第72話 怨害

 僕達は『黒霧神社』で『異界』の入り口のようなモノを見つけた。


 『異界』に引き摺り込む射程範囲はおそらくこの町全体。本来ならそんな広い範囲で引き摺り込むのは難しいし、長時間『異界』を維持する事はできない。


 そんな事をするには膨大な流動力が必要なはずだ。


コウ

「……鉄也、お前さ、今回の敵の正体なんとなく分かっている感じかー?」


鉄也

「行方不明事件と関わっているかは、分からない。けど、ここでこれを放置しておけないかな」


コウ

「なんなんだよー? コレはよー?」


鉄也

「負の感情の集合体ってところかな。人の悲しみ、苦しみ、憎しみ、恨み、妬み、怒り、不安……そういった負の念が長い年月をかけ、集まり積み重なって霊的な化け物になる……。知り合いの霊媒師は確か『怨害おんがい』って呼んでいたっけ……」


コウ

「……」


鉄也

「そういう化け物は人を襲うようになる。特に流動力が多い人を狙う。人の体に流れる流動力を喰らって、自分の存在を維持する為」


コウ

「ちょい待てよー。ならなんで今、俺達は襲われねーんだよー?」


鉄也

「理由は2つある。1つ目は今、日が出ているから。霊的な存在は夕暮れ時から夜にかけて力を増す。霊的な存在が動き出すなら夕暮れ時から。2つ目は僕とコウは耐性があるから」


コウ

「耐性ー?」


鉄也

「僕とコウは戦いの経験がそこそこある。そういった経験は魂や精神力を錬磨させる。それが霊的な存在に対する耐性になって、襲いにくくなる。無闇に襲って、返り討ちになる事を本能的に避けている」


コウ

「なるほどなー。やけに詳しいなー」


鉄也

「中学生の時に知り合いの霊媒師に頼まれて、その人の仕事について行った事があってね。その時にコレと同じようなモノと戦った事がある」


コウ

「ほー、そうだったのかー」


鉄也

「まぁ、コレより随分と弱いヤツだったし、今回の相手は仮にも神と崇められたヤツだ……。それなりに準備しておきたい」


コウ

「そんじゃー、一旦退いて準備を整えてから挑む感じかー。何がいるんだー?」


鉄也

「そうだね……。もうそろそろ夕暮れになって……奴の力が増して活動が活発になる……」


コウ

「そうだなー。一旦戻るかー」


 僕とコウは神社から立ち去る。そして僕等が宿泊予定のホテルに向かって歩く。



コウ

「でー? なんの準備をするんだよー? 知り合いの霊媒師でも呼ぶのかよー?」


鉄也

「ん? いや、呼ばないよ。倒し方は前に教わって知ってる。仮にも神として崇められていたタイプは初めてだけど……僕の能力でなんとかなると思う」


コウ

「おー? ならあの場で叩けば良かったんじゃねーのー?」


鉄也

「さっきも言ったけど、アレは夕暮れから夜にかけて力が増すからね。それに確実に倒せるようにこっちも道具を揃えて、万全な状態にしておきたいの」


コウ

「何を用意するつもりなんだー?」


鉄也

「幽霊系統の相手に大ダメージを与える武器があってさ。それを家から持って来ようかなって」


コウ

「ちょい待てよー。なら茜のお姉さんの時に持ってくれば良かったじゃねぇかよー」


鉄也

「憑依されている人には使えない。憑依されている人の肉体的にも魂的にもダメージ与えちゃうから」


 僕は以前、知り合いの霊媒師について行った仕事の時に負の感情の集合体と戦った。


 その仕事の後、報酬の代わりに『神木霊剣しんぼくれいけん』という武器をもらった。それが霊的な存在に大ダメージを与える武器だ。


コウ

「ならよー。その『怨害』ってのが、誰かに取り憑いているってパターンだって考えられるんじゃねーかー?」


鉄也

「それは無いと思う」


コウ

「なんでだよー?」


鉄也

「知り合いの霊媒師の話によると『怨害』ってのは本能で人を襲う。その本能ってのは人間のモノより知能の低い動物の本能に近いらしい」


コウ

「……」


鉄也

「『怨害』に何かに取り憑く知能も考えもないって聞いた……。『怨害』の目的の多くは捕らえた人間の流動力や負の感情を吸い上げて、自分の存在維持をする事だから」


コウ

「なるほどなー」


 ただ何百年も昔からいた『怨害』と戦うのは初めてだからなぁ……。こっちも万全な状態で立ち向かいたい。


鉄也

「とにかくこっちも万全な状態で、『怨害』があまり活動しない日が出ているタイミングでぶっ倒しに行くのがベストだと思う」


ゴリラ

「なにやら物騒な話をしているじゃあないか」


 背後から見知った声が聞こえ、振り向くとそこにはゴリラがいた。


鉄也

「ゴリラッ!? なんでここにいるのっ!?」


ゴリラ

「フッ!! 鉄也がいる所にっ!! 鉄也の旦那である俺がいるのはおかしな事じゃあないだろうっ!! 鉄也がいる所にっ!! この俺はいるぞぉっ!!」


鉄也

「どういう理屈だよっ!! あとゴリラと結婚した覚えはないしっ!! 僕は男だからねっ!! いろいろおかしいでしょうっ!!」


コウ

「……ゴリラー……。お前さー……どこにでも現れるなー……。ゴキブリかよー……」


ゴリラ

「失礼だな。愛の化身だよ。愛があるからなせる技なのだよ。俺の鉄也への愛はっ!! 永遠不滅なのだっ!!」


 どうしよう……。まったく意味が分からない……。


ゴリラ

「で? 本当に何をしにここに来たんだ?」


鉄也

「仕事だよ」


ゴリラ

「コウと一緒に?」


コウ

「おー、そうだよー」


ゴリラ

「なんか悔しいぃぃぃぃぃぃっ!! 悔しくて悔しくてっ!! 悔しいよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 意味分からん……。

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