1-3:テロリストと爆破事件


 ◇ ◇ ◇



 学校が嫌いだった。

 授業が嫌い、先生も嫌い。

 友達だって、皆誰かしらの悪口を陰でコソコソ、ヒソヒソと飽きずに話しているし、そんな友達に挟まれて愛想笑いしているのにも疲れた。

 授業中は、後ろの席から教室がよく見える。

 皆が同じ服を着て、将来使うかもわからない数式を一生懸命に解いて、先生は教壇に立って偉そうに演説をしている。

 難しい公式も、単語も、文法も、全てが頭の中をすり抜ける。

 教科書を開いて文字の羅列を見れば目が滑る。

 つまらない学校生活だな、と自分でも思っていた。

 それでも、そう見てしまったら全てがつまらなく見えてしまって、もう元には戻れなくなっていた。

 何か。

 何かこのつまらない現状をぶっ壊してくれるものはないか……。

 いつもいつも同じことを繰り返し、量産工場の生産ラインみたいに同じ動きしか出来ない生徒や教師、流れる時間をせき止めて、壊して、刺激を与えてくれるもの。

 何でもいいから、自分の目の前の世界を壊して欲しかった。


 そして、それを壊してくれる存在を見つけたのだ。

 彼女はそれを見つけられた。


 〝あの人〟は私の日常を変えてくれた。

 噂は聞いていたけど、そんなの噂だけだと思っていた。

 でも目の前でそれが起きた瞬間……。

 ヒビの入ったガラスはまるでステンドグラスのように輝いた。

 だから私も〝あの人〟にならって、このくそつまらない空間を壊してやろうと思ったんだ。

 壊す範囲を大きくするにも限界があったから、だったら静かな時間を狙って実行しようと思い付いた。

 そうすれば皆が気付く。先生も気付くし、騒ぎ始める。

 野次馬精神の強い生徒なら次にまた何か起こるんじゃないかと楽しむだろうし、悲観的な生徒なら怖がるだろう。

 無色の教室に色が付いていく。

 スイッチを押す時は人生で一番と言っていい程、高校受験の合格発表の時よりドキドキした。

 テスト中だから落ち着かないといけないのに、落ち着けるはずもないし、手汗も止まらない。体温が上がって、熱があるんじゃないかと心配までされてしまったけど。

 どん、という音を腹の底で確認出来た時の達成感は、味わったことのない高揚感と共に私を襲った。

 そうだ、これが私がずっと追い求めていたものなんだと気付いてしまうと、もう歯止めが効かなくて。

 それと同時に〝あの人〟への尊敬の念と、もはや崇拝と言っていいほどのこの気持ちはどんどん膨らんでいった。

 そして〝あの人〟は私の行為に応えるようにまた爆破を起こしてくれた。

 どうにかして〝あの人〟とコンタクトを取りたい。

 面と向かって話せるなら話したい。

 まさか応えてくれるなんて思っても見なかったんだから。

 あなたのおかげで私はこのつまらない学校生活に、やっと楽しみを見つけられました。

 是非、……是非とも!

 あなたと一緒に、ぶっ壊したい、と。



 ◇ ◇ ◇



 定期テスト最終日の午後。

 全てのテストが終了したものの、部活動の再開が許されるはずもなく再度生徒の追い出しが執り行われた。

 テストが終わった金曜日。

 土日の連休を挟めば後舎の状態も落ち着くだろうし、生徒達も大人しくなり、冷静に犯人探しが出来るだろう。

 それに、もしかしたら全く外部の人間がイタズラでやったのかもしれないし……。



 ――なんて、どうせ皆思ってるんでしょ?



 電気のついていない、薄暗い視聴覚室。

 滅多に使われないこの部屋なら見つかる心配もないと、彼女はそこで作業をしていた。

 次にお披露目するのは週明けの月曜日。

 きっと朝礼があるだろうから、その最中に……と。

 考えるだけで脳内に電気が走る。


「〝あの人〟くらい正確に出来る技術は無いけど、多分これくらいの分量でやっておけば……」


 誤って爆発することのないようにと慎重に作業を進める中。

 ドアは音を立てずに開かれた。


「あのー……」

「っ!? だ、誰!?」

「え、あ……電気つけますよー?」


 パチンと照明を付けると、視聴覚室には一人の女子生徒がいた。

 上履きの色を見る限り二年生だろう。


「せ、……先生っ」


 現れた人物の顔を確認し、女子生徒の強張っていた顔が一気に和らぐ。

 彼女は思わず歩み寄ろうとしたが、再び開かれたドアにそれは阻止された。


「ほらセンセ、早く前行ってくださいよ」

「な、なんだよー。僕これから一応採点とかしなきゃいけないんだけど、今日じゃなきゃダメ?」

「化学は選択科目だから大した数はないでしょう? それより、ほら。あの先パイ」

「?」


 今回の爆破事件の犯人ですよ。

 そう言葉にしたのは円道。

 そして彼に早く行けと背中を押されているのは後舎だ。


「……あなた、誰かしら」

「初めまして、真嶋まじま先パイ。オレは一年の円道っていいます。今日は一昨日の爆破事件の件でお話があって」

「爆破事件? 私に関係ある話かしら?」


 白を切る真嶋は足元に隠した装置をゆっくりと椅子の下へと動かす。

 円道と真嶋に挟まれた後舎は何がこれから始まるんだと挙動不審だが、それに呆れつつも円道は話を進めた。


「先パイ、そもそも隠れる気も無かったですよね? あんなにばっちりカメラに写っちゃって」

「カメラ? 何の話だい? 円道くん」

「だから、伝手を辿って教えて貰ったんですよ。職員玄関とかについてる防犯カメラの映像。あれに隠れる気が微塵も感じられない、先パイの姿が写ってたんです」


 夜中の学校に忍び込んだ真嶋は周囲をキョロキョロと見渡しながらも、カメラの前を堂々と通っていた。

 その映像を確認し、その伝手の人間に彼女のクラスと名前を教えて貰ったのだ。


「それに、あの時使った爆弾も、今作ってた爆弾も……センセーと同じ型のですよね。ね、センセー」

「え、あぁそうだね。割と簡単な薬品を使った爆弾だったけど、化学室からもやっぱりわからない程度に盗まれていたし」

「ねぇーセンセーの職務怠慢の結果かと思いますけどねーオレはー」

「ハハハハ……ごめんよ。しょせん僕には務まらない仕事なんだよ化学室の担当責任者とかだから他の先生に譲りたかったんだけど一番使うのは僕だからって話になってそれで仕方なくなんだよわかってくれよ円道くん。って、これもただの言い訳になっちゃうよね言い訳をすぐするなんて大の大人が情けないやっぱり僕はクズ」

「だから今はそれどころじゃねぇから? な?」

「イタタタタ!」


 後舎は円道に笑顔で片腕を後ろに捻り上げられると愚痴を吐くのをやめたが、真嶋はそんな円道を睨みつけた。


「その手を離しなさいよ!」

「お?」

「ん?」


 切羽詰まったその声は視聴覚室によく響くが、後舎はキョトンとし、円道は更に確信を強める。


「カメラに写ってた? 当たり前でしょ? だって、私だってわからなきゃ意味ないもの!」

「と、いうと。誰かさんに今回の事件は真嶋先パイの仕業だと、そう示したかったわけですね」

「えぇそうよ!」

「ですってよ、後舎センセー」

「……え? 僕? な、なんで」


 後舎には何の心当たりも無いらしいが、真嶋の向ける彼への熱い視線はやはり本物だった。

 じりじりと後舎に近付く彼女に合わせて、円道は少しずつ後方へと下がる。


「先生のおかげなんです。先生は私の恩人……いいえ、神様。教祖様っていうくらい、それくらい尊敬してます!」

「ど、どうしたのかな? 真嶋さん……!?」


 女子高生に迫られる恐怖か、それとも爆破犯に迫られる恐怖か。

 どちらかわからないが慌てふためく後舎を眺めながら、円道は視聴覚室のドアを少し引いて、持って来たドア留めを軽くかませた。


「私、先生程理科が得意じゃないからまだ下手ですけど、次はもっと凄いのをやろうと思ってるんです! 月曜日、朝礼の最中にやったらいいかなぁって思ってて」

「ま、真嶋さん? 何の話を……」

「先生があの時、私達の授業中に爆発を見せてくれたから。本当に爆弾を簡単に作れる人なんていたんだって、びっくりしました!」

「爆発……」

「こんな学校、消し飛んじゃえばいいんですよね。こんな堅苦しい、檻みたいな場所なんて必要ない、殻にこもっている必要なんてないんだって! 先生のアレを見てから……私、目覚めちゃいました」


 うっとりととろける瞳は何とも艶めかしい雰囲気を出していたが、恐らく彼女が言っているのはまたいつもの後舎のヒステリーによる爆破事故だろう。

 実験の最中に嫌なことでも思い出して、意図的な爆発をさせたに違いない。


「つまらない授業も、つまらない友達も、つまらない先生も、つまらない学校なんて……! 全部壊しちゃえばいいんですよ。スッキリ何もかも。爆発音と煙、立ち上る火に錯乱してパニックになって、全てがごちゃ混ぜになって……全部が壊れちゃえば、こんな学校でも少しは楽しくなるはず。そうですよね、先生!」


 語りつくして満足した真嶋は顔を上げた。満面の笑顔で。

 だが、そこで彼女が待ち望んでいた反応は得られなかった。

 その希望は虚しく散ったと理解するのに数秒を要し、そして彼女の顔から色が消える。

 目の前に立ち尽くす彼女の崇拝する教師は、固まっていた。

 目を見開き、冷や汗をかき、口を半開きにしたまま。


 犯罪者を目の前にして、恐怖していた。


「つ、つまりは何だい? もしかしてきみは、真嶋さん。僕を模倣して、今回の事件を起こしたっていうことなのかい?」

「……そうですよ? 先生?」

「じゃあ、やっぱり僕が、僕のせいで犯罪が生まれたっていうことなのか!?」

「は、犯罪って……確かにそうかもしれないですけど、でも私は」


 パニックになり始める後舎を落ち着かせようと真嶋は言葉を選ぶ。

 しかしスイッチの入ってしまった彼には、もう言葉は届かない。


「どうしていっつもこうなんだ!? どうして僕の目の前にはこういう生徒ばかりが現れるんだ!? 僕はいつだって他人に迷惑をかけないように、邪魔にならないように、目障りに思われない様にしているのにどうして、……どうしてだと思う? やっぱり僕がこんな神聖な学び舎にいるのが間違いなんだろうか? 人の役に立ちたくて、子供の将来をと希望を持っていたさ、あぁ今でもきちんと! ……でも、どこまで行っても彼女のような人間、しかも生徒ばかりだ。そして僕にいつも言うんだ……『あなたは神様だ』と。『あなたの為にヤりました』『あなたがしているからヤりました』『あなたが導いてくれたからヤりました』。……僕は何もしていないよ? 僕はただ、ただ嫌な思い出を急に思い出す癖があるだけなんだ。その思い出も嫌だしそんな癖をいつまで経ってもなくせない僕自身が嫌になってだから僕はこんなところにいちゃいけないんだって存在しちゃいけないんだって自暴自棄になってそれでどうしても耐えられずに何かに当たってしまう当たってしまうけどそれはあまりにもひどいものだったら誰かの迷惑になってしまうからだったら僕だけが被害に遭うようにしようって考えて考えて考えてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテ……」

「せ、せんせい……?」


 ほらやっぱり、予想通りだった。

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