1-2:テロリストと爆破事件

 ◇ ◇ ◇



「はぁー、最悪だ。よりにもよってこんな大事になるなんて」

「……あれだけ堂々とテスト妨害されたら……なるでしょ」

「いや、この検査の話じゃなくて」


 翌朝、校門前にて行われていた持ち物検査を終えた円道は、鞄を持ち直しながら長いため息を吐いていた。

 教師は皆ピリピリとしていて持ち物検査も隅々までと厳しく、「ゲームの類をテスト期間中に持って来るとはどういうことだ」といつもは許される娯楽品は軒並み没収されてしまう始末だ。

 生徒達からすれば今回の爆破事件の犯人は「後舎先生に決まってるじゃん」と決まっているのでどこもブーイングが酷い。


「……何。またあの怪しい先生に手伝わされてるの?」

「今回は容疑を晴らしてくれってさ~。オレ、探偵でも弁護士でもないんだけど」

「……へぇ」

「で、お前は助けてくれないんだな。相変わらず」

「だってそれはハルの問題じゃん……俺は関係ないし。それに」

「?」

「〝疫病神〟は、助けても意味ないじゃん」

「……ちくしょう。薄情者が」


 久しぶりにそのあだ名を聞いて円道はドキリとした。

 「疫病神」というのは彼のあだ名である。

 小学校からの付き合いである友人にはそのあだ名が割れているが、まだこの学校では知られていない。……はずだ。

 このあだ名の通り、円道は昔から今回のような事件・騒ぎ・面倒な問題に巻き込まれてしまう。

 それは彼が望んでいなくても、というのが悲しいところ。

 嫌なことを思い出し、陰鬱な気持ちを飲み込みながら一年生の教室のある四階まで上がる。

 だが、その途中で職員室で騒ぎが起こっていることに気付いた。

 気になって様子を見てみるとその騒ぎの中心には、あの後舎の姿があった。


「先生が犯人なんでしょ!? 早く認めて謝っちゃえばいいじゃないですか!」

「そうだよ俺だって持ち物検査でゲーム取り上げられるしさ! テスト終わったらやろうと思ってただけなのに」

「朝のHRで全員のスマホも一時受け取りとか言ってるけど、没収と同じでしょ!? 先生のせいだからね!」

「え、あ、ちょっ……その」


 やんやと生徒達から苦情の嵐を浴びせられるが、後舎は一人一人にきちんと答えようとしているせいかどうにも会話のテンポが合わない。

 そして困り果てた末、職員室内へ逃げ込んだ。


「あー! 逃げたー!!」

「ちょっと、後舎先生―!」


 しかし、テスト期間を挟む前後一週間は職員室への生徒の立ち入りは禁じられている。

 生徒等が強行突破をしようとしても、他の教師達がそれを許すことはなかった。


「……うるさ」

「デッドヒートしてんなあ、あのセンセーもよく逃げたよ。いつもは逃げるの嫌がる癖に」

「適当に流しとけばいいのに。何で文句を言いたがるんだろう……どうにもならないじゃん」

「皆がお前みたいに考えてくれれば騒ぎにならないで済むのにな」


 だが、それは叶わないことだ。

 確かに円道のその友人含む一部の生徒は波風立てず、騒ぎが収まるのを待てばいいじゃないかと口出しもしないで大人しくしている。

 しかし、一教師のせいで自分達の自由が脅かされることが不満でならないという気持ちもわからなくもない。


(ま、誰かが持ち物検査で引っ掛かってくれれば一件落着なんだけどな。センセーは犯人じゃないっぽいし)


 しかしそんな円道の願いも叶わず、持ち物検査で得た収穫というと不良生徒の煙草所持と何台もの携帯ゲーム機や漫画ぐらいだった。

 そして困ったことが起こってしまう。

 通常、後舎の授業は二年生と三年生しか受けることはない。

 化学の試験はテスト二日目に実施されることになっていたのだが、おかげで後舎が学校から離れる訳にも行かなくなり、彼への集中砲火が止まることはなかった。

 流石に彼に同情した教師達は生徒達を静かにするよう指導したり、職員室には決して入らないようにと注意していたのだが……。

 生徒が鎮まるより、後舎の限界の方が早かった。



 ◇ ◇ ◇



 放課後、化学準備室にて。


「……」

「だだ、だって、もう僕にはどうしようもないじゃないか! 僕だって本当にやってないんだし、あそこまで責められるともう、怖くて仕方なかったんだよ! いや生徒を怖いなんて言っちゃいけないんだけど……」

「…………で?」

「と、というかだね。きみが昨日あの後僕を置いて帰ってしまうから樋口先生にあれから二時間もお説教されたんだよ!? きみが弁護してくれたらもう少し樋口先生も譲歩……」

「オレが出たところで、オレへの説教とオレを準備室に呼んだセンセーへの質問攻めとでもう一時間半延長でしたよ」

「……それは、そうかもしれないけど」

「……んで?」

「……でも、怪我人は出ないように注意したよ?」

「そーゆー問題じゃね――――しっ! あんだけ疑われてんのに昨日の今日で爆破二連発とか正気かよ!? バカじゃねーの!?」

「ば、バカとは何だいバカとは、先生に対してそんな言葉っ」

「バカはバカだろ!? ほとぼり冷めるまで我慢すりゃあいいものをまた自棄起こして二つもスイッチ押すとかバカの極みっすわ! あんたいい大学出てんでしたよね!? なんでそーゆーとこ頭回らねえかなあ!?」


 生徒にここまで言われてしまう教師とは、尊厳の欠片もなかった。

 しかし後舎は反論出来る立場ではない。

 否、大人だから注意してもよかったのだろうが、円道の言う通りに我慢さえ出来ればこんなことにはならなかった。

 生徒達からの非難の嵐に敗けてしまい、後舎は今日の分のテストが終了した直後に二つも爆破を起こしてしまったのだ。

 一つ目の爆破を聞きつけた教師陣が後舎の元へ駆けつけ、流石に黙っていられないと注意を浴びせた結果、ヒステリーを起こした後舎は誰の言葉も聞くことが出来ずにもう一つの爆破を起こした。

 唯一褒められる点があるとすれば、後舎の爆弾は大から小まで揃っており、また彼のその無駄に優秀な頭脳のお陰で限りなく人的被害を起こすことのない、絶妙な調整が施されていたというところのみ。

 炎を上げることを抑えた様々な種類の手製爆弾は、その筋ではかなり評価されるに違いないだろう。


「え、円道くんが早く僕の容疑を晴らしてくれれば……こんなことには」

「人のせいに……っ」


 そこまで言いかけ、円道は言葉を飲み込んで自分を落ち着かせる。

 今ここで熱くなって彼を責めたところでまた爆破を起こされてはたまらないし、確かに自分が彼の容疑を晴らせばこの騒ぎも落ち着くのではと考えるところもある。


(一応脅迫されてる身だし、協力を断るのもな。……それに)


 犯人を特定し、それを職員会議へ上げるのは一新入生には難しいことだ。

 だが今回の犯人像は何となく見当がついているのも確かだった。

 それを見て見ぬフリして今日まで持ち越してしまった責任を感じなくもない……。


「……そうっすね。犯人特定すんのも面倒で大変ですけど、この騒ぎが長引くのも面倒だし」

「え、円道くん……」

「何より、センセーに脅され続けて挙句にセンセーが退職なんかになった日はオレがどうなることやら」

「…………」


 眉をハの字に、しかし彼の口は弧を描いていた。

 そう、結局は自分が動かないと何の解決にもならない。

 やっぱり早くに行動するべきだった……と、円道は深いため息を吐く。


「そんじゃあ、まぁ頑張りますよ」

「でも円道くん。頼んでおいて何だけど、どうやって調べるつもりなんだい? 一応今朝も駐輪場見て来たけど、特にこれと言って何も見つからなかったし」

「自分だけで解決しようなんて思ってませんよ。オレだって一応一年だし、学校の詳しい事情とか知りませんし。だから、オレの持てるものを使って」

「というと?」

「多分、オレ等以外にも犯人捜ししてる人もいるだろうし。思い当たる人がいるんで、その人にお願いするんす。伝手って奴ですよ」

「……円道くん友達いるんだ」

「いますよ!? 何言ってんのつか友達は多い方ですけど!?」

「いやあ、てっきり僕の傍によくいるから誰も近付かないんじゃないかとばかり」

「わかってんならやめてくれねぇかなあ!? オレだって毎回毎回同情の目で見られるの嫌なんですけど!?」


 学校一の不人気教師、問題教師の傍にいるとそう見られてしまうのは事実だ。

 しかし、同じ扱いをされるというよりも同情されることの方が円道は多かった。

 そればかりは唯一の救いと言っていいだろう。


「とにかく、オレはちゃんと犯人見つけてとっちめるの手伝うんすから。センセーの方は爆弾のことについて調べて下さいよ。専門分野ですよね」

「でも、機材とかは確かに残ってたけど……」

「その機材の出所とか、材料に薬品使われてたんならくすねられてるだろうし、機転回して下さいって話です」

「あぁ~、円道くん賢いね」

「殴るぞ……」


 驚いた顔をして後舎はポンと手を叩いた。

 だが今はそんな後舎のボケに付き合ってる場合ではない。

 一刻も早く犯人を見つけださないといよいよ後舎が犯人だと誰もが決めつけてしまう。

 そんなことになれば、後舎から脅されている立場の円道への二次被害は避けられない。


「で、何すか」

「……何が?」

「その気持ち悪い顔」


 準備室を出ようとした円道だが、後舎のその笑顔だけはスルー出来なかった。

 後舎はいつもの生徒に向ける顔ではなく、薄気味悪い、不気味な笑みを浮かべていた。

 何度見てもその顔には鳥肌が立ち、頭の中で危険信号が鳴り響く。


「是非よろしく頼むよ、円道くん。僕の無実を証明してね」

「……ホント、人を脅す時だけはまともな人間に見えますね」

「よろしく~」


 ヒラヒラと手を振るテロリストに目もくれず、ドアを勢いよく閉めた。

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