそれは〝死〟を意味してしまう、だから代わりに物を壊す。

 物を、自分に見立てて、殺す。


「後舎センセーは学校が好きらしいですよ。よく寝泊まりするくらい。……オレには全然わかんないですけど」

「……違うわ」

「?」

「違うわ、そんなの先生じゃない。先生? 目を覚ましてください。そして、私に教えてください! もっときれいさっぱり、跡形もなく全部を消す方法を……!」

(うーん、これはちょっと)


 腕時計を確認し、時間を逆算してみたがそろそろ限界だ。

 まだブツブツと何かを唱えている後舎を慰めるように真嶋は優しく話しかけるが、彼女の言葉は相変わらず届いていない。

 そして突如、後舎の言葉はピタリと止まり、真っ直ぐ。

 彼女だけを見つめた。


「わかったよ」

「っ……先生!」

「さあ、コレを押して」

「?」

「コレを押して、きみの手で、消してしまおうじゃないか!」



 ――こんな存在する価値もない、この僕を……!



 少しだけ開けられたドアから漏れた音は、校内中の窓ガラスを震わせる程の轟音だった。



 ◇ ◇ ◇



 器物破損、また爆発物取締罰則違反ということで、真嶋はこの学校を去った。

 これにて一件落着、後舎の容疑も無事晴れた。

 彼女と同じクラスだった生徒達の反応はというとあっけないもので。


「確かにあの子ちょっと暗かったもんね」


 そう、仲良しグループだったはずの女子生徒達は口を揃えた。

 なるほど、友達がいなかったのか。

 それはさぞつまらない学園生活だったろうに……と円道は同情したが、直後「何を考えてるんだ」と呑気なクラスメートに絡まれる。

 中間試験の答案と持ち物検査による没収品は全て返却された。

 後日配られた順位表によれば円道の順位はクラスでは真ん中、学年では真ん中より少し低いくらいだった。

 入学早々のスタートがこれで、ついていけるだろうかと少し心配になる。


「にしてもセンセー、よかったですね。今回警察が絡んだのにバレなくて」

「いやぁ……ハハハ。本当によかったよ、首の皮一枚……」

「化学の実験の不手際とか大分苦しい言い訳でしたけどねー」

「…………」


 テストという大きな一山を乗り越えた、気の抜けた校内は賑やかさに包まれていた。

 部活動は本格化し、テストの反動・ストレス解消として多くの生徒達がどこに遊びに行こうと楽しげに話している。

 校庭を通って裏門から出て行く生徒達を、円道は窓の桟に両肘をついて眺めていた。


「ところで円道くん、あの時視聴覚室に僕達以外誰もいなかったのに、どうしてスピーカーからあんな大音量の爆発音が流れたんだい? あれ効果音だよね、演劇部が使う」

「あぁ、アレですか? アレは事前に演劇部と放送部に協力してもらって、『サプライズをある先生にしたいのでぜひ協力して下さい』ってお願いしたら快く引き受けてくれたんですよ」

「……それも伝手を辿って?」

「当たり前でしょ、オレみたいな一年がそんな生意気に出来ませんし」


 視聴覚室から真嶋に繋がる証拠品が出て来たわけではなかった。

 だが視聴覚室の鍵を管理している映画部に話を聞いたところ「真嶋さんがたまに自作のオーディション映像? を確認したいからって、鍵を貸してるよ」と話してくれたのだ。

 あとはまぁ、円道の幅広い人脈を駆使して、ああいうシーンへ持ち込んだ。

 後舎に惹かれた危険因子なら必ず、彼に会いたがる。

 そして彼を目の当たりにすれば彼に夢中になる。

 これらがわかっていたからこそ、上手く行った計画だった。


「それより、センセーもセンセーですよ」

「?」

「やっぱりいつも通りのパターンだったじゃないすか。いい加減自分でもああいう生徒を見分けられるような立派な大人になってくださいよ」

「そ、そんな……僕が彼女のような生徒を見分けろって、阻止しろってことかい?」

「遠回しにそう言ってます」


 功労を称えて奢ってもらったコーヒー牛乳をすすりながら、円道はため息を吐く。

 後舎は翌週使うプリントの作業をしながら「うーん……」と頭を掻き、しばらく考えていた。

 とはいえ、正直聞くのも今更だという聞き飽きた答えを円道は待っていた。


「……こんな出来損ないの僕が、きみ達のような純粋な生徒達を疑うなんて……そんなの失礼だろう? いくら僕が大人でも」


 ほらやっぱり。


「……やっぱアホっすね」

「な、何でだい!? 僕なりの最良の答えだと思ってるよ!?」


 この男はそういう教師なのだ。

 自分の評価は地の底を更に掘り進めても足りないくらいの低さだというのに、一生徒のこととなると天のそのまた上というくらいまで過大評価し、絶大の信頼を置いている。

 夢を見ているのだ。

 正直その信頼は、気持ち悪い程。

 行き過ぎたお人好しだ。


「あぁそうだ、そういえば円道くん! 一つお願いがあるんだけど!」

「あんたの願いは一つだろうと百個だろうと変わんないでしょ」


 全て等しく、円道に拒否権など存在しない。


「きみ、部活動にまだ登録してないらしいね!?」

「何だよ、悪いですかー? つか何でそんなに嬉しそう……」

「化学部に入る気は!?」

「ないです!」

「そんな、あ、即答しなくたって……」

「どうせオレを入れたらセンセーが作った危険物か何かをオレに出展させる気でしょう!? 生徒なら判決甘くなると思って!」

「危険物じゃなくて爆発物だけどね」

「うっせえ!!」


 せっかくいいことを思い付いたのに、と肩を落とす後舎はいつもの姿だった。

 そうだ、これでこそ後舎進之昌である。

 後ろにしか進むことの出来ない、まさに名が体を表しているではないか。

 コーヒー牛乳を飲み終えた円道は一応後舎の湯呑の中身を取り替えてやり、鞄を手にして立ち上がる。

 実はこの後、クラスの皆と親睦を深めようということでカラオケに誘われていたのだ。


「そんじゃあセンセ、次のテストまでは余裕出来るから。オレの手伝いいりませんよね?」

「うんそうだね、あんまりきみを拘束するのも良くないと思うし」

「それ思ってたんですけど」

「うん?」

「そんなに学校好きで生徒好きで子供好きなら。なんでオレだけ脅すんですか?」


 イヤな依怙贔屓ではないか、と訴えると後舎はキョトンとしてからアハハハと笑い出す。

 随分と楽しそうだ。


「どうしてかって? ……どうしてだろうね?」

「オレだってセンセーの惹きつける不良生徒達に目ぇつけられたくないんですけど~」

「うーん……そうだな。ではこういう口実はどうだろう」

「?」


 ピンと人差し指を立てて、後舎はあの顔をする。


「僕はきみの〝秘密〟を公言しない代わりに、きみは僕の手伝いをしてくれる。それはつまり、〝秘密〟を守ると同時に、きみの〝命〟も守っている……というのは?」

「……それ、どストレートな脅迫じゃないすか」


 不服そうな顔を向けると、満足そうな顔で返された。

 締まらないままの会話を中断して円道は化学準備室を後にし、昇降口に直行して靴を履き替える。

 待ち合わせは学校最寄りの駅前のカラオケ。部屋番号は先程電話で聞いておいた。


(でもまぁこれで、しばらくはセンセーの手伝いしないで遊べるぞ~)


 束の間の解放に思わず笑みがこぼれ、鼻歌を歌いながら校舎を出た。



 ◇ ◇ ◇



 この学校にはテロリストがいる。

 自虐癖のあるヒステリックで、誰もが近付きたいとも思わない。

 悲しき化学教師がそう呼ばれている。

 しかしそいつは人を脅し、主導権を自分が握り、こんな自分と一緒にいてくれる人。

 〝人質〟を目の前にしている時だけは、安心感を得られるらしい。


「せいぜい自由時間を楽しんできなさい。疫病神くん」


 そのテロリストは化学準備室の窓から校庭を眺めていた。

 無防備に背中を見せて逃げ出す自分の人質を、愉しそうに目で追っていた。

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