1人目:テロリストと爆破事件

1-1:テロリストと爆破事件


 この学校にはテロリストがいる。


 その人物は校内で「テロリスト」と呼ばれていた。

 生徒から慕われている訳ではなく、むしろ嫌われている人間だ。

 万年不人気ぶっちぎり一位の、ある化学教師が不名誉にもそんなあだ名でそう呼ばれていた。



 ◇ ◇ ◇



 どんっ。

 腹の底まで響く音がした。


 舞函まいはこ高校一学期の中間テスト、初日。

 ちょうど一時限目終了のタイミングに合わせて、チャイムと重なるその轟音は静かな校内を騒がしくさせた。

 解答用紙を回収しながら教師達は生徒達を静かにさせ、プリントを手早くまとめると順に教室を飛び出して行く。

 その教師に続いて前後のドアから生徒達は廊下へあふれ出し、音のした中庭に面する窓を次々に開けていった。


「何かの爆発っぽかったよね?」

「どこ? 中庭に誰かいる?」

「あ! あそこ! ほら煙上がってんじゃん!」


 ある男子生徒の声に従い視線を移すと、校舎裏の駐輪場の方から煙が上がっていた。

 下を見てみれば生活指導主任を始めとする教師達が駐輪場へと一直線に向かっている。


「うわぁ、試験中とか勇気あるぅ~」

「まだ今日二限もあんじゃん……たるー」

「でもさ、誰がやったと思う? アレ」

「そんなん決まってんじゃん? あの人でしょ、あの人」


 次の試験の勉強もせず、ほとんどの生徒は皆窓の外の煙に夢中だった。

 しかし、外に出なかった教師達が廊下に現れ「早く教室に戻れー次始めるぞー」と声を張ると、生徒達は渋々教室へと戻って行くがその熱気はなかなか冷めない。

 爆破音や立ち上る煙を目にしても生徒の大半はうろたえることもなく、嬉々として笑っていたり、「またか」と口々に話していた。

 騒がしい空気の中、配られる問題用紙と解答用紙を回し終えてチャイムと同時に次のテストが始まる。

 この学校の生徒達にとって、爆破事件は日常茶飯事に近いようなものなのだ。

 だから誰もが皆、混乱することも不安がることもない。

 どうせまたいつものでしょ?

 そう口を揃えて笑うだけ。

 救いようのない、あのヒステリックな教師が起こした自暴自棄なんだと。



 ◇ ◇ ◇



「で? センセーなんすよね、犯人は」

「だから僕じゃないって言ってるじゃないか!? それに、きみならきっと僕が犯人じゃないと信じてくれると思ってこうして呼んだのに……開口一番にそんな」

「だってセンセー以外に考えられませんよ。この学校であんな爆破起こす人なんて」

「そ、それはね……確かに僕はよくテンパったりしちゃうと何でもかんでも爆破させちゃうけどさ、別にきみ達生徒に迷惑をかけたい訳でもないしあんまり大事にしちゃうと他の先生からも怒られちゃうしね? 僕は僕の行動の失敗とかどうしようもない不安とかそういうどうにもならない心情や状況から逃れたいだけであって何も爆破自体が目的ではないんだし今日の三限目だって生徒達からの視線とか『先生がやったんでしょ?』って笑いながら楽しそうに訪ねてくる女子生徒とか、あの子達にきちんと弁解をしたいんだけど言ったところで僕みたいな人間の言葉は全然信じて貰えないしそもそも彼女達はきっと僕が犯人だと思ってそういう期待も込めて僕に声をかけている訳だからその期待を無下にする訳にもいかないしでも爆破は僕がしたことじゃないんだから認める訳にはいかないしどこかに逃げたいとも思ったんだけどそんな行為をしてみなよ僕の情けない姿を大人の逃げる姿を子供に見せるなんてそんなの大人として失格である訳でだからこんな僕なんて」

「ちょちょちょちょ! わかったから、信じてやるからソレを離せ!」


 どうしようもない愚痴を遮るように〝スイッチ〟を取り上げた。

 初日のテストを終えた後の午後。

 校内は閑散とし、教室に残って勉強をしている生徒は一人もいなかった。

 朝の爆破騒ぎのこともあり、教師は全校生徒を早々に追い出して先程まで職員会議を開いていた。

 しかし、追い出されたはずの生徒。

 つい先月入学したばかりの新入生、円道えんどう花之はるゆきは現在化学準備室に身を潜めている。

 もちろん他の教師に見つかれば説教ものだが、彼はある人物にこの教室に来るよう言われていた。

 普段準備室の鍵は閉まっているが、ちょっとした理由ワケがあって円道は合鍵を持たされている。


「ったく、こうやってすぐ爆破するから今日の件だって疑われるんすよ」

「だって……こう、いっぱいいっぱいになったら八つ当たりしたくなるじゃない?」

「八つ当たりの程度を超えてるんだけど!?」


 円道を化学準備室に呼び出した人物は、今目の前にいる男。

 大きな丸眼鏡は彼の垂れ目を更に情けなく見えさせ、何か所も焦げ跡があるくたびれた白衣を来た化学教師だ。

 そして、円道がその教師から取り上げた〝何かのスイッチ〟。


「ホント、毎度毎度どこにしまってんすか? 爆弾のスイッチなんて」


 円道が手のひらサイズのスイッチをコロンと机に転がすと、化学教師、後舎うしろや進之昌しんのすけは苦笑いした。

 この後舎という教師こそが、円道をここへ呼び出した「テロリスト」と校内でも名高い爆弾魔である。

 授業中に自身が醜態を晒すような失敗をすればスイッチを押し。

 自分の失敗をふと思い出して自分への嫌気からスイッチを押し。

 何か悪いことが起こると回りに回って自分が原因なんじゃないかと被害妄想をした果てにスイッチを押し……。

 自虐癖のあるただのヒステリックなだけなら無害だが、実害を伴いかねないということで質が悪いと校内では有名人だ。


「そう簡単にカチカチスイッチ押してポンポン爆破されると困るんですけど」

「だ、だって。やっぱり僕が疑われてしまうんなら、僕が責任を取らないといけないのかなって思って……」

「責任を取るなら行動じゃなくて気持ちだけでとって欲しいもんですよ!」

「普通は行動じゃないか」

「センセーは行動に移すのなしで」


 テストが終わるや否や、他教師の目をかいくぐって円道は化学準備室に到着し、その十分後に職員会議帰りの後舎と合流した。

 だが円道が「今回の爆発センセーの仕業なんすか?」と他意なく尋ねたところ、ヒステリックになった後舎がスイッチを押して規模が小さい爆発を起こし、化学準備室には無数のプリントが舞った。

 おかげで今は窓を開け、室内の焦げ臭い空気を換気している。


「そんで? センセーの主張はわかりましたけど、オレにどうしろと?」


 床に散乱したプリントを束ね終えた円道が席に着くも、後舎はもたついてプリントをまだ回収し切れていない。


「……ん?」

「『ん?』じゃねーから! オレを呼んだってことはオレに何かやらせようとしてるんでしょう!? 今更しらばっくれてんじゃねーよ!」

「大声上げると他の先生に見つかっちゃうよ……円道くん」

「誰のせいだ!」


 どうして教師とこんなやり取りを……と、自分でも呆れる円道だったがこれは仕方のないことだった。

 現に自分を下から見上げている後舎は普段他の生徒や教師に見せないような、何とも愉快そうな顔で笑っている。

 が、その笑顔はどんなに言葉を選んでも、気色悪いとしか表現出来ないものだ。


「うんうん、そうだね。円道くんは優しいから、僕を助けてくれるって信じてるからね」

「……そういうことすか。つまり、今回の爆破の容疑を晴らしてくれと」

「うん」


 ニヤニヤと笑う後舎に、円道は心底うんざりした。

 この顔を見るのはもう何度目だろうか……?

 三年生のクラスを担任に持つ後舎と、一年生である円道。

 一年生はまだ化学の授業がない為二人の接点はほとんどない。

 廊下ですれ違うかも怪しいくらいだ。

 だがこの二人はあることをきっかけに春先に知り合うことになり……いや、関わることになり円道は化学準備室の合鍵を持っている。


「教師が生徒を脅迫とか……」

「脅迫だなんて人聞きの悪い。僕は円道くんのことを思ってであって」

「あんたにそんな思いやり精神があるとは一ミリも思えないんですけどねえ? えぇ!? 人を脅す時だけは情緒が安定しているようで!」

「なんでだろうね?」

「オレが知るか!!」


 円道は後舎に〝ある秘密〟を握られている。

 だから彼はこうして呼び出されればそれが準備室の大掃除でも、テスト期間の雑用手伝いでも、化学部の臨時人数合わせだとしても、断ることは出来ない。

 円道はまさしくテロリストに脅される人質、と言ったところだ。


「でもセンセー、容疑を晴らすったって何か……アリバイとか? そういうムズいことしないと他のセンセー達納得させられませんよ」

「アリバイならあるよ」

「どんな?」

「だって、あの爆発があった時間のきみのクラスの試験官。僕がやってたでしょ?」

「……そうだっけ?」

「ちょっと!?」

「あぁそういえばそうでしたね~でも爆弾って時限式とかいくらでもあるし~そんなのアリバイにはなりにくいんじゃないですか~?」

「そ、それは確かにそうかもしれないけど……ぼ、僕にテストを妨害するメリットはないだろう? きみ達一年生に関しては、せっかく初めてのテストで緊張していただろうに……それを妨害するなんて」

「ま、そうなんすよね~」


 初めは後舎をからかっていた円道だったが、後舎の口から「メリット」という言葉を聞いて少し真剣に考え始めた。

 だが、彼は探偵ではないたかが一生徒だ。

 推理や推論から後舎の容疑を晴らし、真犯人を見つけるなんてことなんて出来はしない。


「爆破場所は駐輪場でしたよね。自転車の被害ってどうだったんすか?」

「それが大した被害はなかったんだよ。校舎のすぐ近くに爆弾があったみたいで、特にどこに燃え移ることもなかったみたい」

「は? じゃあ何が目的だったんすか? あの爆弾」

「それがわからないから僕が疑われてるんじゃないか~」

(何だ、容疑の原因はわかってんじゃん)


 ぐずぐずと机に突っ伏す後舎を眺めながら、円道はうーんと腕を組む。

 爆発を起こす目的には見当がつかない、というかつけられない。

 なら、その爆弾は誰がどうやって作ったのか。

 あるいは犯人が第三者からもらい受けたのか。


「センセーさ、お手製の爆弾ってめっちゃあるじゃないすか。でっかいのから小さいのまで」

「え? あ、あぁ。ここのデスクと職員室の鍵がついてる引き出しと……」

「センセーの鞄、ね」


 開いた鞄を見せてもらったが、鞄には携帯出来るような小型のものしかないらしい。

 というか、この教師は爆弾を鞄に忍び込ませて白昼堂々とそこらを歩いているのか。

 しかも電車通勤で。


「センセーさ、そんな身なりだから職質とかあわない?」

「しっ、失礼な! 職質になんて、……大学生時代しかあってないよ! 社会人になってからはきちんと毎日スーツ着てるし!」

「あったんかい、しかも大学時代」


 化学準備室にある全ての机の引き出しを開いたが、後舎のデスクにしか爆弾はなく、あとは職員室の鍵付き引き出しだけ。

 テスト期間中ということもあり、仮に盗み出すとしてもそれが出来るのは職員室に出入り出来てマスターキーを所持出来る教師くらいだろう。


「どれもちゃんと揃ってる。でもさ、ここの爆弾って誰でも持ち出せますよね?」


 大きさ順に綺麗に並べられた爆弾を指差してそう問うと、後舎はその中の一つを手に取った。


「持ち出すことは出来なくはないけど。えっと……円道くん、持ってみて」

「?」


 手渡されたのは立方体型の箱(爆弾)。

 機械の重みが心臓に悪かったが、後舎が手を離した途端にピーピー! と爆弾はけたたましい警報を上げた。


「は? つかうるさっ! 何なんすかコレ!」

「うん。あと三秒で爆発する合図」


 円道が爆弾を机に投げると、警報は鳴り止んだ。

 寿命が1年縮んだ。


「ちょっとーもっと丁寧に扱ってよ円道くん。一応これでも危険物で……」

「ここにあるのは大概スイッチ式なんだ! ちょっと放り投げたくらい平気っすよ!」


 ハッと鼻で笑ったが、円道の心臓は破裂しそうだった。

 この大きさのサイズなら周囲のガラスが軽く割れる規模だろう。

 そんなのが目の前で爆破なんてしたら……。


「で、今のが何ですか?」

「僕の爆弾は僕以外の人が持つとこうやって自爆するようになってるんだよ。ちゃんと警報を鳴らしてね。ほら、僕いつも指輪してるでしょ?」

「あぁ、教師のクセに何だろうなとは思ってました。独身で恋人もいないクセに」

「う、うん。それでね、この指輪スペアはあるけど他の人にはわからないようにしてあるから……」


 だから〝後舎の爆弾が持ち出されて爆破が起きた〟という可能性は消えるということだ。

 つまり今回の爆破は完全に犯人自作の物とみていいだろう。


「わざわざ爆弾を作って、でも爆破させても引火するものがないような場所で……って。目的も意味もわかんないすよ」

「そうなんだよね。だから円道くん、頑張って!」

「他人事だと思ってテメェ……」


 が、円道が拳をギリギリと握りしめているとゴンゴンという鈍いノックが化学準備室に響いた。

 そのノックに円道と後舎が同時に肩をビクつかせる。


「後舎先生? さっきの音は何ですか? まさか、またアレですか?」

「やっべ、さっきの警報で見つかった?」

「あ、アレってななっ、何のことでしょうかー? ぼぼ、僕は別にまた爆弾を出してなんて……」

「ばっか!」


 慌てふためく後舎が口を滑らせた瞬間、ドアの向こうの雰囲気が変わった。


「後舎先生、今日あんなことがあったんですよ。先程の会議であれだけ注意をされて改善されないというのなら、もう見過ごすという訳にも行きませんが? もしかして、三十分くらい前に大きな音も聞こえましたけど、まさかもう」

「ちち、違うんです! ぼ、僕はべっ別に……!」

(円道くん助けて!)

(ムリ)


 本来なら強制下校を促された生徒はここにいてはならないのだ。

 円道が出た所で火に油を注ぐだけである。


(ムリって、ぼ、僕を見捨てるのかい? や、やっぱり僕なんて誰かに助けてもらえるような、きみにも見捨てられる価値もないどうしようもない人間のクズゴミ……)

(自虐してる暇があんならあのセンセーどうにかしろよ! 相手は三年主任の樋口だろ!?)

「後舎先生? 黙っていてはわかりませんよ」


 ドアは再度、ゴンゴンと力強くノックされた。

 円道は鞄を抱え込んでそろりと反対側のドアを開け、逃亡を謀っていたのだがあたふたしていた後舎は項垂れてその場から動こうとはしなかった。

 このまま返答を渋れば、樋口教師にそのドアを開けられてしまうというのに。


(ちょっ、何してんすかセンセー!? 何か言わないと開けられっ)

「チガウンデス……」

「げっ!」


 思わず声を上げてしまったが、果たして円道の声は樋口教師の耳に届いただろうか?

 放課後の閑散とした校舎には、爆破音がよく響いた。

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